消えた聖少女
ボスン!という音を立ててアオイの背中の二本のケーブルが外れて床に落ちる。
あの後、第五層の制御中枢の再起動は問題なく行われ、点検の結果魔力消費が二十パーセントほど抑えられるなどの機能の向上、そして各所のセキュリティの強化などが観測された。
「大したものじゃ!あんな短時間で技術者百人分以上の改善を行うとはの」
そう興奮気味に話すロロ。アオイに言わせれば、代々の研究者達がよくシステムも理解しないまま勝手な命令や動作、必要でない情報入力などを行っていたらしく、それらを修復時にクリーニングした結果であるらしい。
本来この機器に使われているセキュリティなら、今回のように一部の研究者の独断でメインシステムに干渉することは出来ないはずなのだが、最初に起動させた者のミスでそれが使用されていなかったようだ。やってくれたな初代さん……。
ともあれ、今回の修復でそれらの重要なシステムに干渉出来るのはロロ、もしくは彼女から許可され認証コードを聞いた者に限定されることになった。その認証コードは日替わりなので、もう今回のような事態や勝手な情報入力などは行われずに済むだろう。
「行ってしまうのか……?」
ロロが寂しげに見つめるのは俺の背後。まるでシューティングゲームの子機のように、足元を宙に浮かせてピタリと付き従うアオイの姿だ。初めは室内を歩き回る際に違和感を覚えたが、彼女自身は人工物であり常人が発するような気配がない。魔力……彼女に関してはマナと呼ぶのが相応しいが、その繋がりによって位置は常に把握出来るものの、慣れてしまえばそんなに気にもならなくなった。
まだまだ聞きたいことが沢山あるとすがるロロの姿に、どうにか出来ないかと彼女に頼んだところ、彼女はロロの小指に俺のと似た小さな指輪を装着する。これによって、離れていても彼女との通信が出来るようになり、緊急時の連絡や助言を得られるようになったのだ。
「もう、真っ暗だな……」
あれからさらにロロや多くの研究者達の質問攻めに遭い、俺とアオイが地上に戻れたのはすっかり辺りが暗くなってからだった。夜の闇が濃くなっているので、対照的に市街地のランタンの輝きが一層華やいで見える。
「とは言え……アオイは目立ちすぎるな。姿を消したりは出来ないのか?」
彼女もガブリエラ同様に魔眼での契約を行い、別の場所から召喚で呼び出せるようにしたかったのだが、彼女にそれは効かなかった。おそらくは、生物でないことが関係しているのかも知れない。必要な時に転移で迎えに来るという案も出したのだが、『伴侶。それは生涯共に在るものであると当機は告げます』と断言され、頑として離れるつもりはないようである。
『肯定。不可視外装を着装可能であると当機は告げます。シンリ様』
「すまないが頼む。なるべく目立ちたくはないんだ」
俺がそう指示すると、彼女の全身を覆う衣装が溶けるように形を変え、それらに包まれた全身が全く見えなくなっていった。
そうして、俺と見えないアオイの二人でシズカの店『妹茶館』へ向かう。今日はフェスタの最終日。期間中、協力してくれた従業員達の労をねぎらうべく、ささやかな打ち上げを予定していたはずなのだが……。
「おかしいな……これはいったい?」
「……主様」
まだ打ち上げが終わってしまうほど遅い時間ではない。だが、店の明かりはすっかり消え中には人の気配も全くないのだ。
不審に思い立ち尽くしていると、足下の影からツバキがスーっと浮かび上がるようにその姿を見せる。
「ツバキか。これはどうしたことだ……。今夜は打ち上げではなかったのか?」
「…………」
ツバキは何も語らない。ただ心痛な面持ちで下を向き、小さく震えるのみだ。
「シンリ……おかえりなさい」
そうする内にヴェロニカが戻り、次いでアイリ。そしてシズカが帰って来た。
「……お兄様。とりあえず中で話しましょう」
それだけ言うと、シズカは店の鍵を開けて入っていく。それに続いた全員が二階にある個室に入り扉を閉めると、シズカがガクガクと身を震わせながら言葉を綴った。
マリエが、行方不明になってしまったのだと……。
「本当に申し訳ありませんお兄様!……このワタクシが付いていながら、なんたる不覚。この身はいかなる厳罰も覚悟しております」
「責任を問われるべきはこの俺だ……すまないシズカ」
あまりの悔しさに自らの下唇を血が出るほど噛んだシズカの表情。だが、責められるべきは店を離れるよう指示した俺だ。先日の誘拐未遂からマリエには十分な警戒をするようシズカに言いつけたのは、他でもない俺自身。
床の上に土下座して、悔し涙を流す彼女に詫びながら、俺はその身体を強く抱きしめた……。
最後にマリエを見たのはヴェロニカであった。
シズカとツバキがしばらく店を開けると外出したすぐ後、マリエはパンの在庫が少ないからと、俺達の寮の近くにあるパン屋へと向かったらしい。
タイミング悪く、観光スポットでもある学園に突然入場制限が出されたらしく、中に入れなかった観光客が街に溢れて、店は大変な混雑になってしまった。
じきにシズカやツバキ、そしてアイリが戻ってきたことで、店はなんとか落ち着きを取り戻したのだが、ここに来てマリエの帰りが遅すぎるとの話が出て、パン屋に様子を見に行った者からマリエが来ていないとの報告がもたらされたのである。
すぐにツバキやアイリは捜索を始め、シズカは営業時間より少し早めに店を閉め、打ち上げは後日に延期として、マリエの件を伏せたまま従業員を帰らせた。
そうして閉店後からこれまで、みんなで街中を必死で探し回っていたという訳だ。
『ちょっといいかねぇ』
「どうしたゲルンスト」
『ふむ、港にいる地縛霊がね。少女を担いだ騎士の一団が慌しく出航して行ったのを見たらしい。その娘の衣装はピンクと白のエプロンドレスだったらしくてね』
その話を聞いて、俺は隣のヴェロニカを見た。彼女がうんうんと頷いている様子から、その衣装はマリエのもので間違いない。
『当たりみたいだね。それにその騎士達の装備には全て……』
「……御光と聖母の印だと言うんだろ。やはり、神聖国の連中か」
咄嗟に湧き出ようとするドス黒い感情。だが、怒りに我を忘れたとて何も状況は好転すまい。今はマリエを無事に助けることだけを考えることとし、俺は努めて冷静に対策を話し合うことにした。
『シンリくん、彼等は彼女を聖母に祭り上げる気だ。聖母が 決まるのは一月後。最低でも、それまでは丁重に扱われるはずだよ』
俺の心中を察したゲルンストが、そう言ってフォローをしてくれる。実体化して以降、何気に使える執事さんだ。
このデジマールを出航して北に向かい、そこから北東に進んでいけば神聖国。彼等の船ならあと七日ほどで神聖港ザーレに到着するらしい。
今から追跡するとしても、これだけ時間が経ち尚且つ下が海であれば飛行出来るガブリエラやアオイでも距離的に少し厳しい。飛竜などは海を嫌うので論外だし、やはりこちらも船で追う以外なさそうだが……。
「船か……」
そう、俺達には追跡するための船が無い。
「シンリ私の両親にご挨拶に来るといい」
「こんな時に何を言っているんだヴェロニカ」
そんな俺の言葉も聞かず、彼女は何かを書き始めた。落書きのようにしか見えないが、これはたぶん地図だな。
下に書かれた大きな大陸はこのナインスティア大陸。その大陸の左隅上方にに書かれたドクロマークがこのデジマールなのだろう。でもなんでドクロ……。
そしてその上部には、この大陸の三倍はあろうかという巨大な大陸が広がっている。彼女はその大陸の真ん中を西から東に横切るような線を引き、上部は斜線で消した。
残った部分を分断する無数の線は、各国の国境なのか……。細かく分けられたそれらの、ちょうどデジマールの真上にある国にリボンのマークを、その右隣の隣国に星のマークを付けた彼女は、ふうっとやり切った感じで息を吐くと、ゲルンストとタッチを交わした。
『では続きは私から。お気付きでしょうが、この可愛らしい『私』のマークが書いてあるのが、ここデジマールです』
あのドクロはお前か……まあいい、話を続けろ……。




