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コロニー

 およそ二週間後。

 ここは神聖国領内、黒壁付近の砂漠地帯。


「確か、この辺りだと戦士アテナ様が仰っていたんだが……」

「またデマじゃないのか?以前も黒壁に向かって多くの者が命を落としたって聞くぜ」

「それは知っているが、もとよりわしらに行くあてなどない。僅かな希望にすがるしか、生きる術はないのだ」


 そう言って、足を引きずるようにしながら歩を進めているのは、ボロとしか言いようのない衣服を身につけた亜人種の難民と思しき集団である。


『……じー……ー……』


 それは、砂塵が舞う風音に混じって聞こえてきた。何かを問いかけているようにも聞こえるのだが、タイミング悪く風音が大きかったので彼らにはよく聞き取れなかったのだ。


『……じーくー?』


「……た、確かに聞こえたよな?」

「あ、ああ、間違いない。アテナ様の言っていた通りだ。これでわしらは……」


 彼らの表情が一斉に明るくなり、誰もが疲れを忘れて抱き合い、歓喜の声を上げる。

 どうやらその問いかけは、彼らが待ち望んでいたものだったらしい。


『じーくーっ!』


「な、習った通りに言うんだぞ、せーのっ……」


 催促するかのように、再び問いかけが響いた。彼らは声を揃えて、それに応える。


「じーおーん!」


 そんな彼らの声に呼応するかのようにして、吹き荒れていた砂塵がピタリと止まった。

 するとそこには、自分達と同じ亜人種の獣人らしき女性と、背中に白い翼の生えた見慣れぬ種族の女性が立っている。

 そして彼女達の後ろには、地面から顔を出した大蛇が大きくその口を開けたような、不思議な形の岩と洞窟が見えていた……。






『こちら二号コロニーのアイリです。難民の受け入れ許可をお願いします。全員亜人種で人数は十二名』

「ご苦労様アイリ、ガブリエラ。受け入れを許可する。いつものように居住区に入る前に身体を洗わせ、衣服も着替えてもらうように。あと……」

『食事と水をいきなり大量に与えない。ですよね!了解です』


 アイリとの通信の最中、隣ではシズカが書類に必要事項を書き込んでいる。


「お兄様、これで二号コロニーも百八十九名。そろそろキャパの二百名に到達しますね」

「そうだな。だが難民はまだまだいる。五号と六号の完成を急がねば……」


 そんな会話を俺達がしているここは試作零号コロニー。通称『サイドスリー』または『ムンゾ』。

 通常なら普通に零号と呼べばいいだけなのに、この居住用地下施設をコロニーと呼称すると決めた際、シズカが本部の呼び名をそうすると言って聞かなかったのだ。

 先ほどの難民達に言わせた合言葉もそうだが、これはシズカの中にある俺の好きだった某アニメの記憶が大きく影響しているというのは、言うまでもないだろう。まあ、この世界では誰も知らない言葉だし、むしろ好都合かもな。


 この施設、コロニーの正式名称は『居住用簡易地下迷宮』。

 砂漠地域に住む亜人種の多くは、立てた木の骨組みの周りに布を張り、袋に詰めた砂を周囲に重しとして置いただけの簡素なテントのようなもので生活していた。それでも辛うじて砂や直射日光は避けられるものの、布の劣化や強風による被害が多く、長持ちはしない。


 そこで思い浮かんだのが、チロル達ケットシー族が暮らす迷宮下層のニャッシュビルの村。あのように地下に作れば環境の影響は受けないだろう。

 だが当然、工期の面からもあんなに本格的なものは無理だ。

 しかし、階層を十層程度に抑え、尚且つ迷宮のような仕掛けや複雑な構造に拘らないのであれば、一ヶ月ほどで穴掘り自体は終わるらしい。


 無論、今回の用途ではそれでも時間がかかり過ぎである。

 そこで俺は、冥府の森に暮らす小さなモグラのような魔物[モグタン]をニャッシュビルの研究所にて魔改造。体長五メートルほどの巨大な魔物[モグニューラ]を作り上げた。

 通常、短期での急激な魔改造を行うと精神のバランスが崩れ、魔物が暴走する危険性が高いのだが、これは俺の魔眼の力を使い強制的に服従させることで解決出来ている。

 現在は十匹ほどのモグニューラが交代で作業にあたっており、十層分の荒掘りだけならおよそ三日程度で掘り上げてくれるのだ。


 この試作零号コロニー(サイドスリー)は五階層までにして俺達の活動拠点や資材の集積場所として使い、現在までに完成した一号から四号までのコロニーが各地で難民を受け入れ、彼らの新しい住処となっている。

 各コロニーの想定定員は二百名。一号と三号はすでに満員。少し前に完成した四号もすでに半分を過ぎる勢いだ。

 当初は、モグニューラの掘削が済むとケットシー達と俺が使役する骸骨達(アンデッド)によって、内装や各種施設の仕上げを行っていたのだが、途中からは住人となった亜人種の中からも手伝いたいと申し出てくれる人が増え始め、作業に皆が慣れてきたこともあって、このところそのペースは飛躍的に早まっている。


 とはいえ、どこにでも掘ればいいというわけではない。ミスティや精霊の力を借りて、十分な水量が得られる飲用の井戸が掘れること、地下の地盤がしっかりしていることなど幾つかの条件について調査を行い、それらをクリアした場所でなければ作れないのだ。


{シンリ、新しい候補地が見つかったんだけど……}

「どうしたミスティ、何か問題が?」

{うーん、人間の村が近いのよ。やっぱりまずいわよね?}


 これまでは、特に難民の現状が厳しい(まあ、アマルティアのせいだが)黒壁付近の者達を重点的に救うため、その近辺にコロニーを作ってきたが、ここはいわば国土の西の外れ。俺達の活動の噂を聞きつけたとて、各地から徒歩で向かうのは過酷すぎる旅になろう。

 やや東の方に新たな拠点を作ろうとミスティに調査を頼んでいたのだが、この国は港といい街道といい砂漠に飲まれていない東側に重要な施設が集中していて、当然東に行くほど人間の街も多くなっていくのだ。


「そうだな……今はまだやっと軌道に乗り始めたばかりだ。余計なトラブルに構う余裕はないからな」

{わかったわ。じゃあもう少し探させるから待っててね}

「ああ、すまんなミスティ」


 今現在、俺の仲間もケットシーをはじめとした協力者達も連日休みなしで頑張ってくれている。だんだんペースも上がってきたんだ。この流れを余計なトラブルで滞らせたくはない。


「オオナムチ様、よろしいでしょうか?」

「ああ、スマッシュか。どうしたんだ」


 俺が首から下げている勾玉がぼんやりと光を放ち、そこから小人族のスマッシュの声がする。彼らの一族は全員一丸となり、あらゆる面で協力してくれていて、細かな作業の他にも、特に農業面でその力を発揮してもらっている。

 これから住人もどんどん増えていくだろう。そうなってくると現在の支援体制でカバー出来るキャパシティを超えるのも時間の問題だ。

 保護した者達の未来を見据えるならば、食糧を自給自足出来る体制作りは必須事項。これが出来なければ、この活動自体が先細りし、結局一時的なものとしてついには破綻しかねない。


「先日の第一農場に続いて、第二農場の土壌の改良がほぼ完了しました。すぐに使用可能です」

「わかった。では早速、農業従事希望者を送っていくとしよう」


 俺はそう言って三号コロニーへと転移した。


「主様!」

「シンリさん!」


 そこにいたのは、ツバキ……そして頭に猫耳を着けたマリエである。

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