エンゲージ
ゆっくりと……その瞼が上がり、美しい蒼い瞳が輝きを放つ。
数千年振りにその瞳で捉えた光。だが、生物ではない彼女が、眩しさに目を伏せることはない。
真っ直ぐとシンリを見つめるその瞳の中で、僅かに……まるでカメラのレンズの焦点を合わせた様な黒点の収縮が見て取れたのみだ。
『当機は、あえて初めましてと告げます。資格をその身に宿せし者よ様』
「初めまして……その呼び方は変わらないんだね」
やや機械的な動きでその身を起こした彼女の身体は、まるで重力の制約さえ感じさせない動きでフワリと立ち上がる。
『天女』……俺の脳裏にすぐさま浮かんだのは、そんな言葉だ。その立ち姿はどこか神聖で、そして優雅に見えた。
「まるで羽衣で浮いているようだ……」
「いや、シンリよ。そ、そそそ、その者……浮いておるぞ」
ロロの指摘を聞き足下に目をやれば、確かに……彼女の足は地面から十センチほど浮いている。
『呼称の変更が可能であると当機は告げます。資格をその身に宿せし者よ様』
「それはありがたい。だが、その前に何か着てもらえないか。さすがに恥ずかしいんだが……」
目の前に立つ彼女は未だ全裸。いくら人間ではないと頭が理解していても、やはり直視するのは気恥ずかしい。
『資格をその身に宿せし者よ様よりの命令を受諾しました。当機は、これより標準外装を着装します』
そう言って彼女の身体が輝き始め、その足下にある蒼いクリスタルの棺が明滅すると、それは一瞬で、まるで粒子のようになって彼女の身体に纏わりつく。身体中を覆うそれらは徐々に形や色を変え、まるで衣服のように変化した。
だが、これを衣服と呼ぶべきなのだろうか……。
基本はぴったりと身体に張り付いた全身を覆う黒のボディスーツ。そして各部には、『装甲』と表現するのが正しそうな複雑な形状の白いパーツが幾つも着いており、そのややメカニカルなデザインとアクセントの蒼いラインが絶妙で、向こうの世界での俺のオタク心を呼び覚ましてしまいそうだ。シズカならきっと、これを『コスプレ』と呼ぶだろう。
『警報。当施設内において二百八十八件のシステム異常を検知しました。システム修復の為、一時的に全システムを当機の制御下に置く事を許可願いますと当機は告げます。その身に資格を宿せし者よ様』
「凄いな……すぐにわかるなんて。まあいい、是非頼む!……っと、いいよなロロ?」
「む、無論じゃ。そのために来たのじゃからの」
大したものだと感心して見れば、『眠り姫』改め『アオイ』の背中辺りから二本のケーブルのような物が伸び、かつてクリスタルの棺があった場所からこの施設と繋がっている。
『了解。修復開始。完了まで一時間三十三分を要しますと当機は告げます。その身に資格を宿せし者よ様』
「ふう……。ひとまずこれで最悪の事態は免れたようじゃな。彼女が制御しておる間に第五層の機器を点検整備して再起動に備えねばなるまい」
「そうか。しかし……彼女の名が入海の名前になっているとは、意外だったな」
腰が抜けてしまったように背中を機器に預けて座り込むロロ。俺に向かってサムズアップする彼女の表情にも安堵の色がはっきりと見える。今日は彼女にとって生涯最も喜怒哀楽の忙しい日だったに違いない。
{シンリ、何とかしてくれたみたいね!こちらの異常は完全に消えたわ。結界も消えたけど}
(ありがとうミスティ。すまないが出来る範囲で観客達を癒してやってくれるか)
{わかってるわよ。でも、ここからは貸しにしとくからね、もうっ!}
(頼む。いつもありがとう)
上の状況も落ち着いたみたいだ。ミスティも頑張ってくれたようだな。魔力を補給してあげたアイリは大丈夫だろうから、仮に外でシズカ達が戦闘に巻き込まれていたら、すぐに救援にも行けるだろう。あのおっさんは……まあ、放っておいていいか。
『呼称変更が中断中。未登録のままですと候補からランダムで選出する事になると当機は告げます。候補は以下の通り。資格をその身に宿せし者よ約束の君愛しの旦那様マイダーリン乙女の唇の強奪者裸を覗きし者胸の評論家全裸を直視する者幼女を抱きし者……』
「もういい……シンリだ。シンリと呼んでくれ!」
『了解。登録が完了したと当機は告げます。シンリだ様』
「シンリ!」
『再入力。修正が完了したと当機は告げます。シンリ様』
まったく……さっきの凄い性能感が台無しだ。候補の後半は今日の行動によって導かれたものだな。だとすれば前半はかつてのアオイ自身が……。ん、約束に旦那様。それにダーリンだと……。
俺の脳裏にさっき魔眼を使って何度もリピート再生した、まだ人間だった頃のアオイとの会話が繰り返される……まさかな。
「アオイ……その、俺とキミとの関係性なんだがそれは……」
『運命の糸は交わり、二人の婚約は完了したと、当機はここぞとばかりに即答します。シンリ様』
「待て待て!いきなり婚約って……。それにだいたい何で俺だったんだ?」
『解答。当機の最優先事項は『神造炉』をその身に宿す人形との結婚です。この出会いは運命でしたと当機は告げます』
俺の何気ない疑問に、その言葉を遮ってまで即答するアオイ。確かに『夢』やさっきからの彼女の言動で、もしかしたらとは思っていたが、まさか本当に俺の体内に『神造炉』があるというのか。それに人形か……まあ、儀式で母体に宿された俺は『普通』の人間ではないのだろうが……。
ともあれ、今は色々とやるべきことがある。それらの話は時間を作ってゆっくり聞き出すとしよう。
「アオイ、システム回復までの時間は?」
『残りあと一時間十三分であると当機は告げます。シンリ様』
「わかった。すまないがアオイはここで作業を続けてくれ。後で迎えに来るから」
『了解。それでは左手を出して下さいと当機は告げます。シンリ様』
現在、この施設と彼女は繋がっており、そこから施設内のシステム修復を行なっている。離れることの出来ない彼女を残し、上の様子を見に行こうとすると、突然左手を出すよう頼まれた。
まだよくはわからないが、最低でもいきなり攻撃されるような事はないだろうと判断し、俺は左手を彼女の前に出す。すると彼女はそれを両手で包み込んだ。
「……ッ!」
すぐに左手の薬指に違和感を感じて手を引くと、そこには彼女の装甲とお揃いの白地に蒼いラインの入った小さな指輪が付いている。
『説明。遠距離通話が可能になったと当機は告げます。シンリ様』
「……おお。でも、何故この指に?」
『当然。婚約の証の定位置であると当機は赤面しながら告げます。シンリ様』
「…………」
この音声は、いずれも指輪から聞こえてきたものだ。だが、目の前にいる本人は無表情で赤面など全くしてはいない。しかしこいつ、何だか話し方がくだけてきてないか……。
まあいい、それも全部後回しだ。
「ロロ、第五層で作業があると言ったな。人手は必要か?」
「うむ。出来れば闘技場から数人と、賊の捕縛にステインらも同行させたい」
「わかった。アオイ、俺の転移がこの施設のセキュリティに影響されないように出来るか?」
『肯定。現在全てのシステムは我が意のままであると当機は告げます。シンリ様』
「よし、では頼む!ロロ、飛ぶぞ!」
アオイの返答を聞き、俺はロロを抱えて闘技場まで転移した。




