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開戦!

 聖都マリエラの南に広がる草原『シルヴェール大平原』。

 ここで今、前代未聞の戦いの幕が切って落とされようとしていた。


 一方はこの地、神聖国の大貴族エステヴァン家より遣わされし軍勢、その数約五千。

 指揮官として、S級昇進は確実と評価され、尚且つ先だって行われたデジマールでの武道会で無敗の獅子ジャクソン・ランパードを打ち倒す快挙を成して優勝した元冒険者ロニートを総大将に据え、騎兵や魔法兵さらには弓兵や槍、重装歩兵などまで揃っている。


 それに対するのは、義賊『黒き森の白い兎団』を自称する者達、その数たったの三人であった。


 両軍の距離が百メートル程になると、討伐軍から五騎ほどの騎兵が陣を離れ、ゆっくりとシズカ達の下へと馬を進めていく。


「貴様らに問う!貴様らは降伏の意志を示す置き土産であるか?」


 五人の中で一人だけマントを付けた騎士がシズカの前に馬を止め、馬上から見下ろしながら高圧的に問いかけた。

 その目はまるで値踏みでもするかのように三人の体を見回している。


「あら、ごきげんよう。そして、さようなら」


 そう言ってシズカはにっこりと作り笑いで微笑みかけた。その笑顔を見たのを最期に男の意識はそこで途絶える。なぜなら彼の首は胴から離れて宙を舞って落下しており、遅れて首からは血飛沫が吹き上がっているからだ。おそらく彼は、首に刃が食い込んだことさえ気付かずに逝ったことだろう。

 さらにはその背後で、四本の血飛沫の柱が噴き上がり、突如血の雨にさらされた馬たちは、慌てて騎士の死体を降り落とすと嘶きながら方々へ逃げ去って行った。


「行きますわよ!」

「はい!」

 コク!


 騎士たちに起こった惨状を目撃し浮き足立つ敵陣めがけて、三人はウサギポンチョを脱ぎ捨てて突撃する。

 ツバキはそのスキルを活かして地に潜り、シズカが敵の弓隊の真っ只中に転移すると、アイリは手につけた雷狼爪牙(ナルカミ)に最大の(いかずち)を纏わせ地を蹴って高く高く跳躍する。


「がああああっ! 雷神の鉄槌(トールハンマー)ァァァッ!」


 そう言って彼女が敵陣の中に飛び込み力任せに右拳で地面を殴ると、そこからは亀裂が放射線状に広がっていく。だがここからがこの技の真骨頂。ヴァリヴァリヴァリィッと、まるで落雷が落ちたような轟音とともに弾けた稲光りは敵陣を走り回り、それに触れた敵兵をことごとく感電死させていくのだ。

 情けをかける必要のない今の彼女のこの一撃は、クロの放つ豪雷弾にも匹敵する。

 この国で幾度となく悲惨な状況を強いられている獣人を見て、優しい彼女の心が痛まぬはずはない。この攻撃にそんな彼女自身の憤りが込められているのは、背後にすでに黒アイリの幻影を背負っていることからも明らかである。


「さあ!皆さんにも殴られれば痛いんだってこと教えてあげます!」


 ……当然、今の彼女に殴られれば痛いではすまないのだが。



 一角では、後方からの攻撃を担当していた弓兵たちが混乱の中で次々と倒されていた。

 その魂を刈り取る可憐な死神は、前方の情報がわからなかった彼らの中心に突如現れ血飛沫の花を咲かせたのだ。

 すでに手にした裁ち鋏二式(ギロチンツー)は分離された可憐なる切り裂き魔モード・ジャックザリッパー状態になっており、踊るように彼女がクルクル回ると、その度に血飛沫が戦場を染めていく。


「うふふふ。手応えが全くありませんわ!もっとワタクシを狂わせてくださいませんこと?」


 同士討ちを避けるため弓を使えない彼らを待つのは、迫り来る、その命を断つ大鋏だけである。



 さらに別の一角では、全身を強固な鎧で固めた一団が、未知なる恐怖に慄いていた。


「ぎゃあぁぁぁっ!足、俺の足がぁぁー!」

「グハァッ! いつの間に切られたんだ?」

「来るな!来るなぁぁ!」


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら屈強なる重装兵たちが、右へ左へと逃げ惑う。

 そんな彼らの中から次々と足を押さえて苦しがる者が続出し、倒れた彼らに躓いた者がさらに倒れて逃げ道を塞いでいく。そんな負の連鎖を故意に生み出している悪夢のような存在、ツバキはまるで泳ぐように土の中を自由に移動していた。再び、土中の彼女の姿が複数に分かれて分身すると、それらは各自違った者の足を目掛けて長刀を振った。

 以前の帝都での戦いは、結果から見れば楽勝であったように見える。だが、敵の仕掛けたワイヤーのような武器による結界に、もしうっかり知らずに飛び込んでいたなら……。そう考えると素直に喜べなかったのだ。

 さらにデジマールの大会では、あっさりとダレウスに敗れた。あれが試合であったから生き延びられたが、戦場であったなら自分は死んでいたのである。

 暗殺稼業の中で一撃必殺の剣技をその身に染みつかせた彼女であったが、それはあくまで影に潜ることを前提としたものであり、敵前に身を晒したならば、それが通用せぬ敵に出会うことだってある。それで自らが傷付けば当然シンリを悲しませることとなり、敬愛する主様の意思に反することになってしまうのだ。


「即死を狙う必要はない。確実に無効化する。ただ黙々と……主様の御為に!」


 如何に強固な鎧とて、可動部分までは固められぬもの。

 彼女は地中から、そんな鎧の継ぎ目のそれも特に足に狙いを定め、次々と自らに課した任務を遂行していくのだ。

 どれだけ走ろうが、彼らの足が大地に接している限り、この地中を泳ぐ獰猛な(シャチ)の如き刃の群れからは、決して逃れることは出来ないのである。



「く、いったい何が起こっているんだ?捕縛に向かわせた騎士達はどうした?」


 敵陣の最後方では、総大将のロニートが混乱する自軍を見ながら苛立ちを募らせていた。

 敵は三人。それも報告では若い女であるらしい。

 多少の下心を抱きつつ今か今かと先発させた騎士の帰りを待っていたところ、突然自軍の各所から地鳴りや喧騒、叫び声などが聞こえ始め、状況のわからぬ兵士たちは只々慌てて浮き足立っており、混乱が全軍に連鎖していくばかりなのである。


「報告致します!前衛の長槍隊に敵一名が突撃を仕掛けてきた模様。被害者多数!未だ交戦中であります!」

「馬鹿な!一人だと……ふざけるな!それくらいとっとと排除せよと伝えろ!」

「はっ!」

「まったく、どこまで練度の低い兵士なんだ!」


「報告!」

「またか!」

「弓兵隊の只中に突如メイドが現れ交戦中!被害甚大につき応援を請うと……」

「メイドだと!馬鹿を言うな!」


「報告し……」

「くそが、今度はなんだっ!」

「ヒイッ!じゅ、重装兵隊からでありますぅ。な、謎の攻撃にさらされ全隊がもはや戦闘不能と……」


 バンッとロニートが激しく机を叩きつけると、頑丈そうな木の机は壊れて砕け散った。


「たったの三人が、五千の軍勢相手にそれぞれ単騎で攻勢に出たとでも言うのか……ふざけやがって!こっちは五千、五千もいるんだぞ!」

「いかがいたしましょう?各所に応援を送り、包囲殲滅を行いますか?」

「まあ、それがセオリーだろうな。こっちは五千も……いや、待てよ」

「何か?」


 副官とのやり取りの中で何かを思いついたのか、ロニートはニヤリと口角を上げた。


「兵達に通達。極力被害を抑えつつ軍勢を出来る限り広く広く展開せよ。騎士隊は馬に各自一名魔法兵を同乗させ、最も外周部を目指せ!」

「はっ!伝令兵、伝令兵はいるかーっ!」


 先ほどとは打って変わり、落ち着き払った様子でロニートは出て行く副官を見送った。


「武器のすぐ届く範囲に密集するからいかんのだ。一撃でどうせ一人やられるのなら、せめてそこで数歩でも走らせればいい。これだけの数だ。いつか疲れが動きを鈍らせるはず。そこを外周部から味方ごと魔法でドンッ!……くっくっく、完璧だな」


 数分後、彼の指示通りに軍勢は布陣を捨てて方々に散らばり始める。

 その数、残り約四千四百名。

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