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戦士科

「おはよう!」


 ここは他科と違い、圧倒的に男性の比率が高い戦士科。その教室の教壇に立つのは、意外にも女性の教師である。


「おはようございます」

「聞こえんっ!貴様ら付くもの付いてんのか、ああん?」


 生徒達が返した挨拶を聞き、手にした書物を教壇に叩きつけながら、やや下品な叱責をする彼女。

 その様を見た生徒達は一気に青ざめ、声を張り上げて必死に挨拶をし直した。

 これだけでも、彼女が生徒達にとって如何なる存在であるかがよく解ろうというものだ。

 彼女はこの戦士科一組の担任『カサノヴァ』。

 元S級冒険者であり、ここに来る前は女性でありながら某国の将軍職を務めていたという異色の経歴の持ち主。そのせいか、男勝りでやや品位に欠ける、先ほどのような言動が多く出るようだ。

 見た目は三十代半ばであるが、実年齢は倍近いとか……。だが、それを聞こうとする猛者は生徒の中にはいない。


「どいつもこいつも、朝から締まらない顔しやがって……。どれ、目覚ましてやっからコレでも見な!おい、入れ!」


 カサノヴァに呼ばれて、扉を開けて入って来たのはアイリとツバキだ。二人を見て、男子生徒達がざわつき始める。


「静かに!おい、挨拶だ」

「はい。アイリです。よろしくお願いします!」

「ツバキ……よろしく」


 元気よく挨拶をするアイリと、いつも通り呟くような声のツバキ。


「もっと腹から声を出さないか!……っ!」


 そんなツバキをカサノヴァが見逃すはずはない。手に持った書物を丸めて棒状にしたもので、すかさずツバキの後頭部を叩いたのだが……。


「何のつもり?」


 カサノヴァの一撃は虚しく宙空を滑り、勢いあまって前のめりになった彼女の身体は、迫る危険を感じ取ってピタリと急停止する。

 そんな彼女の首筋にはツバキが両手に渡す形でピンと張った糸状の物が押し当てられていた。


「ふん、ただの愛情表現さ。それより、机に土足であがるんじゃないよ」

「靴……脱いでる」

「なかなかやるじゃないか。気に入ったよ」


 状況を説明しておこう。背後から一撃を加えられそうになったツバキは反射的に身を躱してカサノヴァの背後をとった。しかし、学園内に武器は持ち込んでいない為、彼女は自らの髪を抜き両手で張ってカサノヴァの首に押し当てたのだ。

 だが、カサノヴァも流石の反応を見せ、それに首の皮が触れる寸前で身体を止めて事無きを得ている。彼女の背後にあるのは教壇。小柄なツバキが背の高い彼女の首筋をとるには教壇に上がらねばならず、一応気を使ったツバキはあの刹那の交錯の中でもきちんと靴を脱いでいた……というわけだ。


「ツバキちゃん、めっ!」

「ぎゃん!」


 カサノヴァがツバキの技量を認めたのも束の間、今度はそのツバキの背後を素早くアイリが奪い、そして脳天にゲンコツを一発お見舞いした。モロにくらったツバキは可愛らしい悲鳴を上げるとそのまま頭を押さえてうずくまる。


「シンリ様の言いつけ忘れたの?この人は先生、この教室の長だよ!言うこと聞くようにってあれほどシンリ様が仰ってたのに、手を上げるとは何事ですか!」

「ううう……」


 叩かれた頭を撫でながら涙目でアイリを見上げるツバキ。


「ほら、そっから降りて。そして先生にごめんなさいは?」

「あうう、先生様申し訳ない」

「はい、いい子!」


 教壇から降り、素直にカサノヴァに頭を下げるツバキ。それを見たアイリは満足そうに褒めながら彼女の頭を撫でる。

 この間、全くの放置状態にある生徒達は、様々な理由でその状況から目を離せずにいた。

 ツバキやアイリの動きが視覚的に捉えられず、驚愕で動けない者。カサノヴァに手を上げるという暴挙に出たツバキの末路を思って注視する者。そして、アイリの美しさとツバキの可愛らしい仕草に心を奪われてしまった者……などだ。


「ああー……。もういいか?ならさっさと席につけ!お前らの席はこの列の一番後ろだ」


 そんな二人の姿と教室じゅうの雰囲気にやや毒気を抜かれたカサノヴァは、呆れ顔でそう言うと二人を席に着かせ、授業を開始した。






「……で、そう言ってツバキを諭したはずのアイリもほとんどの授業中寝ていたので全く内容は聞いてないと……?」

「はい。申し訳ありません」

「無念……」


 初日の授業が終わって寮に帰った二人は、夕食を済ませるとすぐにシンリの部屋へと向かった。授業を受けてみてどうだったのかと感想を求められた二人は、挨拶の際の経緯も含め、今日一日の事を隠さず素直に全部報告したのだ。


「しかしお兄様。初めてでは仕方ないのではなくて?本日は座学ばかりだったと聞きますし」

「まあ、そうだな。それに二人とも、責めてる訳じゃないからそんなに萎縮しないでいい。前にも言ったように、先生の言う事をよく聞いて、争いを起こさず、俺の許可なく本気を出さないでいてくれたら、基本的には自由にこの経験を楽しんでくれて構わないんだからね」


 そう言いながら、やや落ち込んだ表情の二人の頭を優しく撫でるシンリ。後で聞けば、彼自身も別の問題で授業に身が入ってなかったらしい。

 とにかく、全員が各々のペースでこの学園という新たな環境を楽しんでみようとの結論を出し、その夜は解散して各自眠りについた。






「おはようございますアイリさん!」

「ツバキちゃん、おはよう!」

「おはよう!やっぱ可愛い!」

「つつ、ツバヒッ……噛んだぁぁ!」


 翌朝、教室に入った二人をそんな男子生徒達の声が包み込んだ。二人の魅力的な容姿に加え、あのカサノヴァ先生の一撃を躱して見せた実力の片鱗に多くの者が魅了され、会話のきっかけとなる挨拶を一番にしようと誰もが狙って待っていたのだ。

 しかし、大半の生徒が同時に声を上げたため、彼女らの返事をもらうどころか誰が何を言ったのかさえわからぬ始末。男子生徒達は、互いにキョロキョロと顔を見合わせ、全員が気まずそうな表情を浮かべ下を向いた。


 余談だが、戦士科は二クラスあり、それぞれに四十名ほどの生徒が戦闘技術などを学んでいる。

 実力者……言い方を変えれば、扱いの難しい猛者達が在籍するのがここ一組で、女性はアイリ達を加えても五名しかいない。

 隣のヴィクトール先生が指導する二組は、実力は一段劣るものの強くなろうと真面目に授業に取り組む者が在籍するクラス。十二名ほどの女生徒がおり雰囲気もよく、それが一組の不況を買っている部分でもある。


 とはいえ、この学園に通うこと自体が一流の戦士候補たるステータス。デジマールまでの移動や、滞在にかかる費用を考えれば解るように、強くなりたい、または強そうだと周囲から一目置かれている。それだけで学園に来れるほど甘くはない。

 国の有力者の子息子女または、彼らが大金を投じてでも鍛えたいと思うだけの破格の強さを持ち合わせている者でなければ、この教室に自らの席は持てないのだ。

 つまり、二組在籍者であろうとも国に帰れば未来の英雄や将軍候補と目される者達であり、この二クラスには、世界の軍事的な未来の勢力図が投影されていると言っても過言ではない。


『無敗の獅子』と『竜爪』という他を圧倒する強者を送り込み、内乱はあったものの、やはり侮り難しとの印象を他国に与えているサーガ帝国。

 シンリの仲間の戦士科入りは、その後塵を拝しているホーリーヒル王国の起死回生の一手でもあるのだが、そんなシルヴィア王女の思惑など彼女達は知る由もない。

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