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彼女の夢

「マジックバッグの件はこの私が何とかしよう……」

「本当ですか。それは助かります」

「ただしだ……」


 言いかけてエレナは、突然執務机の上に乗り、その上に土下座をして俺に向かい深く頭を下げた。


「シンリ殿お願いだ!一目、一目この私に貴方の精霊を見せてはもらえないだろうか!」

「はあ?」


 確かに昨日聞いた話だと、かつて数人の精霊契約者に会ったが、全て契約者以外には姿が見えない程度の下級の精霊使いだったようだ。その為、彼女自身はここまで精霊を追い求めているのに、一度も本物を見た事がないらしいが。

 しかし、どうして俺ならそれを見せてあげられると思うんだろう。冒険者としても駆け出しの新人なのに……。


{それは、あの眼鏡のせいね}

(ミスティ、あれは精霊が見える眼鏡なのか?)


{いいえ。眼鏡自体は妖精眼鏡と言って、大昔のある魔導士が作った物ね。あれは漂う妖精達がその属性に応じた色の光る玉のように見えるだけの能力しかないわ}

(じゃあなぜ彼女はミスティの存在を?)


{髪の毛で隠れているけど僅かに耳が尖っている。彼女ハーフエルフなのね}

(エルフなら精霊が見えるのか?)


{いいえ、妖精や下位の精霊ならともかく、それ以上は特に才に恵まれた者。もしくはハイエルフ辺りじゃないと無理よ}

(では、彼女にはその才が?)


{正確には彼女の先祖かしら。きっととても強力なハイエルフがいたんだわ。その才を彼女は隔世的に引き継いでいた……}

(だったらなぜ今まで彼女には精霊が見えなかったんだ。下位なら見えるんだろう?)

 {そこは半分流れる人間の血が邪魔をしているのよ。それに今の彼女に私の姿がはっきり見えているわけではないのよ…………}


 確かに、姿を消している時のミスティは俺ですらその姿は見えない。その間ミスティの身体はアストラル界とかいう別次元にあるからだというが……。

 なんでも、俺を守っているミスティの加護がエレナにはとても美しい青色系統の光が俺の全身を包み込んでいるように見えているのだそうだ。妖精眼鏡に触発されてエレナの中に眠る才が目覚め、ぼんやりではあるがミスティほどの高位の精霊の光まで見えてしまっているらしい。おそらく妖精程度ならもう眼鏡なしでも光を捉えることができるだろう。


「シンリ殿を包む輝きはこれまで見たどんな光とも比べ物にならない強力なもの。初めてそれを見た時に私は確信した!私の……人生をかけてきたこの夢を叶えてくれるのはシンリ殿を置いて他にいないと!バッグの件などとは言わない。もしそれが叶うなら喜んで君の性奴隷にでもなんでもなろうじゃないか!頼むっ!こんな機会はもう来ない、どうか!どうか……」


 彼女はそう言って必死で頭を机に何度も擦り付けた。

 ……というよりシズカ達の目が痛いから勝手に性奴隷とか口走らないでくれ。


(ミスティ、どうする?)

{何よ!シンリがこの性奴隷が欲しいんなら命令すればいいじゃない}


(それは違うだろ。俺はミスティに……家族に無理やり命令したりしないよ)

{もうっ、冗談よ。そんな風に言われたらこっちが恥ずかしいじゃない。でも確かにこのままじゃ話が進みそうもないわね}


 ソファに座る俺の背後、その頭上に上下逆さまの丸い水面が現れる。

 水面がゆらりと波打つとその中心から大きな雫がとぷりと落ち、それはそのまま水面のワンピースを着た少女の姿になって恥ずかしそうに俺の背に寄り添った。


「お、おお……おおう……うおおおおぉぉぉぅ!」


 顕現したミスティの姿を見たエレナは机の上で上体を起こした姿勢のまま、嗚咽とも叫びとも思える声を上げながら盛大に泣き始めてしまった。流れる涙は頬を流れて顎から落ち、白いブラウスの胸元を濡らしていく。


 人間との間に自分を身籠った母は、エルフの里の外れで肩身の狭い思いをしながらも彼女を懸命に育ててくれた。

 ハーフエルフである彼女と遊んでくれるものなどおらず、いつも一人だった幼いエレナは里の選ばれし者のみその姿が見えるという、精霊という特別な存在に心魅かれていく事になる。だが里にある精霊の住処とされる場所は神聖であるために、汚れた存在とされる自分では近づくことさえ叶わない。

 自ずと彼女の目は外の世界に存在するであろう精霊達に向けられ、遂にエレナは里を旅立った。


 幾多の冒険を経て様々な人に会い、精霊が住むとされる遺跡や神殿を幾つも巡ったが、結局その時は訪れる事なく、虚しい時間だけが過ぎていった……。


 そんな彼女の願った瞬間が今、遂に訪れ。憧れ、ひたすらに求め続けた姿が目の前にある。

 旅立つ時に母は、いくら求めても人間の血が入った私では見る事など叶わないのだと言って頭を下げた。人を愛し私を産んだ事に何の後悔もないと言っていた母の、あの悲しそうな顔は目に焼き付いて離れない。彼女の為にも絶対にこの目で精霊を見るんだと心にそう決めていた。


 あらゆる想いの全てが、エレナの目から涙とともに溢れ出し、言葉にならない嗚咽が続く。


『エレナと言ったわね。私はミスティ』

「あ、あうぅ。ま、まさかこれは精霊様の声なのか……」


 ミスティが話しかけると、彼女は顔を上げ信じられないといった表情を見せる。姿を見る事が叶っただけでもエレナにとっては奇跡だったのだ。それが会話まで出来るなどとは想像もしていなかったのだろう。


『我々は、契約者以外の者に見られるのを極端に嫌うわ』

「……っ!」


『貴女は、まだまだ未熟だけど能力に目覚めてしまった。調子に乗って今回のように興味本位で見ようとすれば……いつかきっと死ぬ事になるわよ』

「……そ、そんな」


 ミスティとて感涙に咽ぶエレナを虐めたくて言っているわけではない。これまで様々な精霊の住処を、探索の名の下に荒らして回って無事に済んでいたのは、彼女が全くそれらを見る事が出来なかったからだ。

 しかし今の彼女は妖精眼鏡と能力の組み合わせで、ぼんやりとだがミスティほどの高位の存在まで感じ取ってしまう。

 流石にこれでは各地の精霊も見過ごしてはくれまい。今後命に関わる事態に遭わないとも限らないのだ。


 真剣な眼差しをしたミスティの助言。その意味を理解したエレナはかけていた眼鏡を外し……。


「ミスティ様のその御姿を見られた事で、私の望みは全て叶いました……」


 そう言って眼鏡を宙に放ると、早口で呪文を詠唱して炎系統の魔法を使い焼き尽くしてしまった。


「今の私には、過ぎた力はもう必要ありませんから」


 一つの目的が果たされた事でとても満たされた気持ちなのだろう。彼女は今、とても晴れやかで美しい。


「しかし水の上級精霊様とは……ミスティ様はいわゆるウンディーネなのですね!」

『失礼しちゃう!あんな低級と一緒にしないで!』


 昨日エレナに聞かされた知識だと確かに水の上級精霊の代表格はウンディーネらしい。しかし、ミスティの格は、なんというか精霊という枠にすら収まらないほどの存在に思える。

 普段見下しているミスティから見れば下級の精霊と間違われた事で、すっかり機嫌を損ねた彼女はふわっと霧のように霧散して姿を消してしまった。


「ああ、ミスティ様ぁ!あうぅ」


 ミスティが消えた辺りを手を伸ばした姿勢のままで見続けるエレナ。っていうかそろそろ机から降りろ。


「お待たせしました」


 そこへ先ほどの秘書の女性ミリアが書類や幾つかの袋が置かれたカートを押しながら入ってきた。

 そそくさと机から降りるエレナの顔にいつもの眼鏡は無く、机の片隅には焼けた眼鏡の残骸と思しき物が落ちている。


「あらエレナ、思い切った事をしたのね。でもあれずいぶん高かったって言ってなかったかしら?」

「……あ。あああああっ!金貨二百枚がああぁぁぁぁっ!」


 突然取り乱して、眼鏡の残骸を手にふるふると震えるエレナ。

 ミスティも昔の魔導士が作った物みたいなことを言っていたが、約二百万円か……。そんなものに大した需要もないだろうにずいぶんふっかけられたんだな。


 晴れやかな顔つきから一転、半泣き状態になったエレナの焦る様が楽しくて、それを見た彼女以外全員が腹を抱えて笑っていた。

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