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神の御手

 激しい地鳴りは強くなり、中には馬に振り落される者まで出始めた。

 そんな中、夜の闇をさらに深く濃くさせる異形の影が大きく伸びて、彼ら一団を包み込む……。


「……な、なんだ……あれは」

「魔物……いや、違う。……手』


 目の前のそれはあまりに巨大で、その形が何であるのかよくわかりはしなかった。

 だが、彼らの一団を取り囲むようにして地中より地鳴りと共に現れた無数のそれらの、やや離れた場所にあるものを見れば、それが明らかに人の手を形作っていることがはっきりと分かる。

 星明かりと各自が持つ投光魔道具に照らし出されたそれは、地面から生えた巨大な手。地面から中指の先までは約五メートルはあろうかという大きさだ。

 しかも、雑なゴーレムのように角ばった指があるだけの手ではない。まるで、生きた人間の手がそのまま大きくなって地面から生えたかのように、注視すれば手の甲の血管や筋さえ見えるのではないかと思えるほどの精巧な作りなのだ。


「ぎいやああああーっ!」

「なんだこれ、止めろ!止めてくれぇぇ!」

「お助けください……。神よ……聖母様ぁぁ!」


 しかもその手がゆっくりと動き始め、近くの馬を捕まえ始めたことで、彼らは完全に混乱状態に陥ってしまった。

 そんな彼らの元にさらに最悪の……。そう、おそらくこの大陸最悪の二人が襲いかかる。


「シンリめ、何てもん作りやがるんだこのバケモンが!」

「まったくさね。アンタは本当に人間なのかい?」


 いやいや、蹴りで易々と頑丈な甲冑を粉々に砕く婆さんと、斬りかかってきた剣を避けもせず、逆に叩き折っていく金色に光っているおっさんにだけは言われたくない……。

 その圧倒的な戦力差に逃げ出そうとする者もいたが、俺が作った手を横向きに寝かせて全体を囲い、誰一人出られなくしたので、ほどなく彼らも元気な婆さんと光るおっさんの餌食となった。


「シンリィィー、いたぞ。嬢ちゃんは無事だ!」

「あいたたた。腰が……」


 あっという間に敵全員を殲滅した二人。ダレウスが馬車の扉をを開けると、眠らされた状態のマリエがそこにいた。

 俺もすぐにそこへと向かい、彼女を優しく抱きかかえる。


「マリエはこのまま眠らせておこう。ところで、こいつらはどうする?王都に連れて行くかい?」

「いいや、国同士の問題にはしたくねえし、何より書類が面倒だ。ここに捨てていくのが一番だぜ」

「相変わらず大雑把なやつだねえ。だがまあ、私もその意見に賛成さね。誰も殺しちゃあいないから、目が覚めれば自分たちで応急処置でもして勝手に逃げていくだろうさ」


 俺としては、マリエやエバンス達をこんな目に合わせた彼らを許せない気持ちもあるのだが、そもそもの原因を作ったのは俺自身の行動と油断。意を唱える権利などはじめからないのだ……。

 俺が魔法を解除すると、巨大な手はみるみる元の地面に戻っていった。ヴァネッサが作った岩の巨人(ゴーレム)のように土塊の山にならなかったのは、地中に戻すまでしっかり制御出来ていたからだろう。

 それにしても、俺は普通の人間サイズの手をイメージしたんだがな……。


 ちなみに、今回の件が逃げ帰った彼らによって『神の御手(ゴッドハンド)』の出現としてやや大袈裟に広まり、聖少女マリエの神秘性をさらに高めていくことになろうとは、この時点での俺では知る由も無い。






「マリエ。それにエバンスさんやみんな、本当に申し訳ない!」


 村に戻るとマリエも目を覚まし、彼女の両親や村人の治療も済んでいたので、俺は集まった全員にそう言って深く頭を下げた。全ては俺の行動が招いた事。ダレウス達はそこまでする必要はないと止めたのだが、こうでもしなければどうしても俺の気が収まらなかったのだ。


「シンリさんは、また私を助けてくれたじゃないですか。頭を上げてください」

「マリエ……。しかし」


 怖い思いをしたばかりだというのに、そう言って俺に微笑みかけるマリエ。だがその気丈な振る舞いが胸を締め付け、さらに俺の中の罪悪感を強くする……。


「そうだぜシンリ!こんなべっぴんさんに治療してもらえたんだ。これならもっと怪我したいくらいだぜ!」

「ハンス……」


 そう言ってガブリエラに触れようとしたハンスは、彼女の剣の鞘で腹を突かれて悶絶した……。


「シンリさん。貴方がいなければ、以前襲撃された時にこの村は滅んでいました。今回だってそう、貴方はこの村を何度も救ってくれた。誰も恨んだりはしませんから、そんなことは止めてください」


 そのエバンスの言葉に、その場にいた全員がうんうんと頷いて同意する。

 これ以上続ければ、皆に余計な気を使わせるだけだ。俺は村人やハンスと言葉を交わし、家を失ったエバンス夫妻を伴って屋敷へと転移して戻った。






「そう。そんなことになっていたのね……。だったらその責任はシンリさんじゃなくて、彼女を学園に送った私にこそあるわ」


 さすがに、三人もの参加者が一時間以上もその場から姿を消していたのでシズカ達では誤魔化しきれず、屋敷では全員が状況の説明を求めて待っていた。事情を話すと、真っ先に口を開いたのはマリエが学園に行くきっかけを作ったシルビアである。


「いえ、それなら我々にも責任の一端があります。実は…………」


 続いてアシュリーが、学園でのクロードとの一件を話してくれた。元騎士団の彼らがやけにすんなりマリエを諦めたものだと思っていたが、まさか俺達の知らないところでそんなやり取りがあったとは……。

 しかし、これも俺やマリエのことを考えての行動だ。多少やり方が強引すぎるとは思ったが、責めるほどのことでもないだろう。


「まあ、しかしダレウス達に散々やられたんだ。もう彼らも諦めるだろう」

『さあ、それはわからないよ』

「どういうことだゲルンスト?」

『ああ、あの国の貴族はみんな狂っているからさ。なんだかみんな頭がおかしいんだよ、あの国はね……』

「……やけに詳しいじゃないか」

『そりゃあ、うちの隣国(おとなりさん)だからね』


 そう話すゲルンストと俯いたままのヴェロニカの様子から、何やらこちらも複雑な事情がありそうだが、あまりこちらから首を突っ込むわけにもいかないのでそれ以上は聞かないことにした。

 その後の話でダレウスには、離村地域への護衛冒険者派遣に関する提案を。そしてエレナにはセイナン市からエバンスの家を修理する職人派遣とその護衛冒険者の手配を俺からの正式な依頼としてお願いした。エレナには相応の金貨を渡し、ダレウスには必要な資金はセイラに言って地下室から出してもらうようにと言ったのだが、それは国として検討する事案だとシルビアが主張し、王国からの支援を検討してくれるようである。


 話が全て済んだ頃にはすっかり深夜になっていた。

 俺は各地を回って全員を送り届け、再び学園へと戻る。前回の失敗を踏まえて学園都市内には入らず、学園に向かう橋の付近に転移したので結界との干渉も起こらなかったようだ。

 マリエは明日は学園を休ませることにして屋敷に両親と共に残してきた。ガブリエラとナーサが戻っているし、念の為に配下の魔物も配置してある。誰であろうと彼女達には指一本触れることなど出来ないだろう。


 日付はとうに変わっている。俺達は市内で別れてそれぞれの寮へと帰って行った。

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