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呪われた少女

「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 洞窟内に響く彼女の悲鳴。……まあ、やっぱりこうなったか。


「嘘ですよね?嘘って言って下さい!」

「いや、嘘じゃない。君は今『冥府の森』にいるって言ったんだ」


『冥府の森』に行くくらいなら奴隷になった方がマシ。それが世間一般の常識だ。

 ずいぶん自由に走り回っていたので魔物達がその大きな姿を隠すのに苦労していたみたいだが、やはり知らずに入って来たのか……。


「でも私何日もこの森を彷徨っていましたが、魔物どころか動物一匹も見ませんでした。こ、ここが『冥府の森』なら私が無事なわけが……」


「ああ、それは僕がここの主になってからルールを作ったからね」

「ルール?(主とか聞こえたのは聞き間違いよね。きっと疲れているんだわ……)」


「うん。害意を持つ者は問答無用。でも迷い人なら死ぬまでは手出し禁止」

「……えっと、私食べられそうになってませんでしたっけ?」


 そう言って彼女は奥で寝息を立てているクロの方をちらりと見た。


「あれはクロの早合点だ。死んだと勘違いしたんだろう、だから僕が出向いたんだ」

「へ、へえぇー……(あ、危なかったああぁぁぁ!)」


 まあ彼女には話せないが、森の魔物達は先回りして食糧になりそうな物を全て無くしたり、水場へ向かう道を通れないようにしたりと彼女が早く絶命するよう色々と手を回していたみたいだった。それでも自分達で直接手を下して殺さないだけ、僕の決めたルールをみんなきちんと守ってくれているという事だ。


「ところで、君はどうしてここに来た?山菜採りに来たわけではないだろう」


 僕の質問にビクッと身体を震わせた彼女は、俯いて目を合わさないようにしながら言った。


「……私は、奴隷なんです」

「奴隷……」


 彼女の話によれば奴隷として王都に売られて行く途中、乗っていた馬車が岩にぶつかって倒れ。その時に壊れた僅かな扉の隙間から身体の小さい彼女だけが逃げ出せたらしい。すぐに彼女が『冥府の森』に入って行ったので誰も追っては来られなかったのだろう。


「なぜ奴隷なんかに?」

「……家族に……売られたんです。私は……」


 そう言いながら立ち上がると彼女は僕に背中を向けてゆっくりと上着を脱いでいった。


「私は……『呪い』持ちだから」


 師匠とっておきの回復薬を使った為に古い傷もほとんど消えて、今の彼女の肌は健康そのもの。だが、滑らかで艶々とした肌をさらした彼女の背中の中心に、それはあった。まるで二匹の蛇が絡み合ったように見える赤黒い痣。これが彼女が言う『呪い』なのだろう。


「少し見せてもらっていいかな?」

「……はい」


 彼女の同意を得て、僕は左目に魔力を注いだ。

 その魔力を受けて【魔眼】が発動すると僕の左目の視界には『ステータス』と呼ばれる情報の文字列が浮かび上がる。

 これは僕が持つ【魔眼】の一つ【嫉妬眼(レヴィアタン)】の能力で『鑑定』を行っているのだ。そこに書かれた情報によれば彼女の名はアイリ、年齢は十三歳。まだジョブが村人のままなのは奴隷としての売買が成立してないからだろう。だが、妙な力が干渉してきて以降の文字がやや崩れて見える……。僕はそれをはっきりと表示させる為【嫉妬眼(レヴィアタン)】にさらに魔力を注ぐ。

 徐々にクリアになっていく彼女の『ステータス』、そこに書かれていたのは『双蛇の呪い』という見知らぬ状態異常だった。


(これは酷いな……自身のステータス減少にスキル使用不可。さらに範囲効果として状態異常耐性低下に運低下だと……。つまり彼女と一緒ににいるだけで病気にかかり易くなったり不幸に見舞われると……馬車が壊れたのも恐らくは……)


「あ、あの……まだですか?そろそろ、恥ずかしいです……」


 僕は『ステータス』をじっと読んでいただけなのだが、彼女からすればいつまでも裸の背中を見回されているように見えたのだろう。彼女は顔から湯気が立ちそうなほど真っ赤になって俯いている。


「ああ、ごめん。もういいよアイリ、色々わかったから」

「……え、名前……?」


「まあ、その事は今度ゆっくり説明するとして……。これはどこで?随分と厄介な代物みたいだが……」

「これは…………」


 そうして彼女はこれまでの事を話してくれた。森で不思議な儀式を見てしまい、その者達によって『呪い』を受けてしまった事。それ以降体調が悪くて働けず、家族や友人などに突然病が流行り、貧しくなった家から奴隷商に売られたのだと……。


「家族に……か……」


 僕自身家族に疎まれ一切の愛情を注がれずに育ってきた過去がある。だから今の彼女の気持ちは痛いほどよく理解できていた。


「アイリはこれからどうしたい?故郷に戻るつもりかい?」

「……私は捨てられたんです。今さら帰れないし帰りたいとも思いません」


 そう答える彼女の辛そうな顔を見ていると何故だか胸がちくちくと痛み、経験した事のない感情が心の中に沸き上がってくるのを感じる。


「なあアイリ。だったら一緒に暮らさないか?まあ『冥府の森』だけど……」

「……えっ!でも私がいたら……きっと貴方も不幸になります。そんなのは許されません」


「それこそ心配無用だ。ここは場所によっては瘴気さえ漂う『冥府の森』だよ。たかが人間がかけた『呪い』程度に影響を受けるようじゃあ、ここでは生きていけない」


 彼女が『冥府の森』の中でも瘴気の影響を受けていないこの『生贄の庭』に迷い込んだのは運が良かったとしか言いようがない。もし瘴気の濃い『不帰の森』辺りを彷徨っていたのなら半日も持たずに腐敗した死体となっていただろう。


「本当に……本当に一緒にいていいの?」

「もちろん。ただし僕は師匠との約束で二年経ったらこの森を出て冒険者になる。その時までしっかり鍛えるからその覚悟はしといてね」


「師匠さん?……ぼ、冒険者ですか!この私が……」

「強制はしないよ。僕が旅立った後でもこの付近の魔物がアイリに手を出す事はないし、この洞窟近辺には特殊な結界が張られているから『呪い』の影響を感じる事なく暮らせるはずだ」


 確かに師匠の話でも冒険者は危険が伴う仕事らしい。普通に暮らしてきた彼女にとっては考えた事さえなかった職業だろう。まあ職業と言えるほど安定もしてないみたいだし……。


「決めました!私なります冒険者に!」


 しばらく考え込んでいた彼女はじっと僕の顔を見つめた後、そう言いながら両手を握りしめてきた。

 恐くないわけがない……。僅かに震えるその手から彼女の心情と体温が伝わってくる……。


「かなりの強さが必要だ。厳しい修行になるよ?」

「はい!頑張って強くなってみせます!」


「かなり過酷な旅になるかも知れないよ?」

「一緒なら乗り越えられます!(……そんな気がします)」


「僕も男だからね、間違いが起こるかも知れないよ?」

「望むとこ、いえ、だだだ大丈夫です!」


 僕の質問に答えながら真っ直ぐに僕を見つめてくる彼女の眼差し。肩まで伸びた少しくせのある青灰色の髪にぴんと立った耳と桜色に染まった肌。大きな目とキラキラしたブルーの瞳がとても愛らしい。きちんと見てはいなかったがこうして改めて見てみれば彼女はかなりの美少女だ。


「わかった。遅くなったけど僕の名前はシンリ。これからよろしくねアイリ」

「はい!シンリ様、ふ、ふつつつか者ですがよろしくお願いします!」

(嫁入りじゃないんだから……。ってか、つが多いよアイリ)


 やや鼻息が荒すぎる気もするが、アイリは嬉しそうに握った両手をぶんぶんと上下させて喜びを体いっぱいで表現してみせた。そんな微笑ましい彼女の姿を見ているとトクントクンと鼓動が早くなっていくのを感じる。

 両の手から伝わってくる彼女の温もり、僕はこれからこの温もりをずっと守っていきたい。

 これが人を好きになるって事なんだろうか。僕がそう考えた時だった……。


……ドクン!


 左目を襲う激しい痛み。


……ドクン!


 ざわざわと体中の魔力がざわつく感覚。


「……ついに来たのか……」

「シンリ様?」


 突如左目を押さえながら前のめりになった僕を不安そうに見つめるアイリ。僕は彼女に、戻るまで決して洞窟から出て来ないよう言いつけると、そのまま一人で洞窟の外に出た。


 決して病気などではない。何故なら僕はこの時をある意味では待っていたのだから。

 この脈動がいったい何の予兆であるのか、それを僕は経験で知っている。


 そう、条件はクリアされた。いよいよ、新しい【魔眼】の開眼が始まる!





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