縦ロール再び
「今度は聖少女まで……。二人とも私の膝に座ってくださればいいのに……うう、あの男どうしてくれようか……」
だからヴァネッサ。お前の独り言はまる聞こえなんだって……。
「なぁ、あの縦ロールが二人と仲良くしたいって言ってるぞ?」
せっかく実技の時に策を講じたのに、こうして睨まれたままでは何も変わらない。俺は膝の上の二人に、試しにそう言ってみた。
「わ、私はシンリさんと一緒の時間が減るのはちょっと……」
「興味ない。私はシンリとの子作りで忙しい」
残念。二人とも何の興味も示さないな。ってかヴェロニカ、子作りしてないから……。
それにしても、あのヴァネッサ。どうにかならないものか。
「どうなさいましたのお兄様?」
「どうしたい大将、悩み事かい?」
昼の食堂のいつもの席。四人掛けのテーブルだったそれは、隣にもう一つのテーブルを付けた八人掛け状態となっていた。
俺の両隣にはすでに学園でお馴染みになりつつあるマリエとヴェロニカの『聖魔天使』が陣取り、その横には戦士科の『黒天使』ことツバキが座っている。
新たに追加したテーブルはというとシズカとアイリ、そして先日の食堂での一件以来、昼食を共にするようになったジャクソンと、彼の幼馴染みだというアシュリーが座っている。
聞けばアシュリーの父は帝国宰相ボルティモアで、彼自身も頭脳明晰な上、体術に於いてもジャクソンに次ぐ強さらしい。
さらに補足すれば、学内における学生間の自主調整機関『学生会』の現会長で、学園の女生徒達の憧れの的である。
ちなみに、二人は帰国した際に、暁事変の真相を親から聞かされているようだ。隠しているつもりだろうが、俺を大将と呼んだり妙に丁寧な敬語を使うのでバレバレだ。
「ああ、実はな…………」
俺は何となく、クラスでのヴァネッサとの一件について話し、皆の意見を聞いてみる事にした。
「それは面倒ですわね……。でも、お兄様の魅力に気づかないなんて、死ねばいいのに……」
コクコク!
いやシズカ、殺しちゃダメだろう。ツバキもそこで頷くんじゃない。
「ご一緒に汗をかかれてはいかがでしょう?剣と剣を合わせる事で見えてくる部分もあるはずです!」
「さすがはアイリ殿!そう、拳と拳で語り合うのが一番だぜ大将!」
うん、ちょっと黙っていてくれthe脳筋ズ。相手は貴族の令嬢、それも魔法科なんだぞ。そんな格闘漫画的な展開あるわけないだろう。
『おや、汗をかくと聞いて別の意味を想像したんだね?では早速うちのヴェロニカと……』
「シンリの気持ちはよくわかった。汗をかいた後は一緒にシャワーを浴びましょうね、あなた」
入ってくるな変態執事。余計話が面倒になる……。
「あの……だったらお茶会に招いてはいかがでしょう?」
「おお、それはいいかもしれませんよ、シンリ様。貴族の間では新たな交流を作る場として、しばしばお茶会が催されていますので自然にお誘い出来ますし」
さすがマリエ、やっとまともな意見が出たな。今の君はまるで天使に見えるよ。……まあ、本物がうちの屋敷で留守番してるけどね。
それとアシュリー……学生会長から様付けで呼ばれる新入生とか怪しすぎるから止めてくれ。
「お茶会か……」
「……お兄様、ワタクシのシュミレーションでは間違いなく『なんですのこの不味いお茶は』『私を招待するなんて百年早くってよ』『こんなみすぼらしい場所に一秒だっていたくありませんわ』のいずれか、またはフルコンプをなさるかと……」
うん、シズカ。確かにどれも言いそうだ。そんな嫌なセリフをコンプリートするのもキツイなあ。
「あら、誰かと思えば先日私と模擬戦をして『負けた!』シンリさんじゃありませんこと」
そうそう、こんなしゃべり方……っておいおい、なんでお前がここにいる。
まるで食堂じゅうに聞かせるように大きな声で話しながら俺達のテーブルに近づいてくるのは縦ロールのボス、ヴァネッサ。まさか、これまでの会話を聞いていたのではあるまいな……。
「ところで……シズカさんというのはどなたなのかしら?」
彼女は突然、シズカの名を出してテーブルを見回した。よく見れば食堂の入り口付近に普通科の制服を着た数人の縦ロールがこちらの様子をうかがっている。なるほど、普通科の子からシズカの評判を聞いて見に来た訳か……。
『なるほど、百合確定だな……』
だから黙っていろ変態執事。それは思っても言うんじゃない。
「わ、ワタクシですお姉さま。まさかお姉さま自ら会いに来ていただけるなんて、夢のようですわ」
ぶはっ、誰だお前は……。とっさに状況を把握したシズカは、すぐさまクラスでの妹キャラにスイッチを切り替えて対応する。さっきまでのシズカを見ていた場の全員が、開いた口が塞がらない状況だ。
でも、これはいい糸口になるかも知れない。俺はシズカの対応を見守ることにした。
「まあ、まあまあまあ!なんて愛らしい子なんでしょう!」
「学園の女神と呼ばれるヴァネッサお姉さまにお褒めいただくなんて、とっても光栄ですわ」
「女神だなんて……なんていい子なんでしょう。ああ、持ち帰って一緒に薔薇風呂に入りたい!」
おいおいおい、また心の声がだだ漏れしてるぞヴァネッサ。そんなんでよく派閥のリーダーなんてやってるな、おい。
「シズカさんとおっしゃいましたわね。いいこと、何か困ったことがあったら、いつでも私にご相談なさい。きっと力になって差し上げますわ」
「嬉しいですわお姉さま!」
出たー、これが俺とは真逆のテンプレか……。いやはや見事なもんだ。まあ、性別的に俺には無理そうなんだが。
「そうそう、シズカさん?」
「シズカで構いませんわお姉さま」
「ではシズカ、貴女明日の休暇は何かご予定がおありかしら?よろしければ茶会にご招待したいのだけれど」
何だこの流れ……まさか本当に俺達の話を聞いていたんではあるまいな。
「そういう話ならヴァネッサ、我々もご一緒させてはもらえないかい?」
展開を傍観している俺に代わり、そう直球を彼女に投げつけたのはアシュリーだ。
あからさまに俺やジャクソンを見ながら嫌そうな顔をするヴァネッサに歩み寄り、彼は小さく耳打ちをする。
「ヴァネッサ、シンリ様はシズカ嬢の兄君だ。それに彼を誘えば、きっと同席している三人の天使も一緒に来ると思うんだ。キミにとっても、これは好都合なんじゃないのかな?」
何となく言ってそうな内容は察しがつくな。アシュリーの話を聞きながら、ヴァネッサは俺のテーブルの三人を品定めでもするようにチラチラと見回している。
「が、学生会長である貴方に、そこまで頼まれれば仕方ありませんわね。いいでしょう、皆さんを明日、我が『四葉寮』でのお茶会にご招待いたしますわ」
うん。行きたくねー、なんて言ったら怒られそうだな。面倒だが何かいいきっかけになるかも知れない。
「ありがとうヴァネッサさん。明日はみんなで伺わせてもらうよ」
ん、俺の話し方おかしかったかな。きちんと気を付けてみたんだが、何やらみんなニヤニヤしている……。
「マリエ、ヴェロニカ。そういう事なんだが、どうだろう?」
「私はシンリさんと一緒にいられるのなら喜んで」
「シンリとの子作りが出来るならどこにでもついていく」
両隣の二人に確認すると、どちらも了承してくれた。いやヴェロニカ、お茶会で子作りなんか誰もしないからな。
こうして俺達は明日の休暇に、全員でヴァネッサの開くお茶会にお呼ばれする事になってしまった。……どうか、無事にすみますように。




