聖少女マリエ
「おい、あれ見ろよ!」
「帰ってきたんだ、聖少女様が!」
「素敵、聖少女様よ!」
俺を呼び止めた少女の存在に気付くと誰もがざわつき始め、廊下は騒然となっていく。
そんな彼等が尊敬と羨望の眼差しを向け『聖少女』と呼ぶその少女は、俺自身もよく知る人物であった。
「君は……まさか、マリエなのか」
「はい。シンリお兄ちゃん」
彼女の名はマリエ。俺達が冥府の森を出て最初に立ち寄ったシイバ村で出会った少女である。
「あれから、お兄ちゃんに会う事だけを目標に頑張ってきました。まさか……こんなに早く再会出来るなんて……」
「俺も驚いたよ……ところで、シズカ達を待たせているんだ。続きは食堂で話さないか?」
感動に目を潤ませるマリエだったが、廊下にはあちこちから生徒達が押し寄せマリエを一目見ようと大変な混雑になってきている。このままでは何より通行の邪魔だ。俺達は食堂へと向かうことにした。
「あらまあ、お久しぶり。元気そうねマリエ」
「マリエちゃん見てるとカトリーヌさんの手料理思い出しちゃいます」
「………?」
「ああ、ツバキは初めてだったか。彼女はマリエ、俺達が森を出て最初に出会った女の子だよ」
「……ツバキ。よろしく」
「よろしくねツバキちゃん。ツバキちゃんもシンリお兄ちゃんと一緒の黒髪だあ、いいなあ!可愛い!」
「!……うん、マリエも……可愛い」
「アイリさんも随分変わられましたね!素敵です!」
「ありがとうマリエちゃん。私もシンリ様とお揃いになったんだよ」
女性が集まると何とやら……久しぶりの再会だという事もあり、賑やかに話に花を咲かせている四人をよそに、俺は背後で隠れるようにして食事の催促をしてくるヴェロニカに食べさせてあげつつ食事中だ。彼女は、マリエが現れてからというもの俺のマントをすっぽり被って隠れてしまい、あのゲルンストでさえ離れた柱の陰で身を潜めている。
それに……何だこの熱気。ヴェロニカの時とは正反対。食堂には入りきらないほどの生徒が押し寄せ、皆食事そっちのけで俺達、いやマリエを見ている。
その誰もが口々に言う『聖少女』とはいったい……。
「マリエ様ぁっ!聖少女様はどちらに!」
突然、人混みをかき分けながら四人ほどの男女が食堂に入ってきた。制服の上から銀色の胸当てや肩当などの軽鎧をつけ、各自武器を所持したやや物騒な面々だ。
彼らは俺達とテーブルについているマリエを見つけると乱暴に人々を押し退けながら近づき、高圧的な視線を向けつつ、マリエの周囲に並んだ。
「マリエ様、あれほど一人で出歩かれないようお願いしておりましたのに!しかも、こんな素性もわからぬ輩とテーブルを共にされるなど!」
「シンリさんに失礼な言い方しないでくださいクロードさん」
うん。相変わらず素直でいい子だなマリエ。たった今、シズカからお兄ちゃんと呼ぶのをやんわりと禁止され、早速俺の呼び名がシンリさんになっている。
いやいや、ほっこりしている場合じゃないな。シズカ達の雰囲気が変わり始めたから、何とか穏便に済ませなければ……。
「俺達は……」
「口を挟むな、この片目野郎!」
マズイ……今の言葉はマズ過ぎる。俺自身はアルハラニの家で使用人から『片目の坊ちゃん』などと呼ばれていたので何とも思わない。だが、シズカ達は……いかんなキレる……。
パァン!
次の瞬間、食堂内に響いた音。
「聖少女さ、ま……なぜ」
「人として、言っていい事と悪い事があります!今すぐシンリさんに謝って!クロードさん」
彼の暴言を聞き、すぐさま立ち上がったマリエが、力任せに彼の頬を引っ叩いた。悲しげな彼女の目には涙が溜まり、今にも溢れそうである。
それと同時に彼女を包み込む真っ白な光。もとより多くの魔力を有していたが、これほどになるとは……彼女がしっかりと訓練を積んできた証拠だな。
『ふーん。剣だけはいい物持ってるんだねぇ。だけど、持ち主がこんなんじゃ宝の持ち腐れだね』
「ひいぃー!」
クロードと呼ばれた男の肩に肘をかけ、反対側の手で彼から奪った剣を品定めしているのは、腐乱死体姿のゲルンスト。実体の無い彼だが、ちょっとした物ならポルターガイストのように触れたり、持ち上げたり出来るのだ。
『え?腐ってるのは僕だって?失礼だなぁ、僕は君ほど人間が腐っちゃいないよ』
「シンリに、酷い事言う奴は許さない。あなたも腐らせてあげましょうか?」
「し、白い屍姫……」
意外にも、マリエに続いて前に出たのはシズカ達ではなく俺の後ろに隠れていたはずのヴェロニカだった。彼女の感情と魔力が高まったのに呼応してゲルンストが行動していたのだ。先ほど俺の協力で大量の魔力を取り込んだ彼女の体は、怒りという引き金によって瞬時に展開した魔力の紫の光に覆われている。
聖少女と白い屍姫、相反する属性を持った二人の少女が俺のために並び立つ。白と紫の魔力光が立ち上る様は、まるで陰陽を示す太極図さながらだ。
「団長、ここは一旦詫びを入れられた方がよろしいのでは?」
「なにぃ!貴様はこの私、聖少女護衛騎士団団長クロード・エステヴァンに、こんな下賤な輩に頭を下げろと言うのか?」
クロードと同じ軽装備の女性が冷静に助言するも、かえってそれが彼のプライドを著しく刺激してしまったようだ。
近くにいた仲間から強引に剣を奪い取ったクロードは、俺を睨みつけその剣の柄を握る。
「おいおい、ここで抜く気か?……」
「誰だ!」
声をかけたのは俺ではない。いつの間にか、彼の背後には身長二メートル近い大男が一人不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
「き、貴様はジャクソン・ランパード!学園に戻っていたのか……」
「ああ、今日からな。んなこたあどうでもいい。クロード、お前抜くってことは死ぬ覚悟が出来てるって事でいいんだよなあ?」
「何を馬鹿な、この私が……」
「言い切れるのか?負けるわけがないと……。これはお遊びや訓練じゃねえ、命のやり取りだ。その覚悟があるのかと俺は聞いてんだよ!」
獅子の如き、強い眼差しがクロードを射抜く。ジャクソンの眼光には何者も異を唱えさせないだけの強さと迫力があった。
「ふん、ここはお前の顔を立ててやろう。行くぞお前たち!」
その気迫に気圧されたのか、クロードは剣を部下に返すと背中を向けて食堂を出て行こうとする。
『忘れ物だよ、僕ちゃん』
「なっ!投げっ、わわ!」
その背中目がけて、ゲルンストが奪っていた剣を放り投げ、慌てた様子で彼がキャッチした。
「もう一つ忘れちゃいないかクロード。それとも神聖国では、他人に暴言を吐くのが貴族の常識なのかい?」
「ぐ……」
ジャクソンに呼び止められしばらく俺を睨みつけた彼は、会釈程度に首を曲げてから仲間達と共に退室していった。
この後聞いたのだが、彼クロード・エステヴァンは、北の大陸にある『アーネスト神聖国』の貴族の嫡子。この国は神聖国の名が示す通りの宗教国家で、全ての国民は『聖光教』の教えを遵守し生活している。内外より、かなり強引なやり方で光属性を持つものを招聘して貴族達が擁立し、権力争いに勝った者がその光属性持ちを『聖母』として玉座に据え、裏で実権を握るのだという。そして当然、敗れた者は国を追われることになるらしい。ひどい国だ……。
俺がシイバ村を離れてからひと月余り経った頃、一人の王国貴族が狩りの途中で大怪我を負って村に滞在した。薬草などでは一向に効果が無く、見かねたマリエが覚えたての治癒魔法で治してあげたらしい。
その数日後、その貴族からの話を聞きつけ王都からシルヴィア王女の使いが村を訪れた。そして是非とも学園で学ぶよう勧められたのだという。両親には彼女が不在になる間の労働力減少の補填として、ギルド経由で毎月国から補償金が出るのだとか。もちろん学費や諸々は全てタダで、毎月の小遣いまで出ているらしい。
『王国に舞い降りた聖女』との触れ込みで入学し、相応の実力を見せつけた彼女の事を、そんなお国事情を持つクロードが放っておく訳がなく。普通科と戦士科の同国出身者で『聖少女護衛騎士団』なるものを結成し、常に同行して彼女を守り、何者をも彼女に近づけさせないようにしているのだとか……。それで、騎士団不在のマリエにはあれほどの生徒達が殺到したのか。
マリエちゃんは、改稿分11話から17話までで登場しております。
お時間がありましたら、そちらも合わせて読み返していただければ幸いです_φ(・_・カキカキ
 




