大鬼【オーガ】
プレタが泣き止むと、俺はそれならアテがあるので明日また来ると言い残し、宿に帰った。
実は、プレタが言った魔物は運良く俺が魔眼に収納していた物だったのだ。
しかし、あそこでいきなり【暴食眼】から取り出すわけにもいかない。それに話を聞いてすぐに、はいどうぞ!と出したのでは、まるでどこかの猫型ロボットみたいだ。話が出来過ぎている。
そこで、以前目撃した場所に行き仕留めて来たって理由作りに半日。あとはダミーのリュックを持って行き、さもマジックバッグから取り出しましたよ。的な状況を作って誤魔化したいと考えたのだ。
まあ我ながら小賢しいとは思うけど、出来ればなるべく目立つ事は避けたい。
「あ、シンリさんっ!」
翌日の午後、ザレクの工房を訪ねた俺達を店の外でプレタが迎えてくれた。もちろん彼女自身半信半疑だ。今にも泣きそうになるのを必死で堪えてるのがよくわかる。
「大丈夫、物は手に入れた。後は親父さんの御眼鏡に適うかどうかって問題だけだよ」
プレタにそう言いみんなで工房裏の空き地に向かう。ここならあの巨体を出しても問題ないだろう。そこでしばらく待つと裏口から、プレタがザレクの腕を無理やり引っ張って連れ出して来た。
「何だいったい?朝っぱらからこのバカ……おっとと、昨日の客人じゃないですかい!こりゃいったい何のご冗談で?」
事情を知らないザレクは、いきなり外に連れ出されてかなり苛々してるようだ。
「これを見ていただこうと思いまして」
そう言って俺はアイリが構えたリュックの口からちょうど出て来たような位置に、魔眼から大鬼の死体を取り出してみせる。
「おいおいおい!こ、こいつぁ?」
突然の事に驚き、ふらふらしながら大鬼に歩み寄ったザレクは、手であちこちに触れながらそれを見て回った。プレタが言った素材の魔物はこの大鬼。シイバ村からの道中で遭遇したので本当に偶然俺が持っていたのだ。
「すげぇ!この体躯に鮮度。見なよこの立派な一本角!こりゃあ完璧だ!これなら最高の薬が出来るぜ!……しかしだお客人。なんでこれを?」
「いえ、昨日あれからプレタに話を聞いたんです。それで、近くで目撃した話があったので今朝から出かけて倒してきたんですよ」
「ちっ……ったく、嘘の下手な兄ちゃんだ。だが今は藁にもすがりてえ!すまねえが貰っちまっていいか?」
「もちろん。これはプレタにあげた物です。全て自由にお使いください」
そう言って俺は、隣で嬉し涙を浮かべたプレタににっこりと笑いかける。
「恩に着る!俺は時間が惜しい。おいプレタ、地区長んとこ行って話付けて来てくれ!ここ数年お目にかかれなかった上物だってな!」
「はい父さん!」
ザレクにそう指示されたプレタは、笑顔でどこかへ走って行く。
ザレクはというと、途端に厳しい職人の顔になり色々な工具を持ってくると角を根元から切り取り、そして心臓付近にある魔石の一部を取り出すと、それらを持って工房の中に入って行った。
誰もいなくなった大鬼の傍らで、三人で一時間ほど待っていると……。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!
地鳴りのような音がどんどん近づいて、様々な工具を手にした沢山の人の波がその空き地に押し寄せた。
「こ、こりゃあ見事だ!」
「ホントに、ホントにいいのかいプレタ?」
「この皮、くうーたまらん!」
「この爪!こんな上質なの使った事ねぇよ!」
「なんだ、この鮮度?たった今仕留めたみたいじゃねえか?」
「この骨格の立派な事!フォッフォッフォ使い甲斐があるわい」
押し寄せた職人達によって、みるみる解体されていく大鬼。
「はじめまして。この職人区の地区長のリッペと申します。若き冒険者様」
その中から口ひげを蓄えた、温和そうな紳士が近づいてきて俺に話しかけてきた。
「はじめまして。俺はシンリ。こっちが仲間のシズカとアイリです」
「あれ程のオーガを討伐なさるとは、いやはやシンリ様のパーティはお強いのですね」
「いえ、プレタの想いが倒させたのでしょう」
「お若いのに謙虚なお方だ。では、そういう事にいたしましょうか。ご覧の通り、成体の大鬼は様々な工房で余す事なく活用される大変重要な素材です。ですが数年前、一部の冒険者が倒し易いまだ若い個体を遊びで乱獲し、この近郊でこれほど立派な成体はまず見かける事がなくなりました。仮に見付けても、ここまで成長した成体はC級冒険者以上数人がかりでないと倒すのは困難でしょう」
確かに、成体になると屈強な魔物だが、若いうちはまだ皮膚も柔らかく刃物も通るので、それ程強い魔物ではない。だがギルドカードには同じ大鬼と表記される為、そんな事も起こるのだろう。
「ここに集まった者達も、再三ギルドに依頼を出しては虚しく時を過ごしてきました。まさにこの大鬼は、職人区の救世主。本当にありがとうございます」
そう言って俺達に深々と頭を下げると、リッペは職人達の方に歩いて行った。
「シンリさぁぁーん!」
先ほどからずっとチラチラとこちらを覗っていたプレタが、リッペが離れたのを見てすかさず俺に飛びついてきた。
「ありがとう!ありがとうございます!ほんと、ほんとに……ぐすん」
俺に抱き着いて、安心したのかまた泣きそうになってるプレタの頭を優しく撫でる。
「いいんだよ。でもプレタ、今キミは他にやるべき事があるんじゃないのかい?」
「うん、そうだね!私、私お父さんを手伝いに行ってくる!」
「ああ、行っといで」
「シンリさんの優しさ、絶対無駄にしないから!私、頑張るよ!」
そう言いながら工房に元気に駆けて行くプレタの後ろ姿を俺達は三人で見送った。その後ろ姿は、もう女の子と形容するにはあまりに大きくとても頼もしく見えた。
やがて、すっかり日が傾きだし辺りが暗くなってきたので俺達はリッペに一言だけ挨拶をして宿へと帰る事にする。
この時の俺達はただ人助けをした心地よさに酔っていて、この事が後で大きな問題になるなど考えもしなかった……。
その同時刻、王都から離れた街道を一台の黒い馬車が走っていた。
その車内には向かい合って座る二人の人物が乗っている。
「いいか、今度の対象はソビュート伯」
コク。
「森にいる敵対者は、全員殺せ!」
……コクコク。
頷くだけだった人物がふいに指示をする人物の袖を引く。
「ん、なんだ?」
「……ごはん」
「そんなもん、仕事済んでからに決まってんだろ!メシが食いたきゃ、さっさと終わらせてくるんだな!」
…………コク。
それ以降二人の間に会話はない。
そんな二人を乗せた馬車は、闇に包まれだした街道をひたすらにどこかを目指して走って行った。