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アリスの不思議な旅

「お呼びですか我が主君!」


 屋敷の警護を任せていたガブリエラは上空の見張りに出ていたのだろう。

 リビングから見える庭先に、純白の翼で羽ばたきながら彼女はふわりと舞い降りてきた。


「こ、今度は天使だなんて……それにしてもなんて美しい」


 最近、帝都でのシズカの助言を広め王都内で『翼』スキルだと認識されつつあるガブリエラは、それを無理に隠そうとはしていない。

 しまったな、また言い訳を考える内容が増えた……。


「主君自らお越しにならずとも、お喚びいただければすぐに参りましたのに」

「いや、屋敷の護衛で残ってもらったんだ。ホイホイ留守にさせてたんじゃ本末転倒だろ」


「て、天使様が……シンリさんに跪いている……はわわ」


 うおーい、ちょっと待てガブリエラ。いつもの調子で跪いたまま話をしていたが、確かにこの絵面はまずい。とりあえず立ち上がろうか……ね、頼むから。

 立ち上がり翼を小さくしたガブリエラがリビングに入ってきたので、簡単にアリスの状況を話し症状を診てもらうことにする。


「さすがは主君です。確かに脊椎と少し脳にもダメージが残っているように見受けられますね」

「治せそうか……?」


 俺が聞き返すと、アリスと場の全員が息を飲んで返事を待つ。

 ちなみに全員とは俺の膝の上のチロルと肘掛けのそれぞれに座ったナーサとオニキスの事。はっきり言って狭いよキミ達。


「ふ、愚問ですね主君。このガブリエラならこの程度造作もない事、ですが……」

「なんだ?」


「はい。治療後、長く使っていなかった筋肉や骨を回復させるのに出来れば『超回復丸』が数個欲しいところです。今怪我したという状況とは違うので私が回復魔法を使うより、あの薬のほうが早く人体に馴染んで効果が出ますから」


 なるほど、そんな事もあるんだな。まあ『神丸』ならともかく『超回復丸』は屋敷に幾つか置いていたから大丈夫か……。


「それは多分……無理なの」

「しっしっし、チロルが栄養剤かなんかだと勘違いして地下室作ってた技術者に全部飲ませちまったじゃんよ」


「にゃーっ!それはにゃいしょのはずだにゃー!」


 自分のミスをダスラにバラされ、慌てたチロルはアリスの車椅子の後ろに身を隠す。


「チロル。頑張ってくれている技術者の者を気遣ってのことだ、責めはしないよ。ちゃんと教えてなかった俺も悪い。隠れたりしなくていいんだよ」

「シンリ……。やっぱりシンリ大好きにゃん!」


 俺の言葉を聞き、急いで俺の膝の上に戻ったチロルは嬉しそうに俺の頬を舐めている。


「ふふふ、お話しする猫さんにもとっても懐かれているんですね。やはりシンリさんはお優しいから」


 治療を受ける本人は、未だにこれが幻影だと思っているんだろう。アリスはまるで他人事みたいにこの状況を楽しんでいるようだ。しかし困ったな、まあいい治療が済んだら神域に出向いてもらってくるか。


「わかった。超回復丸はなんとかなるはずだ。ではガブリエラ、早速治療を始めてくれ」

「はい。では失礼いたします」


 そう言って治療を頼むとガブリエラはアリスを車椅子から抱き上げ大きなほうのソファに寝かせた。そして、おそらく特殊な治療なので必要なのだろう、彼女の衣服を脱がせていく。

 ……っておいおい、確かに俺はこの屋敷の者と仲間全員の裸を見たことがあるが気にならないわけじゃないんだぞ。それに彼女だっていきなり……。いかん、そんなこと考えてる間に脱がされていく。


「お、俺はキッチンにに行ってるから終わったら呼びに来てくれ!」


 そう言い残し、俺はとっさにキッチンへと転移した。

 キッチンで忙しく片付けや夕食の準備をしていたセイラやラティと、一緒にお茶を飲みながら待つ事二十分ばかり。


「シンリお兄ちゃん、終わったって!」


 呼びに来たオニキスに手を引かれてリビングに行くと……。


「きゃっ」

「ご、ごめ……!」


 こらこら、アリスが服を着てから呼びに来い。しっかりと目に焼き付いてしまったじゃないか……。


「もう、大丈夫ですよ……」


 見えぬよう背を向けて待つ事数分。今度はアリスの声でお許しが出たので大丈夫だろう。

 振り返ると、ちょうどガブリエラがアリスを車椅子に戻してあげているところだった。


「お疲れ様ガブリエラ。大変だったろう」

「最初の治療から長い年数を経た事で組織が間違った状態で癒着しておりました。神経や脳に影響を及ぼさぬよう注意が必要でしたので慎重を期したまでの事」


「そうか、ありがとう。流石だな」

「ありがとうございました天使様。とても綺麗で温かな光でした」


 まだ、幻影か夢だと思っているのかな。まあこのまま勘違いしててくれてもいいんだが。

 この全てが楽しい夢。アリスにとってはそう思えるのだろう、これまでろくに外出も出来ず辛い日々を送ってきたに違いないからな。楽しそうにチロル達と話すアリスを横目に俺は神域アワシマの巫女王スクナピコナに呼びかけた。


 数分後、部屋の片隅がぼんやりと輝き始め集まった光が朱塗りの鳥居型になると、そこから小人族のスマッシュとエナジーが姿を見せた。


「お久しぶりでございますオオナムチシンリ様」

「お久しぶりですミンチ様」


 わーい今夜はハンバーグだ……って、誰がひき肉だエナジー。お前は相変わらずだな。


「こ、こ、小人ぉぉぉぉっ!」


 さすがにこれは刺激が強過ぎか、いや顔はものすごく嬉しそうだからまだイケる感じか……。見かけよりずっとタフだなこの子。大きな声を上げたアリスだったが、すぐに立ち直ってまるで可愛いお人形でも見るような顔でうっとりと二人の小人族の姿を見ている。まあ、夢だと思ってるからなんでもありなんだろう……。


「主君、アワシマに向かわれるのでしたら転移されればよかったのでは?」


 ガブリエラの疑問はもっともだ。以前も、最初に鳥居がくぐれなかったガブリエラを、俺がオオナムチと認められた後日、転移で連れて行ったことがあるからだ。彼女は俺の魔眼と契約しているので迷宮などでもそうだが、俺の装備品のような扱いになるらしいのだ。なんとも綺麗で贅沢な装備だよ……。


「アリスは俺が招待するが、いわば部外者だ。一度神域の住人の目で確認してから正式な方法で入る必要があるんだよ」

「そういうことですな。オオナムチシンリ様、こちらの女性に敵意や害意は感じられません。問題ないと思われます」


 俺の言葉に続いてスマッシュが、アリスが鳥居をくぐる許可をくれた。

 鳥居で入るの久しぶりだな、この不思議な感じがちょっと面白いんだ……。


「アリス、俺が先に入ってみせるから同じようにしてついて来て」

「は、はいシンリさん」


 腰をかがめて鳥居の中に入ると徐々に空間が狭くなっていくような気がする。だけど実は俺の身体自体が縮んでいっているので窮屈には感じないのだ。神域側に出た時にはいつも通り俺達は小人族と同じ大きさになっていた。


「はわわわ、し、シンリ様!小人さんが大きくなってますよ!」

「あははは、違うよアリス。俺達が彼ら同様に小さくなったんだ」


 乗っている車椅子ごと小さくなったアリスは、以前の俺達同様に彼らが大きくなったのだと誤解したようだ。この反応も久しぶりで新鮮だな。


「まずは巫女王に挨拶に行く。アリスは神殿に入れないからここでスマッシュ達と待っていてくれ」

「王様がいらっしゃるのですね……。わかりました。お待ちしておりますわ」


 王様か、きっと見てみたかったんだろうな。あんな寂しそうな顔を見せられたら……まったく。


「スマッシュ、すまないが彼女の車椅子を押してあげてくれないか。一緒に神殿に行くことにする」

「かしこまりましたオオナムチシンリ様」

「シンリさん……」


 やれやれ、なんて嬉しそうに笑うんだ。弱いな、俺も……。


「わああ、なんて美しい木の宮殿なのでしょう!」


 長く大きな柱と神殿に続く長い階段。宮殿と表現するにはあまりにも質素かも知れないが、ここには確かに日本の伝統的な様式美がはっきりと感じられ厳かで神聖な佇まいに心が洗われるような気さえする。

 階段を上りきったところで車椅子ごとアリスを抱えて運んでくれたスマッシュらは、階段部分に座り地に頭をつける。彼らにとっては俺や巫女王は神聖な神のごとき存在なので当然(俺はそういうの止めてもらったんだけどね)の作法なのだが、アリスは状況がわからず車椅子の上で慌てるばかりだ。

 そんな彼女の眼の前で、神殿の扉が音もなく開き始め、辺りはまばゆい光で満たされる……。

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