妹茶館
「こ、これは……」
午後から、シズカの『妹茶館』を手伝うことになっているヴェロニカを連れて店の前に来ると、その異様な状況に俺は言葉を詰まらせた。
ひと月足らずで作ったとは思えないほど立派な造りのオープンテラス付きの二階建ての店舗は、俺の前世の記憶からシズカが◯◯ーバックスをベースに様々な店の要素を加えて作り出した見事なものだ。
石造りの部分はヴァネッサ配下の者による土魔法によって造られ、それが大幅な工期の短縮を実現させていた。
ここデジマールは、さすが商人の国だけあって各地の様々な茶葉などが容易に手に入る。(もちろんシルヴィア王女の助力あってのものだが)
さらに俺の転移と魔眼による保存を活用することによって、この世界では実現が難しい新鮮な素材の運搬保存が可能なので、『ミッセ村』の新鮮な乳製品や頼み込んで分けてもらった『甘麦屋』の特製の餡などを腐らせることなく様々な創作菓子として提供出来るのも大きな魅力だ。
当然、多くの人の話題になり店は繁盛すると思っていたのだが……。
「シズカ、シズカはいないのか?」
俺は入り口近くで受付をしていた少女に声をかけ、接客中であるシズカを呼んで来てもらうことにした。
余談だが、彼女はフローラ。寮の三軒隣にあるパン屋の十歳になる娘で、元気で愛想がいいのでシズカが期間中だけでもとスカウトしてきたらしい。交換条件として彼女の店のパンをこの店で提供させているあたりは、さすが商人の国の国民。抜け目がない。
「どうなさったんですのお兄様?」
「どうもこうもない。店の前を見てみろ!」
奥から出てきたシズカを連れて店の前に出る。するとそこにはオープンテラスの景観を隠す何台もの待機した馬車がいて、すっかり入り口や通りを塞いでしまっていた。さらには中にいる貴族についてきたと思われるメイドや執事ら使用人がこちらは整然と並んで立っており、逆に異様な光景を作り出しているのだ。
「あらあらこれは……」
「オープンテラスの景観も損ねるし、何より近所迷惑だ。早々になんとかしないと苦情が来るぞ」
『失礼。この件は私にお任せを』
シズカと対応を検討していると意外な人物が名乗り出た。着替えるためヴェロニカを店内の控え室に送り届けてきたゲルンストだ。
「待て待て。見た目はともかく、お前はそんなキャラじゃなかったはずだが……」
『はっはっは。これは手厳しい。まあ、彼女がお世話になっておりますので、たまには恩返しをしなければ……とね』
「わかった、そういうことなら任せてみよう。手伝いが必要なら遠慮なく言ってくれ」
『はい。それでは早速……』
横でシズカが口をポカンと開けたまま固まっている。確かに、普段の下ネタ変態キャラから考えれば彼に任せるのは不安以外の何ものでもない。
だが、そんな俺達の不安をよそに彼はものの十五分ほどで問題を解決してみせた。
近隣と交渉し、数カ所の空き地を確保し馬車を移動。すぐに出発する雰囲気のない馬には水や飼い葉も近隣から分けてもらって入手し与えているあたり、本当に気が利いている。
使用人達は近隣の店や露店を利用してもらい、主人からの呼び出しがあればゲルンストがすぐに呼びに行くことになった。これで、近隣の売り上げにも多少貢献できるというわけだな。いやはや見事としか言いようがない。
「……わ、悪い夢でも見ているようですわ」
「それはさすがに失礼だぞ。だが、これで接客に集中出来るだろう。がんばっておいで」
「はい、お兄様!」
変態執事の見事な仕事ぶりに驚愕しきりだったシズカを店内に戻す。見ればちょうど着替えを済ませたヴェロニカがホールに姿を見せていた。
長すぎる後ろ髪を四つ編みでまとめたフィッシュテールには濃紺の大きなリボンが付いていて、サイドの髪もそれぞれ三つ編みにして後頭部の辺りに巻いてピン留めしているのでとてもすっきりとした印象を受ける。
先ほど着ていたのは制服だったのだろう。濃紺のワンピースにレースのあしらわれた真っ白な前掛けを付け、頭につけたカチューシャは対照的に濃紺の生地とレースで出来ていた。
彼女の白い髪色を活かし、濃紺と白のコントラストが絶妙なシズカのセンスらしい見事な仕上がりだ。
店内を見回せば、アリスは水色のドレスに白い前掛け。頭にはリボンカチューシャという典型的な、例の物語のスタイル。ツバキはこれまた黒髪を活かした和装アレンジの衣装で接客中……というより、ひたすら膝上で抱きしめられている。
午後から俺と出かける予定のマリエは、着替えに行ったのか姿が見えないが、他にもシズカがスカウトした少女達が数人、彼女お手製の衣装に身を包んで接客に精を出していた。
「シンリ様、そろそろ試合ですので行ってまいります!」
そんな店内を眺めていると店の奥からアイリが姿を見せた。
裏方を手伝っていた彼女だが、参加する武闘会の予選がもうすぐなので休憩をもらってきたらしい。
ジャクソンとアシュリーを俺が鍛えることになり、それに発奮したアイリとツバキはガブリエラやナーサと共に『ニャッシュビル』にある施設を借りて特訓していたようだ。彼女達に少しでも近づけるようにと彼らを鍛えたのに、二人ともさらに強さが洗練されているようなので、これでは勝負にならないかも知れない。
実際、彼らもラウルとまともに戦えるようにはなったものの、最後まで二人がかりでも勝つには至らなかったからな……。
「お待たせしました、シンリさん」
アイリを見送ってしばらくすると、午後から俺と出かける予定のマリエが姿を見せた。
身を包む白いワンピースとつばの大きな帽子が、彼女の清純な印象をさらに引き立てている。
もちろんこれもシズカのお手製、うんうんグッジョブだ。本当によくわかっているな……まあ、ベースは俺の知識だから当然だが。
俺達は手をつなぎ、まずはアイリの試合を観戦するため学園へと向かった。
学園の門の前には来賓や一般観戦者のための受付があり、学生会に所属する生徒とロロ直轄の『結界衆』の姿があった。
俺達学園の生徒はすでに認証済みなので自由に入れるのだが、それ以外の者はここで身分の照会と持ち物の検査などを行い、当日限定の入場許可証を貰って入場する。この許可証にも当然遺跡からの技術が応用されていて、学内では必要部分の通路以外は通れず、また一度でも学外に出れば消えてしまうらしい。いやはや大したものだ。
「おおシンリよ!ここじゃここじゃ」
会場に入ってしばらく歩くと貴賓席からそう言って手を振るロロの姿が見えた。
すっかり茶飲み友達のようになった彼女から、試合観戦時には自由に学園分の貴賓席を使ってよいとの許可をもらっているのだ。まあ、実際超満員の観客席にここ以外の空きはないけどね。
「ありがとうロロ。どうだい予選の具合は?」
「ふむ……例年通りと言いたいところじゃが、今回はなかなか楽しめるかも知れんのう」
「ほう……」
「商人達がの、無敗の獅子を止めようと何やら賭けをして遊んでおるようでのう。面白い者達を呼び寄せておるのよ」
そう言ってニヤリと笑うロロ。こういった表情からはいつも彼女の只ならぬ雰囲気を感じる。
まあ、今日も迷わず俺の膝の上に座っている時点で台無しだがな……。
彼女の頭越しに会場を見下ろすと、ちょうどアイリが場内に姿を見せたところであった。




