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制御中枢の暴走

「なんだ貴様ぁ!どっから入って来やが……ぐはっ!」

「はいはい邪魔!」


 地下第四層辺りまで降りると、数人の武装した見張りがいた。時間がないので、走りながらすれ違いざまに手刀で意識を奪い先を急ぐ。


 そうして到着した第五層の入り口から中を伺うと、かなりの人数が室内にいるのが見えた。


「ロロ、中の者達に状況を聞く必要性は?」

「ふむ……不要じゃな。ワシが見た方が早かろう」

「わかった」


 彼女の返事を聞いて、俺は無造作に扉を開け放ち敵に姿を晒す。


「敵襲だ!」

「おい、こっちだ急げ!」

「この野郎、殺せ!」


 すぐに気付かれ、彼らは武器を手に俺目掛けて殺到した……だが。


「アイリの邪魔をしたお仕置きだ。少し強めにいくよ」


 俺はそう呟くと、やや強めの気を室内に放つ。その気に当てられ、次の瞬間には室内に意識を保っている者など、もう誰一人いなくなっていた。


「いやはや、ヌシは何者じゃろうのう。おっと、急がねば……」


 遅れて中に入って来たロロは呆れた顔でそう言いながら、小走りで室内の機器や配管を見て回る。そんな室内には赤色の明かりが明滅を繰り返しており、無機質な声がひたすら『総員退避』とだけ鳴り響いていた。

 充満した異常なほどの魔素や熱気。配管は不自然にうねり、中央に置かれた円筒形の機器はガタガタと激しく振動していた。それらでこの室内の全ての機器が、現在明らかに異常な状態であるのは素人目でもはっきりとわかる。


「くそっ!馬鹿どもめ。あれほどこれは初代などではないと言ったのに……」

「ロロ……」


 制御装置と思われる台を強く叩きつけ、苛立ちの表情を見せるロロ。

 彼女の話では、初代『ルイス ファン・ネザーランデ』は、この施設の研究に没頭しこれらを溺愛するあまり、己の死後、遺体を自らが起動させたこの筒状の機器の内部に置いて欲しいと言い残したらしい。当時の人々は彼の遺体を焼き、その遺骨を箱に詰めてこの中に置いた。

 だが、長い長い時間の経過と共にそれら真実は記録の山の中に埋もれ、一部の狂信的な者達によって捻じ曲げられていく。ついには、彼はこの中で眠っているのだという説が真説として語られるようになってしまったのだ。

 当然、通常では考えられない話。だが、さらに下層にある何年経とうともその身が朽ちる事のない『眠り姫』の存在が、その嘘に真実味を与えていた。


「ワシは代々の研究者がすでに手をつけることを止めておった『眠り姫』にこそ興味を惹かれての。長い研究の末、ある仮説を立てたのじゃ」

「……それが膨大な魔力。いやマナの注入」

「そうじゃ。奴らはそれと同様の事を行えば、初代が復活すると考えたのじゃろう。その可能性を考慮し、ワシは数年かけて書類を調べ上げ、初代がすでに火葬された真実を見つけたのじゃが……」


 ここで、ロロの年齢が再び気になったのだが、彼女はハイエルフとドワーフのハーフ。エレノアの例もあるし長命な彼女ら種族に一般的な考え方を当て嵌める方が失礼だろうと思い疑問を押し殺した。


「この先どうするロロ?」

「これは施設全てを管理する制御中枢。それが完全に停止したら、この施設は秘密保持のため……自爆する!」

「自爆だと……何か手はないのか?」

「あるといえばあるが……不可能だ…………」


 彼女の仮説ではこの制御中枢を一旦完全に停止させ、しばらくして再起動すれば再び正常に戻すことが出来るらしい。だが、問題は秘密保持のための自爆機能が即座に作動すること。それでは再起動を待たずに、この学園が……いや恐らくこの国そのものが巻き込まれて消滅するだろう。


「制御中枢は人で言うところの脳だ。一旦停止させるならその間別の脳がその役割を引き受ける必要性がある。それが出来るのは唯一……」

「あの『眠り姫』というわけか……」

「ああ、ワシの研究では彼女は先に話した『魔動人形(マナドール)』。それも三賢人の一人が心血を注ぎ込んだ特別仕様(スペシャル)じゃ。彼女に内蔵された高度な制御中枢ならあるいは……」


 ロロから以前聞いた内容では、その『魔動人形(マナドール)』は暴走して破壊の限りを尽くしたはず。しかもこれまで一切の反応がなかったそれを、どうにか出来るものなのか……。

 時間がない。それに今ここには大切な仲間達がいる……迷っている場合じゃないな。


「ロロ行こう!」

「まさか『眠り姫』を目覚めさせると……。確かにヌシなら、いや危険じゃ。下手をすれば世界が滅ぶやも知れんぞ!」

「その時は、姉さんの力でもなんでも借りて俺が止めてやる!今は悩んでる場合じゃないだろう」


 ◆


「へっくちっ!」

「お洋服を着てくださいパンドラ様。貴女がお風邪でも召されれば我らがシンリ様に殺されます」

「だってぇー、新しいドレス待ってるんだもん」

「あれは完成まであと五日あるじゃないですか!我らも命懸けなのです。大人しくお洋服を着ていただきますよ。メイド隊かかれぇ!」

「やーん、エニグマが怒ったー!きゃはははは」

「お、お逃げになったぞ。追えーっ!」


 ◆


 未だ悩むロロを無理やり抱え、俺は以前偶然転移してしまった最下層へと転移した。

 そこには以前と変わらず、あの蒼い棺で眠る美しい『眠り姫』の姿がある。


「……つうっ!」

「どうしたシンリ?」

「いや、大丈夫だ」


 眠る彼女の顔を見た瞬間、胸がちくりと痛むのを感じた。だが、決して外傷があるわけではない。胸の奥というか、心の奥底というか、そんな説明し難い部分が反応したのだ。


「こんな反応をするなんて……やはりヌシは……」


 上階にもあった制御装置のようなものの前に立ったロロが見つめる先、突然蒼い棺が淡く輝き始め、それは鼓動のように明滅を繰り返している。






 ……な、どうしたんだ。

 ここはいったい……あれは……。


 突然真っ暗になった俺の視界。

 すぐに、その先に仄かな明かりを見つけてそちらを見ると、誰かが手に持った明かりで足元を照らしながら、こちらに近づいて来ているようだった。


 ……ロロは、彼女はどこだ?

 この感覚……そうだ。これは昨夜の夢の中のよう……。


「こんばんは。こんな夜中にごめんね」


 そう言って俺の前に立つのはあのブルーの髪の女性。就寝前だからだろう髪は結ばず下ろしている。

 俺はというと、再び固定カメラでただ見ているかのように、ちょうど台に置かれたくらいの高さに固定されたまま、自分の意思で動くことも話すことも出来ない。

 彼女は近くの机の上に明かりを置くと、俺のすぐ横に座り込んだ。


「いよいよ明日。私も作戦に加わるんだ。狙撃手として……」


 膝を抱えた彼女は、それだけ言うと俯きしばらく動かなかった。震える両手と握りしめた手が、無言の彼女の心情を物語っているような気がする。


「わ、私は……人を殺すために練習して来たんじゃないんだよっ!」


 俯いたまま彼女はそう声を荒げた。

 確か彼女は、魔動射撃(マナシューティング)とかいう競技をしているんだったか。


「戦わないとキミを守れない。それはわかってるの。でも……何でみんな仲良く、平和的に出来ないんだろう」


 ……俺を守る。何の話だ?

 でも、これは間違いなくロロが聞かせてくれた、かつての『世界』を滅ぼした戦争の話……。


「私……死にたくないよぉ……」


 そう言って顔を上げ、俺を見つめてくる彼女の目は、溢れ出る涙で濡れていた……。


 嗚咽を繰り返す彼女が泣き止むまでさらに長い時間が過ぎ、顔を上げた彼女は残った涙を拭いながら話を続ける。


「お父さんがね。この戦争で亡くなった人の魂魄を『魔動人形(マナドール)』に組み込む実験を始めたの。これが成功したら、死んでも違う肉体で魂だけは生き続けるわ。もし……もし私が死んだら、あのお父さんの事だもの。きっと生き返らせちゃうよね。うふふ」


 泣き腫らした真っ赤な目。それでも彼女はそう言って精一杯微笑んで見せる。


「でも……その私はもう魔動人形(マナドール)。普通のお嫁さんにはなれない……だからね、その時は責任取ってキミが私の旦那さんになるんだよ!キミがハンサムな魔動人形(マナドール)になって……を迎えに来てね」


 初めての出撃前の緊張と絶望。彼女の立場ゆえ周囲に愚痴や泣き言も言えず、それらをここに吐き出しに来たのだろう。一通り話し、先ほどよりややスッキリした顔つきになった彼女は明かりを手に持ち背を向けた。


 ……まただ。画像が波打ち始めている。

 これは現実に引き戻されているのか……。


 その時、不意に彼女が振り返り、笑顔で告げた。


「約束だからね『神造炉(デウスカルディア)』!」


 そして景色は、ぐらりと暗転する……。

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