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SS パンドラ姉さんの危険なお散歩

ホワイトデーだからというのもおこがましいですが、日頃の感謝を込めてアンケートで要望のあったパンドラ姉さんのSSを書いてみました。


本編には特に絡みませんので、ご興味のない方は飛ばされても問題ありません。

「はあぁぁー、退屈ぅ。シンリちゃんったら人間界なんかつまらないって言ってすぐ帰ってくるかと思ったら、全然帰ってこないんだもん」


 冥府の森の中心部、通称『死の山』内部の宮殿で暮らすパンドラは、今日も暇を持て余していた。

 彼女の正体は、かつて世界を滅ぼしかけた暴龍『混沌龍(カオスドラゴン)』。今もその身から溢れ出る瘴気のために、この宮殿から出歩くこともままならないのだ。


「せっかく『サマエル』作って渡したのにぃ、学園には持ち込めないなんていって屋敷に置いていっちゃうし」


 実はそうなのである。シンリの私生活を覗き見て楽しもうと、彼女が自らの体組織を植え付けて作った特別製の生きたぬいぐるみ『サマエル』は、今回の学園行きでは他生徒への影響が不安だからという理由から王都の屋敷に置いてけぼりをくらっていたのだ。


「それに何かしらあの学園。頑張ってサマエル飛ばしたのに結界があって入れないなんて……本体である私自身が行けば、あんなの簡単に壊してあげるのにぃ!」


 いやいや、そんな事までしているのかパンドラよ。もし入っていたら大きな問題になっていたところだぞ。


「ねえ、エニグマ。ちょっとだけシンリちゃんのところ行ってきてもいい?」

「それが主様の御意志であれば引き止めはいたしませんが、シンリ様はそれはそれはお嘆きになられるでしょうね」


 パンドラは、そばに控えるメイド服姿の魔物『メリジューヌ』の女性に質問するが、その答えを聞いてもっともだと思い下を向く。メリジューヌは女性の上半身にコウモリの翼、そして下半身が蛇の魔物である。


「じゃあさじゃあさ、エニグマがシンリちゃんとこ行ってきてよ!姉さんが会いたがってるって!」

「主様が作られた分体が通れぬ結界を我らごときが通れるとは思いませぬ。それに私では擬態もできませんので騒ぎになりましょう」


 確かに、見た目が派手なので気に入ってこの種族をメイドとして使ってはいるが、人間の街に行けばどう考えても目立ちすぎる。それはそれで、シンリを困らせるに違いない。


「失礼します。ご注文のドレスが仕上がりました」


 そんな中、注文されたドレスを持参して蜘蛛女三姉妹(アラクネシスターズ)が訪ねてきた。彼女達は女性の上半身に蜘蛛の身体を持つ魔物で着ているゴシック調の衣装をはじめ、様々な裁縫をこなすこの森の洋服屋さんでもあるのだ。


「キュピーン!ひらめいちゃったよエニグマ!」

「どうなさったのです主様?」


「んふふ、それはね…………」





「へえー、ここが学園ってところなのね」


 翌日、シンリ達が通う学園の正門前には見慣れぬ黒髪の幼女が立っていた。

 黒いコートに同じ素材のロングブーツ、それに手袋まではめている。


 なんとこれはパンドラの分身体。黒い腐龍の衣を脱いだ要領で成人女性の今の姿から一部を切り離した、完全な彼女の分身だ。腐龍の衣から取った細胞で作ったサマエルと違って、こちらの能力は段違い。しかし、分身体なので瘴気などの排出は最低限に抑えられているというわけだ。

 ただ、それでも立っている地面や触れた物を腐らせてしまう恐れがあるので、蜘蛛女三姉妹(アラクネシスターズ)に作らせた封印と認識阻害の効果を持たせた特別な衣装を身につけている。


「あれ、なんて頑丈な扉なのかしら。ビクともしないなんて生意気ね!」


 学園の認証を受けない人物はこうやって強固な扉に阻まれる。その不思議な金属は本当に強固で、頑丈な斧を叩きつけても傷一つ付けられないらしい。


「せっかくシンリちゃんの机にスリスリしてこようと思ったのに……。まあいいわ、シンリちゃんを探しましょ!」


 数分後、彼女の姿は四葉寮の前にあった。シンリの寮を訪ねると彼は不在で、今日はここで開かれるお茶会に出席していると言われたからだ。


「んふふ。いたいた……」


 認識阻害が効いている彼女は難なく侵入に成功し、三階のホールで車椅子の少女と話すシンリの後ろ姿を見つけた……のだが。


「ああ、シンリちゃん!」


 シンリは少女の肩に手を置くとそのままどこかへと転移してしまった。


「困ったわ。シンリちゃんは行った場所にしか転移出来ない……だとしたら、王都の屋敷?帝国?いや迷宮の線もあるし、まさか冥府の森……ああ〜もう、候補が多すぎて絞れないじゃない!」


 学園都市の外に出て途方にくれるチビパンドラは、今朝のエニグマとの会話を思い出していた。


「いいですか主様。限度は一日。それを過ぎれば脱いだ本体が腐食を始め、その能力と共に失われてしまいますからね」

「わかってるって、シンリちゃんはこのお姉ちゃんな姿が大好きだからね。絶対に時間までに戻るから」


「この森の主人たるシンリ様が旅立たれてなお、下位の魔物でさえあの方の言いつけを守っているのは、シンリ様のお身内にして、絶対的な力を持つパンドラ様が留守を守っておられるからです。そのお力が失われれば……お分かりになりますね?」

「大丈夫大丈夫!ちょっと会って戻ってくるだけだもん」


 今朝、そう言って本体から分身体を切り離し、採寸して衣装を作った。頑張って飛んできたけど学園に到着したのは昼過ぎ。残された時間は半日を切っている。どこに向かうにしてもこれがラストチャンス……。


「決めた!やっぱりシンリちゃんの屋敷に一票!いっけぇ!」


 そう決断したチビパンは背中から龍の翼を生やして勢いよく東の方へと飛び立った。

 本来の能力を十分の一も発揮出来ないチビパンが、王都にあるシンリの屋敷に到着するのに約一時間。

 だが、残念ながらちょうど神域に向かっていた為、シンリはその時屋敷にいなかった。


「シンリちゃん、どこ行ったの。お姉ちゃん会いたいよ……」


 そう言って、庭に積まれた木箱の上で途方に暮れていると、にわかに屋敷内が騒がしくなってくる。


「シンリちゃん……?」


 覗いてみると、学園都市でも一緒だった車椅子の少女を囲んで、みんなで何やら盛り上がっている様子。


「シンリちゃんの仲間に迷惑はかけたくないし、何だか顔を出し辛いわね」


 仕方なく様子を見ていると、車椅子の少女が今まさに立ち上がろうとしている場面だった。まったく知らないただの人間。だけど不思議と力が入り、気が付けば心の中で『頑張れ』と繰り返している自分がいる。


 少女が自らの足でしっかりと立ったのを見届けると、チビパンはうんうんと頷き黙って飛び去って冥府の森へと帰っていった……。


「痛たた。こんな無理はまた五十年は待たなきゃ無理ね。負担や消費が大き過ぎるもの」


 本体と再度融合した反動から、馴染むまで痛みと共にほとんど動かせないその身体。

 仕方なくパンドラは早めにベッドに横になり、眠れぬ目をじっと閉じていた。


 どれくらい時間が経った頃だろう。

 ふと気が付けば、ベッドに寝る彼女の頭を優しく撫でる者がいる。


「シンリちゃん……どうして」

「あれだけ姉さんの気があちこちにばら撒かれていれば嫌でも気付くさ。何か無理して外に出たんだろ。大丈夫?」


 見上げればベッドに座り優しく頭を撫でてくれている、シンリの姿がそこにあった。


「違うんだよ。私、どうしてもシンリちゃんに会いたくなって……」

「わかってる。俺だっていつも姉さんといたいよ。でもこんな無理はして欲しくない……姉さんは俺の、大切な家族なんだから」


「でも、そのおかげでこうして会えたよ。えへへ」

「だからって、こんなに辛そうにしてる姉さん見るのは勘弁してほしいな」


「うん。ごめんねシンリちゃん」

「ううん、ありがとう。大好きだよパンドラ姉さん」


 しばらく気持ちよさそうにシンリに撫でられていたが、やはり疲れていたのだろう。パンドラはすぐに眠ってしまった。

 そうしてシンリが外に出ると、一体のメイド服姿のメリジューヌが近づき彼の足下に跪く。


「申し訳ありませんシンリ様!私がお側にいながら……」

「ああ、故意にそうしたわけじゃないんだろ。だったら気にしないでいい……ただ」


 言葉を止めたシンリの身体から発せられる濃密な殺気……あまりに強大で濃密なそれはこれでもかなり上位種の魔物であるはずのエニグマでさえ、一瞬呼吸が止まってしまうほど。


「姉さんの身に何かあれば、こんな森だって簡単に……消してしまうよ」


 エニグマは全く身動きが出来ず、ただそれが収まるのを待つしかなかった。パンドラの周囲で毎日生活出来るというだけでもそれは各地のボスに準ずる力の持ち主だということ。強大な魔力と耐性を持っていなければ肉体が保たない。

 そんな自分でさえ、まるで赤子以下のようにあしらわれるとは……。エニグマは自らの軽率な行動を心底悔い、シンリとパンドラへの絶対的な忠誠を改めて誓うのだった。


「待ってて、姉さんも一緒に暮らせるようにしてみせるから……」


 殺意を収めたシンリは、そう言って『死の山』を見上げている。

 山のように見えるその黒龍の体は、月の光に照らされてキラキラと白く光っていた……。




皆様のおかげでここまで楽しく書いてくることが出来ました。

本当にありがとうございます!


これまで本作にブクマやPTをくださった方、そしてアクセスしてくださった皆様に心からの感謝を!

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