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農場と相棒

「皆、目を開けていいぞ」


 初めて転移を経験すると、急激な景色や視界の変動などが原因で眩暈や頭痛をもよおす者が見受けられた。

 そこで最近では、慣れるまでは転移時に目をつぶってもらい、落ち着いてから目を開けさせるようにしているのだ。

 目を開けた途端に沸き起こる歓声やどよめき。まあ、これだけ景色が変貌していては無理もない。

 それがひと段落した頃合いにスマッシュ達がこちらに歩いて来た。


「前回より早かったな」

「はい、今回は虫達(あいつら)がより環境に適応した結果でしょう」


 彼が言う虫達とは、これも冥府の森に生息する生命力の高いある魔物をニャッシュビルで改造、調整したもの。

[サンドキャタピラー]と名付けたこのイモムシのような虫系の魔物は、周りの砂や土を食べ、自らが生息しやすい環境を作るべく、体内で体液や排泄物を混ぜた肥沃な土を排出する。

 それだけ聞くと便利なようだが個体の大型化が難しいなどの問題点もまだまだ多い。それらが解決するまではこの試験農場での運用で色々試してみるしかないだろう。


 そんな会話をしているスマッシュの目線の高さは俺より少し上にある。普通に考えれば小人族の彼と目線が合うはずはないのだが、その秘密はこの農場自体にあった。


 俺達が見つめる先に広がるのは、作付けを待つばかりとなった広大な農地。シズカ曰く福岡ドーム二個分くらいの広さだと言うが、実際はおそらくテニスコート一面程度しかない。

 ここには神域アワシマで使われている結界術式を使用しているので、転移で入って来る際に俺達自身のサイズが小人族と同じように縮んでいるのである。

 通常サイズの土地に[サンドキャタピラー]を放ち何とかして作った小さな農地でも、この結界で包めば中に入った者にとっては、広大な農場に早変わりというわけだ。ちなみに収穫した作物は結界外に出すと普通の大きさになるので問題ない。


「しかし、神域と同じような事がどこでも出来るとはな」

「まあ、これも今代のオオナムチ、シンリ様の規格外な神気があってこそですが……」


『魔力』と『マナ』そして『神気』。これらについて、今回の件でスクナピコナやロロから受けた話を俺なりに解釈すれば、これらの基本はいわゆる『生命エネルギー』のようなものであるらしい。

 その中で最も純粋な性質を持つのが『マナ』で、これは本来、普通の動物や道端の雑草などでも微弱にだが当たり前のように備わっている。

『魔力』は、実は『第一世界』の滅亡時に世界中を覆った負の気がそれ以降の生物に『魔素』として取り込まれ、体内の『マナ』が変質したもの。

『神気』も同様に、神域に満ちる『神威』というものによって『マナ』が変質したものだ。


 俺がこの世界に転生させられた『儀式』。これには膨大な魔力が必要とされ、その媒介として百以上の魔力を内包した『遺物』が使用されていた。その中の一つに、奇跡的にも俺がアオイの件で見た、あの『夢』に出てきた『神造炉(デウスカルディア)』唯一の試作品が含まれていたのだ。

 シズカが生まれる素となった『紅玉』のように、ほとんどの『遺物』は魔力を絞り取られるだけで、不要になると儀式後はそのまま投棄されたのだが、『神造炉(デウスカルディア)』はそれらの構成部品が一度分子レベルにまで分解されて俺の体内に吸収されていき、それは身体の成長に合わせて再構成。しかもその過程で全ての問題点が解消され、世界で唯一の完成された『神造炉(デウスカルディア)』として機能するに至ったのである。


 魔力の未熟な幼少期に魔眼の開眼を経験しながら寝込む程度で済んだのは、実はこの『神造炉(デウスカルディア)』から供給されていた並外れた量のマナの恩恵に他ならない。


 だが、それはいい事ばかりでもない。

 俺はこの第二世界で発展した『魔法』が上手く使えない。これは、ただでさえ規格外な量の魔力に加えて、無意識に『神造炉(デウスカルディア)』からも膨大なマナを引き出してしまっていたからである。

 それによりいつも魔法は暴走気味になっていたわけだが、マナの出力を意識してコントロールする練習を始めたので、慣れれば普通に使えるようになるはずだ……たぶん。


 今回の場合は、俺の『マナ』をスマッシュ達が作った術式に流し込むことで、それが『神気』に変換されて、この強力な結界の維持に活用されている。


「じゃあ皆さん、彼らの指導に従い、苗や種を持って畑に入りましょう」


 農場には十名ほどの小人族の農業技術者が指導員として来ており、彼らによって幾つかのグループに分けられた農業希望者達はそれぞれの農具や苗、種などを手に畑に入る。

 育てるのはイモのような根菜を中心に豆類や幾つかの野菜。いずれもある程度荒地や乾燥に強いものをさらに神域にて品種改良し強化してある。

 しかもここでは、結界の恩恵を受けるので早いものは二週間あまりで収穫が出来るのだ。


 贅沢を言えば、やはり米を育てたいところだが、この土地で今後も継続して栽培していけるものを作らねば意味がないし、何より稲作はこの地に不向きである。


 全員が畑に入って作業を始めたのを確認すると俺は本部(サイドスリー)へと転移して戻った。






黒の救世主(ブラックメサイヤ)様!」


 転移して戻った俺を出迎えたのは、耳がキーンとしそうな、そんな大声だった。

 声の主は山羊人族の女戦士アマルティア。俺が来るよりずっと前から、この地で解放の戦士アテナとして武力による難民救済を目指す活動をする集団のリーダーである。


「……いつもながら元気がいいな。そうそう、さっきもコロニーに難民が到着した報せがあったぞ。頑張っているみたいだな」

「はい!救世主(メサイヤ)様のお言葉により、いかに自分が短慮で未熟であったのかを思い知りました。せめてもの罪滅ぼしに、一人でも多くの難民を救いたいと思います!」


 俺がマリエ救出のために入国した際、彼女は難民に隣国メリッサを目指すよう指示していた。これは隣国では亜人種差別がないとの噂に基づく彼女なりの判断だったのだが、国交自体がなくさらには強力な魔法的防御が施された国境の黒壁には、当然普通の門など存在しない。その結果が黒壁沿いを彷徨う大量の飢餓難民を生みだしてしまっていたのだ。

 俺達が真っ先にこの黒壁付近の砂漠にコロニーを作ったのも、そのあまりにひどい状況ゆえである。


「その意気は買うが、くれぐれも人間との接触や戦闘はしないでくれよ。今はひとつでも多くの命を救うほうが先だからな」

「心得ております。ところで、先日お約束したものを外に待たせております。ご覧になられますか」

「おお、あれか!シズカ、見に行こう」


 アマルティアを先頭にして、シズカと共に地上に上がる。するとそこには、俺達が彼女に頼んでいたあるものが待っていた。


「こ、これは、なかなか迫力がありますわね」

「ああ、なんだか頼もしいな」


 俺達の前に、まるで馬のようして繋がれ並んでいるのは色とりどりの羽毛にその身を包んだ十羽の巨鳥。これは初めて会った時にアマルティアが乗っていたアレだ。

 鳥型の魔物で名を[コッコアポッポ]という。ダチョウのように二足で駆けることに特化した飛べない鳥だが、身体つきはダチョウよりずっとしっかりしており全身は羽毛で覆われていた。

 砂漠や険しい山岳地帯などに生息し、その強靭な脚力で砂漠でも、平地の馬の倍以上の速度で駆けることが出来る。

 砂漠は歩きにくいし、近場への移動にいちいち転移を使うのも非効率なので彼女に頼んで入手してもらったのだ。本来は気性が荒く扱い難いというが、まあ俺の仲間達なら何とかするだろう。


「お兄様!ワタクシ、このコがいい。このコはシャア……いえ、ワタクシ専用にしますわ」


 早速シズカは一羽のコッコアポッポに目を付けたようだ。その羽毛の色は燃えるような赤。額からピンと伸びた一本の飾り羽根が特徴……まあ、これはそう隊長機的なあれだな。


「一応聞くが、どうしてこいつにしたんだ?」

「あら、お兄様ならお気付きでしょう。赤は三倍速いんですのよ」


 やっぱりか……。


黒の救世主(ブラックメサイヤ)様には、是非こちらを!」


 アマルティアの合図で、向こうから一羽のコッコアポッポが連れてこられたのだが……。


「これは……本当に同じ種なのか?」

「はい!しかし、これだけ立派なやつを見るのは私も生まれて初めてです!」


 普通の個体は真っ直ぐ立てば約二メートル前後。だが、目の前の個体は三メートル近く。全身を覆う羽毛は黒。頭には七本の飾り羽根が冠のように立ち、胸の一部だけ十文字型の白い羽毛部分があるのが特徴的だ。


「凄いな……それに気難しそうだ」


 低い唸り声を上げ、バタバタと抵抗する黒いコッコアポッポはアマルティアの部下十人あまりがその身体の各所に繋いだ縄を持ち、必死に引き摺るようにしながら俺の方へと連れてきている。


 グルルルウゥゥ!


 俺の前に出され、苛立ちからこちらを威嚇してくる黒いコッコアポッポ。今にもその鋭い猛禽類のような嘴が俺めがけて振り下ろされそうだ。


「……アマルティア、縄を解け」

「しかし、暴れると手が付けられません。捕獲の際にも五名が怪我を負わされたんですよ!」

「その時はその時だ。それに俺は魔物達と日常的に接してきたからな。相棒にしようというやつを縛り付けているのは、どうにも気分が悪い」


 この魔物も恐らく群れのリーダーや縄張りのボスといった存在であったのだろう。だが『金剛』使いのアマルティアが相手では流石に分が悪かったようだ。

 彼女の『金剛石化衝撃波(メデューサ)』あたりで動きを封じられ捕らえられたのだろうが、今もなお失われないその瞳の強い光。……いいな、こういうやつは嫌いじゃない。


 グウェェーッ!


 縄が解かれ、動きを封じる『金剛気』からも解放されると、黒いコッコアポッポは飛べない短い翼と尾羽を広げ、声を張り上げて威嚇する。身体が大きいこともありなかなか大した迫力だ。それに圧倒されたのか、他のコッコアポッポが身を寄せ合って萎縮している。


「元気がいいな。気に入った」


 そう言って俺は、ためらうことなくそいつに近づいていった。

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