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アイリの初戦

 闘技場内に入ってきたアイリの服装はシズカの新作。裾のカットが少し独特だが、例えれば膝上までの短いチャイナドレスといった感じの上着と七分丈のズボンだ。額に巻いた同色のハチマキが気合いのほどをうかがわせる。

 胸と背中には円形にデフォルメした『黒華』の文字。日本語の漢字で描かれているので読める者はいないが、これもいいアクセントだ。

 まあ、初めて見た時、亀の甲羅を背負った仙人の弟子達の道着を思い浮かべたのは内緒である。

 しかし……見慣れてきた制服姿もいいものだが、やはり俺の仲間達には黒が似合うな。


 すると、反対側の入場口から大きな歓声が上がり、彼女の対戦者が入ってきた。

 客の盛り上がりを見るに、広く名の知れた者なのだろう。


「ほほう。彼奴はカイゼルじゃな。人前に出るのを嫌うと聞いておったが、よう引っ張り出して来たものじゃ」

「カイゼル……奴を知っているのかロロ?」

「ふむ、奴は流浪の冒険者カイゼル。パーティを組むことをせず、一人で旅をしながら難易度の高いクエストをこなす凄腕じゃ。人前に出たがらないのでB級止まりじゃが、実力は決してS級にも引けは取らぬ、強敵ぞ」

「ほう……」


 身長が高いのでやや細身に見えるのだが、決して痩せている訳ではない。鍛え上げ引き締まった筋肉はしなやかで無駄がなく、かえって凄味を感じさせる。

 予選では武器が木製である以外は本戦同様に最低限の防具の装着が認められている。

 アイリは速さ重視なので防具の類は着けていないが、彼は使い込まれた軽鎧を身に付けていて、木製の片手剣を両手に持った二刀流のスタイルのようだ。


 審判役を務めるカサノヴァ先生に呼ばれ中央で向かい合う二人。簡単に基本ルールの確認が行われた後、いよいよ試合開始となる。


「はじめ!」


 合図の声が響いた……が、両者とも睨み合ったまま動かない。

 アイリが動かない理由は簡単、俺の指示だ。言いつけを守り、様々な技や動きを『見る』ことを目的として出場している彼女ならこの展開は当然。


 問題は相手のカイゼルだな。彼もやはりそれなりの実力者なのだろう。目の前に立つアイリの秘めた力を感じ取って迂闊に動けずにいるというわけか。

 さすが商人達が送り込んだ強敵。特訓前のジャクソンならいい勝負、いや負けていたかも知れない。まあ、せっかく出て来てこの組み合わせになるとは、彼にはいささか同情するが……。


 開始から五分。緊張感から静まり返っていた観客からは、ちらほらと打ち合いを催促する野次や罵声が飛び交いだした。

 そんな中、先に動いたのはアイリである。


「お、おいあいつ……」

「何するつもりだ」

「てめえ、真面目にやれー!」


 ざわつき、次いで騒然となる観客達。

 それもそのはず。彼女は手に持っていた木の槍を地面に突き立てると、そのまま武器も持たずにカイゼルに歩み寄って行くのだ。

 その知名度から観客の認識はカイゼルこそが強者。いかにアイリが抵抗するのかを見たいのであって無抵抗に倒されるつまらない展開など望んではいない。


 だが、対峙するカイゼルは違った。

 彼は幾多の死地をくぐり抜けてきた強者である。しかし常に単独で行動する彼が今日まで生き延びてくるには鋭敏な危機感知能力が不可欠だ。

 時に絶対に引けぬ場面はあれど、基本的には状況や相手の力量をしっかり見極め、闇雲に挑んでいかず引き際を的確に見抜く冷静な判断力が重要なのだ。

 アイリが無造作に踏み出す一歩一歩に、彼の危機感知センサーが発する警告音はどんどんと大きくなっていく。

 彼が即座に立ち去らないのは、これが武闘会という催しであり、ルール上殺されることはないという一点の希望故。そうでなければ、アイリが動き出した瞬間に迷わず逃走を選択しただろう。


「俺は未だ旅の途中、世界はまだまだ広いということか……」


 そう呟き、覚悟を決めた彼は剣を構え 低く低く身構える。その様はまるで引き絞られた弓の如し。今にも彼自身が強力な矢となりて、対戦者を刺し貫く……。


「ふぐっ……」


 彼がその一撃に全てを賭け、一歩を踏み出そうとした時だ……。

 まるで転移したかのような速さで目の前に立ったアイリの人差し指が彼の額に当てられ、それだけで彼は低い姿勢から上体を起こすことも出来なくなっていた。これは俺が前世の記憶の中にあった小学生の頃の遊びを彼女に見せたのを実戦に活かしたのだろうが、例えば椅子に座ったような体勢で指で額を押されると、本当に立ち上がれなくなるから不思議である。

 ……まあ、今回の場合は単に彼女の力で押さえ込んでいるように見えるが。


「くっ、ならば!」


 背後に回した双剣。彼の狙いはもとより彼女の足首にあった。距離を詰めることなく目標が目の前に現れたのだと、即座に頭を切り替えた彼の双剣が足を刈るべく瞬時に迫る……だが。

 次の瞬間に観客達が見たのは、彼の手を離れてくるくると回りながら左右に飛んでいく木剣と、地面から一メートルあまりも宙に浮かんで仰け反るカイゼルの身体。そして先ほどと同じ位置にふわりと着地したアイリ。

 双剣の動き出しを見た彼女は、一瞬深くしゃがみこんでそこから後方宙返り。その際にカイゼルの顎をピンポイントで、いわゆるサマーソルトキックというやつで蹴り飛ばしたのだ。


「そ、そこまで!おい、救護員を呼べ、早く!」


 観客同様に一瞬惚けてしまった審判役のカサノヴァ先生が試合の終わりを告げ、即座に待機している救護の係が呼ばれ倒れたまま意識の戻らないカイゼルを運び出していく。

 それを見送ると、やっと状況を飲み込んだ観客達からアイリを讃える大きな拍手と歓声が降り注ぎ、それは彼女が退場してもしばらく続いていた。


「ロロ、じゃあ俺達は街に行ってくるから」

「なんじゃ、他の予選には興味無しか。じゃが……彼女の戦いぶりを見れば、それも当然か」


 俺に抱きかかえられて膝上から降ろされたロロがつまらなさそうに頬を膨らませる。だが、今日の午後はマリエとの先約があるとの話を聞かせているので、おとなしく諦めてくれたようだ。

 ロロと別れた俺達は、学園を出て再び街へと歩いて行った。






「なんだお前ら、見に来ていたのか?」

「まあな、あの人が攻めるところをしっかり見ておこうと思ってな」

「残念ながら、一瞬でしたがね……」


 アイリの試合まででちょうど審判役の交代時間となり、通路から出てきたカサノヴァを出迎えたのはジャクソンとアシュリー両名だった。

 俺との修行……(とはいえ途中からやたらダレウスが顔を出すようになり、後半はダレウスとラウルに任せきりになった……)その中でかなり自信を取り戻した感じの二人ではあるが、授業ではほぼ反撃してこない彼女達との対戦イメージが一向に固まらない。

 そこで試合ももちろん観戦したが、さらに最も至近で観察出来たカサノヴァから少しでも情報を得ようと待っていたのだ。


「カサノヴァ先生、何でもいい!感じたことがあれば教えてくれよ」

「馬鹿野郎が、公正な立場の私がほいほいと話せるもんかい!」


 そう一喝すると、彼女は彼らに背を向け歩き出した。


「……言えるもんかい。あの娘が攻めに転じた時、この私でさえ背筋が冷たくなったなんてさ。しかもそれでもまだ彼女の本気には程遠いなんてこと……」


 足早に控え室に戻っていく彼女のそんな呟きが聞こえた者は誰もいない……。

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