フェスタに向けて
「……なるほど。話はわかった。まあ、この学園内で好きにはさせんから安心せい」
翌日の朝、俺は学園長のロロを訪ね昨夜の事件を説明し、学内でのクロード達との経緯も全て彼女に話した。
先日の話が事実とするならば『管理者』である彼女は、この学園のシステム全てに携わる者。学内でのマリエの身の安全を確保するためには彼女に全て知っておいてもらった方がいいと判断したからだ。
「それはそうと……。ロロ、今日はそこに座る必要性を感じないんだが」
「何を言うとる、嬉しいくせに!ほれほれ、小さな尻も気持ちよかろう?うりうり」
今朝も俺に椅子を出して座らせると、当然のように俺の膝上に座ってきたロロ。見た目は幼女なのに中身が年上なので、露骨な接触が艶かしくて反応に困る……。
「…………というわけじゃ。神聖国に関わる者に見張りをつけるなどして用心をせよ、ステイン」
俺が授業を受けるため教室に戻ると、ロロの下にはステインが呼び出され事の次第と警戒に関する指示がなされていた。
「お言葉ですが、当代のネザーランデ様はあのシンリとかいう者に随分ご執心なご様子。奴がS級冒険者であることは当然存じておりますが、いささか気にし過ぎでは?たかがS級、ここのシステムと我らの力があれば恐れる事もありますまい」
ステインはやや挑発的な目でロロを見ながら、そう返した……だが。
「くっくっく。彼奴の存在が大き過ぎて、ヌシにはその姿が見えておらぬようだの。忠告しておくが、あの者を侮ればこの国など一夜で滅ぼうというものじゃ。龍の逆鱗には迂闊に触れぬ事、それを夢夢忘れるでない」
「あの若造が龍と……。ほほう、では我らは何でありましょうや?」
ロロの忠告に触発されたステインは、小馬鹿にするような表情で再び問いかける。
「そうさな……。我らなど、龍の足下を這う毛虫以下じゃの」
その答えを聞くや否や、ステインは無言で学園長室から出て行った。
「やれやれ、井の中の蛙とはよう言ったものじゃ。任務は忠実に遂行するじゃろうが、何やら動くやもしれんの……」
そう呟いて、ロロはじっと窓の外の学園を眺めていた。
「大将、いや師匠と呼ばせてください!」
その日の放課後、門から出てくる俺を待ち構えていたのは、定番の後輩の美少女……ではなくジャクソンであった。
話を聞けば、昨日ダレウスにボコボコにされて風呂に入った際、今のアイリやツバキならダレウスとでもいい勝負をするだろうと聞かされたらしい。
そこで彼女達に勝つために、ダレウスが『ああ、奴には俺でも勝てん』と言っていたこの俺に稽古をつけて欲しいというのだ。
「待て待て、お前は俺と勝負したいが為に彼女達に勝たねばならんのだろう?」
「ああそうだ!俺はあの二人を倒して大将と戦ってみてえ、だから頼む!俺に稽古をつけてくれよ師匠!」
「どうしてそうなる!話がおかしいだろう」
ダレウス以上の存在と稽古したい気持ちはわかるが、最終目標のはずの俺との手合わせを先に持ってきたら意味がないだろう。……たく、何を考えているんだ。
「しかし、ここまでのハンデがあるとわかってしまった以上、この願いを無下にするのは、シンリ様といえどいささか卑怯なのでは?」
「アシュリーまで……」
いやいや。なんか正論みたいに言ってるけど、やっぱりおかしいからね君たち。
しかも、いつの間にか隣にいるアイリやツバキまで、どうにかしてあげて的な目で俺を見てるし。なんだこのアウェー感……。
「はいはい。わかったよ……まったく。だが、いいのか?生半可な鍛え方はしないし、それでもアイリ達といい勝負が出来る保証はないぞ」
もちろん、勝てる保証はまったくないけどね……。
「もちろんだぜ師匠!」
「そういう事なら私も是非参加させてくださいシンリ樣!」
やっぱりアシュリーも一緒か、ちゃっかりしているなあ。
だが、受けた以上は仕方ない。明日マリエを迎えに行った時にギルドの闘技場の空いてる日を聞いて来よう。あの施設ならある程度の怪我は気にせずに訓練出来るからな。
もちろん俺が相手をするわけにはいかない。何せ俺はあの施設の中でさえ、人に怪我をさせてしまったからだ。
だが相手はもう決めてあるので、彼らがこの約一ヶ月あまりでどこまで伸びるのかは正直楽しみでもある。
フェスタといえば、シズカは期間限定で出店を出そうと計画中だ。
なんでも、縦ロールの御姉様軍団による多大な資金援助を受け、メイド喫茶ならぬ『妹茶館』なるものを出すのだそうだ。すでに借地の交渉はほぼ済んでおり、近々着工する予定。そして主役たる『妹』の選抜と交渉も着々と進行中である。ちなみに、俺といつも一緒のマリエ、ヴェロニカ、アリス、ツバキらは本人達が何をするのか理解しないうちに書類にサインをさせられてしまったようだが……。
まあ、『妹茶館』に入り浸るヴァネッサの姿が目に浮かぶよ。
「おいおいおい、大将……これマジ?」
それから二日経った放課後、冒険者ギルド王都本部にある模擬闘技場に俺とジャクソン達の姿があった。
「何だ、ラウルが相手じゃ不満か?木剣しか持たせてないが、普通にやればそれでも骨折くらいじゃ済まない相手だ。不足は無いと思うんだがな」
「いや、不足っていうかよお……。大丈夫なんだろうな」
「ジャクソンと気が合うのは不本意ですが……。はっきり言って同意見です」
特訓してくれとあれほど熱心だった彼らが、完全に気遅れしているのも無理は無い。
俺がここに召喚したラウルは、ミノタウラウノスの最上位種で五メートルを超す巨体を持ち、六本の腕で武器まで使いこなす魔物なのだ。出逢った当初は荒削りだったその技術も、時折アイリやツバキらと手合わせするうちに洗練されてきており、今なら冥府の森でも十分に暮らしていけそうな強さに仕上がっている。
技術に加え、自身のレベルも大きく不足している彼らには、対戦によって人間とやるよりレベルが上がり易い、魔物との手合わせを徹底的に行ってもらおうとの考えでラウルに来てもらったのだ。
「てっきり、噂に聞いたスケルトンと手合わせするのかと思ったが……」
「しょうがないだろう。時間がないんだ、普通の相手では急激な成長は出来ないからな」
まあ今のラウルなら、A級冒険者のパーティでも逃げることを選ぶかもしれない。
だが、ここは逆に強者に出会えた事で彼らに奮起して欲しい場面なんだがな……。
「ちなみに、アイリやツバキなら単独でも勝ってみせるぞ。それでもまだ泣き言を言うのか?」
「なっ!……うおおおおおお!負けてたまるかぁぁぁ!」
単純なやつだ……。俺の挑発にまんまと乗ったジャクソンは全力でラウルに突っ込み、そして突っ込んだ時の倍の速さで反対の壁まで吹き飛んだ。
「考え無しに突っ込む奴があるか!もっと一戦一戦を大事にしろよ、時間がないんだぞ」
まるでギャグ漫画のような有様に、思わず大きな声が出た。この模擬闘技場内でなら死ぬことは無いし、怪我も消える。だからと言って、時間まで無限にあるわけでは無いのだ。あんな無駄な戦闘では経験値さえほとんど得られないだろう。
……とは言ったものの。
いくら肉体が回復するとはいえ、その精神に刻まれていくダメージはかなりのものだ。初戦以降、あれこれ戦法を考えながら戦いだした二人だったが、容赦なくラウルに弾かれ続けて、壁に二十回目の激突をした辺りで二人とも意識を完全に失った。
その後彼らを寮に送り届けて、一人で寮までの夜道を歩く。
ふと見上げれば、右手にそびえるのは学園の校舎。
「マリエの件もまだ気を抜けないし、例の『眠り姫』も気がかりだ。……だが、今はこののんびりした時間を楽しむとしようか」
不安要素が無いわけではないが、今の心境はどこか懐かしい……。
そう、まるで遠足の前のような。文化祭の準備期間のような。遊園地に向かうバスの中のような。
俺はそんな風に何かに期待感を抱く今の心境を考え、ロロが言ってくれたように自身が学園生活を楽しめているのだと、強く実感せずにはいられなかった。
そして、フェスタに向かって高まっていくこの高揚感。それは仲間や生徒達も同じ、いやこの国じゅう全てがそうなのだ。
全てがそのフェスタを目指して進み、一斉に弾ける瞬間を待っている。
『フェスタまであと二十五日!』
商店に貼られた、そんな張り紙を見ながら俺は寮へと帰って行った。
いつもお読みくださってありがとうございますm(_ _)m
何かが『当然』起こりそうなフェスタを前に、次話からしばらくはやや時系列を遡りまして、シンリ以外の仲間のクラスでの様子を中心としたお話をさせていただきます。
後の事件に絡む内容もありますので、展開を急ぎたい読者の方には申し訳ないのですが、しばらくお付き合い願います。




