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獅子王蹂躙劇

「始めるぞ!」

「嫌だと言ってもいいんですか?」

「聞こえんな!」


 そう言った瞬間、目の前にいたはずのライゴウの巨体がブレた。


「速いっ……ですね」


 俺が右に大きく飛び退くと、たった今まで立っていた場所にライゴウの拳が振り下ろされる。

 幻の地面が割れることはない。だが、その衝撃は結界全体をビリビリと震わせている。

 ……やれやれ、とんでもない馬鹿力だ。


「ほう。一撃で沈まなかったのは褒めてやろう……だが……」

「……つうっ!」


 突然、左足の太ももに痛みが走り鮮血が舞う。深い傷ではないものの僅かに爪がかすめていたらしい。


「甘いな」

「……らしいね」


 かすっただけとはいえ、初撃を当てたライゴウは上機嫌だ。

 そんな彼へ視線を向けたまま、俺はもう二段ほどギアを上げる。


「次は……俺の番だね!」


 そう言って俺は真っ向からライゴウに向かっていった。狙いは顔面への一撃、だがそれは彼の手で力任せに軌道をそらされ頬をかすめるにとどまった。

 そこから至近での激しい応酬が始まる。速さと手数はややこちらが勝るが、ライゴウの攻撃はその一撃一撃が重く、そして凶悪な破壊力をもって暴風の如く襲いかかる。

 対処する為に開放した力は、すでに七割を超えていた。

 冥府の森を旅立って以来、ここまでの力を出さねばならない状況なんて、ほとんどなかったのに……。


「何が可笑しい?」

「……さあね」


 激しい打ち合いの最中、ライゴウのその言葉によって、俺の口元が緩んでいたのに気付かされた。

 全力に近い力が出せることが楽しい……のだろうな。

 冥府の森で最強の剣士と最強の龍人に鍛えられ、自分でも規格外な強さを手に入れた俺。

 だが、厳しい命懸けの修行の果てに手に入れた力はあまりにも強すぎて、それを行使できるだけの相手など、これまで見てきた世界にはほとんどいなかった。

 ……姉さんや、目の前にいる彼以外は。


 的確に急所を突こうとする攻撃は、およそ人間には真似出来ぬほどの反射神経と身のこなしで回避され、彼の(たてがみ)を僅かにかすめるのみ。

 対して、彼の一撃は凄まじく、恐らく腕でガードなどしようものなら、その腕はしばらく使いものにならなくなるに違いない。

 ……これはまるで、姉さんと組手をしているようだな。

 ふと、パンドラ姉さんとの修行の日々を思い出していると、一旦弾かれるようにして俺から距離をとったライゴウに話しかけられた。


「ふん、貴様の腰にあるのは飾りか?」


 彼の視線の先にあるのは、俺が腰に差す愛刀『村雨丸』。

 ライゴウが無手という認識から、俺もそれにならって武器を使ってはいなかったのだ。


「素手の相手に武器など……」

「グルゥガアアァァーッ!」


 俺の返答を遮るように、ライゴウが一際大きく吼えた。身体中から凄まじいまでの闘気を発し、憤怒の表情でこちらを睨んでいる。


「素手だとぉっ! 人族など、所詮は毛も牙も無い猿風情が、この獣王を素手と侮るのかぁぁ!」

「……っ!」


 みるみる膨れ上がっていく濃密な殺気と圧倒的な闘気……つまりは、彼もまた秘めたる力を温存していたということだ。


「舐めるなよ人族! 我が爪は剣、我が牙は槍、我が腕は槌、我が毛は盾である! それを素手とはなんたる侮辱……グルウゥ、その奢り故貴様は破れるのだ!」


 そう言って地を蹴ったライゴウは、先ほどとは比べものにならぬほどの速さで目前に迫り、短剣ほどもある爪を出した腕を振りかぶっている。正々堂々、一切小細工のない真っ直ぐな攻撃。だが、その圧倒的な質量と速さは回避という行動すら許さない。恐らくは、身を捻った一瞬の隙で俺の体を引き裂いてしまうだろう。


「…………くっ!」

 ……こうなったら【憤怒眼(サタン)】によるブーストで…………っ?


 魔眼を発動しようとした俺の脳内で、フラッシュバックするようにちらつくのは、ろくな抵抗も出来ずに傷付き、無残に吹き飛ばされていくシズカの姿。

 ……まさか、これは俺が……。


「ぐはあぁぁっ!」


 時間にしてコンマ何秒というほんの刹那の思考の混乱。

 だが、ライゴウの全身全霊を込めた一撃の前には、それが致命的であった。


「ふん、何かしようとしていたらしいが……迷った時点で貴様の負けよ!」

「ぐっ……ゴフゥッ!」


 俺の腹部を貫き、背中まで突き抜けたライゴウの鋭い爪。勝ち誇った表情の彼がそれを引き抜くと、俺の血が傷口から大量に噴き出し、口からも激しく吐血する。


「貴様の負けだ人族」

「く……うっ……」


 出血の多さから足に力が入らず、膝をついた俺の正面で見下ろすように立つライゴウ。


「武器も、先ほど使おうとした力も、それを振るう覚悟なくしては持たぬも同然。自惚れるなよ人族、貴様は弱いのだ」

「…………」


 出血多量でじわじわと迫り来る死の瞬間。身体中のあらゆる苦痛に顔を歪める俺に、彼はなおも語り続ける。


「確かに、貴様は持っているのだろう。始祖様に認められるだけの力を……この獣王すら凌駕する何かを。だが、結果を見よ! 貴様は敗れ、死ぬ。それでは誰も守れまいよ」


 朦朧とした意識の中、だが彼の言葉は深くしっかりと心に響く。


「始祖様を、愛する者たちを、真に守りたければ強くなることだ。その力も貴様の中に在るのなら貴様自身の力の一部ぞ。貴様は力の主人であろうが、大切なものを守りたければ使いこなしてみせい!」

 ……主人……大切なものを……守る。そうだ……俺は、みんなを…………。


 ライゴウの発した言葉とその意味をしっかりと心に刻みつけ……俺の意識はそこで途絶えた。


 ◆


「……リ!……シンリ!しっかりするにゃ!」

「……あ、チロル……か」


 ペチペチと当たる何かと、誰かの呼ぶ声に目を開けると、チロルが俺を心配そうに覗き込んでいるのが見えた。

 肉体には一切ダメージはないようだが、向こうで死んで意識をなくしたことで精神的なショックを受け、気を失っていたようだ。頬に当たっていたのは、チロルの肉球のある手なのだろう。


「シンリ、大丈夫かにゃ?」

「ああ、問題ない。どれくらい経ったんだ?」

「シンリ達が戻って、まだ一分も経ってないにゃ」


 俺は石舞台の下で寝そべっている状態だった。舞台上を見れば、ライゴウの着衣の乱れをセイと呼ばれた龍人の女性が直しているのが見える。

 腹部に痛みも傷もなく、二人の衣服も戦う前と全く変わらない。あれ程の力の衝突がありながらも結界の外には何ら影響もなさそうだ。彼らの結界術は相当高度なものなのだろう。


「さて村長よ」

「は、ははぁ!」


 突然ライゴウに声をかけられ、不意を突かれた村長のグワンキは再び額を地に押し付けた。つられて村人たちも同様に平伏する。


「彼の者は『使者』に相応しき力を示した。そのように扱うがよい」

「は、それは……しかし奴は人族の……」

「二度は言わぬ」

「ははぁーッ!」


 ライゴウの言葉を受け、複雑な表情で顔を上げたグワンキ。だが、ライゴウがそれを遮ると、慌てて平伏し恭順の意を示した。


「さて、ケットシーよ。待たせて済まぬな」

「にゃ、なんくるないにゃー」


 優しげな表情でチロルに向き直ったライゴウ。話しかけられたチロルはひらひらと手を振りながらシズカが吹き込んだであろう言葉を返す。

 穏やかな口調と雰囲気になっていてもライゴウが言葉を発すると村人たちはビクリとその身を震わせている。だが、日常的に俺や仲間達と触れ合っているチロルは全く怖れる様子もなく、いつも通りだ。


「ふふ、はっ、ガッハッハ!」


 そんなチロルの様子に、ライゴウは嬉しそうに口元を緩め、次いで大きく口を開け楽しそうに笑った。


「伝承の通りか。ケットシーとはかくも魅力溢れる者なのだな、ガッハッハ!」


 いきなり笑い出したライゴウの姿に、ビクリと反応したあとキョトンとするチロル。それがまた楽しかったのか、彼はさらに笑い続ける。

 ひとしきり笑い終えると、彼は背後のゲンブから何かを受け取り、チロルに近くに来るよう手招きした。それを受けて、俺の顔を不安そうに見てくるチロルに、大丈夫だと頷いて返す。すると安心したのか、彼女はスタスタと前に歩み出た。


「名はなんという?」

「チロルにゃ!」

「ふふ、そうか。ならばチロルよ、これを受け取るがよい」

「あい!でも、これは何にゃ?」

「これはのう…………」


 彼がチロルに渡したのは、真ん中に大きな宝石のような物が付いた白銀のペンダント。雪の結晶を幾つもくっ付けたように見える装飾は、その一つ一つが高度な魔法陣になっているようだ。

 説明を聞くと、これは強力な結界によって外部と隔てられた獣王国アース国内と通信が出来、尚且つ国内にある魔法陣を発動することにより、ペンダントに触れている者を国内に転移させることが可能であるという。

 ちなみに、この村の村長グワンキもこれと同じ物を持っているのだ。

 つまり、これを与えられたということは、チロルたちケットシーは、獣王国アースへの入国を正式に王より許可されたということである。

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