エレナ
次の日の朝。朝食を済ませた俺達はギルドへは向かわず、先に別の用を済ませる事にした。昨日は散々支店長の話に付き合わされ、結局何一つ手続きも進まないまま帰宅したのだが、今日もその二の舞になったのでは用件が何も片付かないからだ。
目的はマジックバッグの購入。師匠にも言われたのだが魔眼に収納するのを隠す為にもマジックバッグの購入は必須である。
買い物であれば、やはりプロに聞くの一番だ。俺達はゼフを訪ねる事に決めた。
ゼフの営む商店は市の西通りにあるらしい。シイバ村とは比べものにならない立派な店が立ち並ぶ通りに来ると、その中に一際大きなゼフの店があった。
「おはようございます」
「おお!これはシンリさん。おはようございます。先日はお世話になりました」
ゼフはちょうど店先に立っていて店員と思しき女性と話しているところだった。挨拶を交わし早速用件を伝える。
「マジックバッグですか……あれは最近作る職人がめっきり減りまして。うちに今あるのはポーチ型の小サイズが一つだけなんです」
「小型か……せめて大型か特大じゃないと」
マジックバッグは、その外見はあまり意味を持たない。容量は使う素材と込められた魔法によって変わるのだ。
例えば小型なら馬車一台分といった感じなのだが、俺達が求めているのは家一軒分以上の容量を持つ大型か、それ以上の特大である。それ位でなければ魔眼への収納を誤魔化せないからだ。
しかし困った。これでは大きな採取や捕獲系の依頼は受けられない。
「この町にも職人がいる事はいるのですが……」
エルフの魔法知識とドワーフの熟練の技術が必要とされるマジックバッグ製作。元々仲の悪い種族である彼らが共同で作業にあたる事自体が稀なのだが、そんな希少な職人がこの町にもいるらしい。
まあ、ゼフの様子から察するにかなり気難しい者達のようだが……。
「とりあえず訪ねてみます。教えてもらえますか?」
「はあ……」
気乗りしない様子だったが、ゼフはその工房の場所を教えてくれた。
その場所は市の西の果て。市内を囲う城壁際にまるで城壁の一部が膨らんだようにしてその工房はあった。
ホイップクリームを絞り出したような独特の形で素材は城壁とほぼ同じ石造り。シズカがスライムみたいだと言うのも頷ける。大きさは小さな山小屋程度か。木で出来た樽型の扉が付いている以外は窓一つ付いてはいない。
「これは驚きますわね!」
「うわー広いですね!」
扉を開けて中に入ると、外観と中の広さとのギャップに驚かされシズカ達が感嘆の声をあげた。
見た感じ、外観の三倍以上あると思われる広い室内には外からは見えなかったはずの窓も幾つかあり、そこから外の光が射して室内を明るく照らしている。部屋の中心には受付と思しき小さなカウンターがあってその後ろにドアがあるので、恐らくはまだ奥にも部屋があるのだろう。
「すいませーん」
一向に人が出てくる様子がないので、扉に向けて声をかけてみるが、やはり返事も何もない。
それを数度繰り返していると、やっとドアが開き、中から店の者が姿を現した。
一人は紺色のローブを纏った長身だが恐ろしく線の細い男性。もう一人は随分と背が低いが頭や手足が大きくてヒゲもじゃの男性。
「あの、マジックバッグを作ってほしいのですが……」
「客だ!」
「当たり前だろ!客以外誰がこんなところに来るって言うんだ」
「んー誰が来るかなぁ」
俺が言葉を言い終わらぬうちに、のんびりしたドワーフとツッコむエルフによる、なんとも噛み合わないおかしな口論が始まった。
「誰がって客が来たって言ってんだよ!」
「オレは客じゃないよ」
「誰がお前なんかを客扱いするんだよ!」
「オレかなぁ?」
「しなくていいよ!」
「なんで!」
「だぁーっ、もういい!お前には付き合いきれん!」
そう言ってくるりと背を向けドア向こうへと帰っていく細いエルフ。
「戻っていいの?じゃあオレも……」
続いてヒゲのドワーフも中に入り、そのドアが閉まると……。
「あれ……」
「あらあら……」
「お外ですね……」
ドアが閉まった瞬間俺達の周りの景色が一変し、いつの間にか三人とも工房の外に立っていた。しかも、目の前に相変わらず工房はあるのに先ほど入った樽型の扉がどこを探しても見つからない。
「これも魔法の類だろうが……困ったな」
「ええ、全く話さえ聞いてもらえませんでしたわね」
ゼフが難色を示したのはこれが理由か……。確かにここまで話を聞かない連中だとお手上げだな。
これ以上、工房の前で佇んでいても仕方がない。俺達は昨日の手続きだけでも終わらせるべくギルドに向かう事にした。
昼前のギルドは朝の喧噪が嘘のように閑散としている。
書類の整理に追われていた職員の一人に事情を説明すると、すでに指示が出されていたのかすぐに支店長室に向かうよう案内された。いや、ここで手続きだけしてくれればいいんだが……。
また長い話に付き合わされるのではと考えると気が重い。俺達は仕方なく重い足取りで支店長室への階段を上った。
「おお、待っていたぞ同志よ!」
「はあ?」
同志って何だ、同志って。別にそこまで精霊の話に食いついた覚えはないぞ。それに昨日までの上品な話し方はどうした?口調が全く違うじゃないか。見た目がとても綺麗なだけに残念さが半端ないのだが……。
俺達が勧められるままソファに座ると、今日の彼女は執務机の椅子に腰掛け机越しにやはり俺をジッと見つめている。
「昨日はちゃんとした挨拶もせずにすまない。私が冒険者ギルドセイナン市支店、支店長のエレナだ。以後よろしく頼むぞ同志よ」
「ああ、俺はシンリ。こっちはシズカとアイリです」
挨拶が済むと、彼女はおもむろに机に両肘をつき手に顎を置いて真剣な顔で俺を見た。かけている眼鏡がキラリと光る……。
「さて……。そろそろ隠し事はナシにしようじゃないか同志シンリよ」
「隠し事?」
「ああ、君は精霊の関係者。もしくは精霊契約を結んだ人間だ。そうだろう?」
「昨日から何で……」
「誤魔化しても無駄だ。正直に言いたまえ!」
どうやって見分けているのか不明だが、どうやら彼女には確証があるようだ。まあ、変わっているが信用は出来そうだし、ここで関係をこじらせるのも今後のためにはなるまい。
「仕方ないですね。ここだけの話にして欲しいのですが……確かに俺は精霊と契約を交わしています」
「ほ、ほ、ほ……」
俺の言葉を聞いた彼女は顔を伏せカタカタと小刻みに震え出し……。
「本物キタアァァーーーッ!」
部屋の外まで響くような声でそう叫んだ。
「何事ですっ?」
その声を聞きつけたのか、勢いよく扉が開き別の女性が入ってくる。女性はエレナに近づくとまるで放心してしまったかのような彼女の肩を揺さぶった。
「ねえ、どうしたんですか?ちょっと、ねえったらエレナ!」
「あ、ああミリアか。いや、なんでもない。ただちょっと『神』が降臨されただけだ」
「はあ?かみって……貴女本当に大丈夫なの」
「おお、そうだ。かみと言えばコレをすっかり忘れていた。コレの処理と同志シンリ殿達のギルドカード作成を頼む!」
そう言ってエレナがミリアと呼ばれた秘書風の女性に手渡したのは、昨日俺が彼女に渡したハンスに渡された書類だ。まだ、お前が持ったままだったのか……。
ミリアは俺達から仮冒険者証を預かり、登録する名前に変更が無いことを確認するとそれらを持って退室していった。
「そういえば同志シンリ殿。今日は随分と遅かったが何かあったのか?」
「ああ、実は…………」
まあ、朝から来ますと約束を交わした覚えは全く無いのだが別に隠す事でもないので、マジックバッグの工房での件を簡単に説明した。
「なるほどな……フェアリー鞄工房か。それなら何とかなるかもしれんぞ」
「えっ?」
驚く俺を相変わらずじっと見つめながら、そう言うとエレナは妖艶に微笑んだ。




