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プレタ

 宿に着いた俺達を、約束通りアンナ達が用意してくれた特別料理が迎えてくれた。

 献立はもちろんパンに新鮮なサラダ、それにこの地方でお祝いに食べるという兎(?)の丸焼き。アンナ特製のホワイトシチューなど……。それらは本当に美味しかった。確かに、美味しかったのだが……。


「これは絶対反則ですわ!」

「手、手が止まりません!」

 さらに一品、俺達を夢中にさせている物。テーブルの中央に置かれた木の板の上に穴の空いた植木鉢のようなものを置き、その中には焼けた炭を入れる。上には金属製の浅い鍋がかけてあって、鍋の中では数種類のチーズがドロドロに溶けあっておりそれをパンですくって食べる料理。

 ……これはそう!ア〇プス的な少女が食べていた、あのチーズフォンデュだ。


 ただでさえ、ここのパンは絶品だというのに、いやはやこの組み合わせは絶対反則だ。

 美味し過ぎて、自分では手が止められなくなっているアイリ達を誰か止めてあげてくれ。

 まあ、そんな感じでいつまでも俺達の食事は終わらず。閉店後はアンナ達家族も一緒に席について、酒を飲む彼らと様々な話をした。


 アンナはピエトロと他の4人の仲間と組んで、パーティ『暴風の使徒』を率いていた事。

 よく暴れて物を壊すアンナは破壊神。そのお詫びに奔走し、修繕をしまくる器用なピエトロは創造神。なんて呼ばれていた事。『雷神』なんて女性らしからぬ二つ名が付いた事に腹を立て、アンナがギルドに怒鳴り込んだ事。

 アンナに常に華を持たせていた為、同様の実力を持ちながらピエトロは結局、最後までB級冒険者止まりだった事。

 それから、あるダンジョンでアンナが大怪我をした為、パーティを解散した事。その看病をしてくれたピエトロと結ばれ二人の間に出来たのが、娘テスラである事。

 パーティでも食事全般を作っていたピエトロがある店で習ったパンを販売してみたところ、徐々に人気が出たのでそれを食べる食堂を作り、さらには宿屋にまでなったという事。

 そんな話を軽くお酒を飲みながら、アンナがしみじみと語って聞かせた。


「あたしゃこの人にだきゃ、生涯頭が上がらないのさ……」


 そう言いながらピエトロを見つめるアンナの目は、恋する乙女そのものである。

 さすがに色んな意味でお腹一杯になった俺達は、部屋に戻って眠りについた。



 翌日、俺達は次なる用事を片付ける為に昼前頃に再びゼフの店を訪れていた。

 だが、残念ながらゼフは今朝から王都方面への行商に出かけたらしく、代わりに店番のタリアという猫人種の女性が俺達の話を聞いてくれた。


「武器に防具ですか?ウチには本当に基本的なのしかないですからね……」


 ゼフの店は各地を回る行商を生業とする性質上、品揃えはいいのだがどれもそれなり。いわゆる浅く広くなのだ。まあ、シイバ村や他の農村なんかだとそれでいいのだろうが、いざ冒険者用のの装備となると正直どれも物足りない。


「何でしたら南地区に、ウチが武具を仕入れている工房があります。そちらを直接訪ねてみてはいかがでしょう?実際に作っている工房なら、ある程度注文や融通が利くかも知れませんよ」


 オーダーメイド……その手があったか。そこでならアイリに合わせた武器や防具を作ってくれるかも知れない。そう考えた俺は早速タリアにその工房の場所を詳しく聞いた。


 タリアに教えられた通りに進みセイナン市の南地区に入ると、街の雰囲気が一変する。そこはまさに職人の町といった感じで様々な工房が軒を連ね、革や木や鉄の匂い……そして様々な作業の音が忙しそうに各工房から響き渡るっている。その中の一角、タリアに聞いた工房が近づくと……。


「いったい、いつになったら届くんだ。このばかもんがーっ!」


 突然一つの工房から大きな怒鳴り声が轟いた。残念ながら、そここそがさっきタリアに聞いた工房である……。


「あの、すみません?」

「すみませんじゃねぇんだよ!こっちはそれどころじゃ……。おっといけねえ、客人かい?」


 流れでうっかり怒鳴られかけたが、覗き込んだ工房の中には背の低い人物が二人。胡坐をかいて法被のような上着を羽織り、ハチマキをして煙管を咥えた年配の男性と、似たような法被を着て必死に彼に土下座している女性。見た感じどちらも種族はドワーフだ。


「バカ野郎が!客人だ、さっさとそのみっともねえ面を片付けやがれ!」

「はいっ!」


 再び怒鳴りつけられ慌てて奥に入って行く女性。ドワーフの女性は小さいと話には聞いていたが、あれじゃ見た目は幼女だ。俺がそんな事を考えていると 男性のドワーフが少し苛立ち混じりに尋ねてきた。


「で客人方。今日は、いってえどんな御用で?」


 俺はゼフの所でこの工房を聞いてきた事。そしてアイリ用の武器が欲しい事と出来れば防具も揃えたい旨を説明した。話を聞き終わった彼は、ゆっくりと煙管で煙を肺まで吸い込みそれをため息混じりに吐き出しながら答えた。


「ゼフの旦那の恩人なら是非とも力になりてえが……今は無理だ」

「え?」


「シンリさんと言ったかい?今ウチの工房は、あの馬鹿娘のおかげで風前の灯って奴なんでさ……」


 そう言うと彼は、恨めしそうに女性が入っていった店の奥を睨む。


「いったい、何があったんですか?」

「ま、客人らには関係ねえこった。ささ、用事が済んだなら帰った帰った!」


 ただならぬ雰囲気を感じて事情を聞こうと思ったのだが、取りつく島もなく俺達は工房を追い出されてしまった。


「なんだか、追い出されるのがテンプレみたいで面白くありませんわ!」


 隣でシズカがぷりぷり怒っている。確かにバッグも最初はこうだったな……。


「あっ、さっきの女の子発見!」


 とぼとぼと歩いていると、アイリが街中を流れる川の岸で一人ちょこんと座り込む、さっきのドワーフの女の子の姿を見つける。これでは埒が明かないのでとりあえず事情を聞いてみることにしよう。


「こんにちは」

「うぁっ!あ、貴方はさっきのご客人……ぐすん」


 俺が近寄って話しかけると、あれから散々泣き腫らしたのだろう。目を真っ赤にした女の子が振り向いた。


「俺は、シンリ。こっちは仲間でシズカとアイリ。こう見えて全員、冒険者なんだよ」

「冒険者さん?」


「なにか困った事になってるみたいだけど、良かったら話してみてくれないか?力になれる事があるかも知れない」


 相手の年齢が見た目ではよくわからないので、とりあえず優しく尋ねてみた。俯きしばらく考え込んだ女の子は、何かを決意したように顔を上げると、俺の目をまっすぐに見つめて言った。


「私の名前はプレタです。お願い!私と一緒に魔物狩りに出てもらえませんか?」

「……え、なぜ魔物を?」

「実は…………」


 プレタ曰く、ドワーフの男性は彼女の父ザレク。

 ザレクの打つ武具は質実剛健。飾り気や派手な装飾過度な特性は無いが、とにかく壊れにくく丈夫で長持ちすると遠く王都でも一部の玄人にとても評判らしい。そのザレクの武具の強さの秘密の一端は使用する秘伝の調合薬にあるのだそうだ。

 しかし、新しく作った調合薬を運んでいたプレタがうっかり転んで泥水の中に調合薬をぶちまけてしまった。もちろん無くなれば補充する為、材料さえ揃えば作ることは可能だ。殆どの薬材は在庫もしてあり入手も出来る。だが運悪く、最も入手の難しい材料がプレタがこぼした調合薬の分で使い切ってしまったところだった。

 それ以降、ギルドにも散々報酬を上乗せしながら依頼を出しているのだが未だ何の音沙汰も無い。それでも、一週間後には定期的に購入してくれている王都の守備軍に納入する二十本の剣を、王都への定期便に渡さなければ、その契約自体が打ち切りになるかも知れないのだ。


「私が……ひっぐ、わだじのぜいで……ひっぐ」

「泣かないでプレタ。ちなみに何の魔物が必要なんだ?」


「それは……」


 その貴重な材料となる魔物の名前を聞き、俺はガシガシと泣きじゃくるプレタの頭を撫でた。


「ふ、ふうぁぁーっ?」

「プレタ、もう何も心配しなくていい」


「ふぇっ?」

「もう、大丈夫だから。プレタはもう泣かなくていいんだ」


 俺は状況が全く分からない様子のプレタの頭を、彼女が落ち着くまで微笑みながらいつまでも撫で続けてあげた。

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