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学園長 ロロ

「普通科のレジーナです。新入生を案内してまいりまいた」


 学園の不思議な門から入ってしばらく歩くと、各施設のちょうど中心付近に再び『目』の付いた重厚な扉があり、そこにかけられた金属製のプレートには『学園長室』とある。


「レジーナご苦労。教室に戻ってよいぞ。新入生四名の入室を許可する」


 レジーナの声に扉の内側からそんな返事が返ってくる。戻っていくレジーナに促された通り、その扉に向かって進むと身体はすり抜け、門同様に室内に入る事が出来た。


 まず目に飛び込んできたのは重厚な幅三メートル近い巨大な執務机。室内には歴史の深みを感じさせる木製の調度品と品のいい装飾が各所に施されており、床一面に敷かれた金の刺繍入りの濃紺の絨毯と相まって、王侯貴族の私室のような上質な空間を作り出している。


「よく来たな。君が銀麗の姫君がご執心だという冒険者か」

「初めまして、シンリです。こっちがシズカ、アイリ、ツバキ。これからお世話になります」


 大きな背もたれがついた椅子は未だ窓の方を向いており、声の主の姿は見えない。だが、室内に漂う雰囲気はどこか懐かしい……そう、これはエレナやエレノアが持つ雰囲気に似ている気がする。


「初めまして。私が学園長のロロポッカ・ネザーランデ十六世だ。堅苦しいのはナシにしよう、シンリよ」


「…………」

「あら、これは……」

「ちっちゃ……あ、ゴメンなさい」

コクコク。


 アイリがうっかりそれを口にしそうになるのも無理はない。

 執務机の向こうにあった大きな椅子がくるりと回ってこちらを向くと、そこにはどう贔屓目に見ても五歳ほどにしか見えない幼女が可愛らしく足を組み、やや横柄な態度で座っていたのだ。机の下に隠れぬよう座面を上げる目的で尻の下に敷かれたクッションは何枚あるのか見当もつかない。


「よいよい、いつもその反応が見たくて背を向けておるんだ。素直に驚いてくれて構わんぞ」

「すみませんロロポッカさん」


「ロロでよい。余計な会話を省くため言えば、ワシはエルフとドワーフのハーフだ。この体はドワーフの女性特有のもの。だがこれで存外気に入っておる。はっはっは」


 確かに、薄いブラウンの髪からはエルフ特有の長い耳が飛び出していて、瞳も深い緑色。彼女からエレナやエレノア同様の雰囲気を感じたのはそのせいか。


「さて、ここでの君達の立場だがな……まあ、普通の一般生徒として過ごしてほしい」

「はあ……」


 この辺りはシルヴィア王女に聞いた話と同じだな。俺達がS級冒険者であることに関しては出来うる限り隠蔽し、王国や帝国ならびに学校関係者には箝口令を出してそれを守らせる。


「まあ、一部の生徒は独自の情報網で把握しておるようだが、そいつらも何らかの目的がなければ不用意に情報を漏らしはすまい。情報は時に金よりも大きな価値を持つからの」

「しかし、普通に過ごせとは……。わざわざ招待しておいて、それで学園側に何かメリットがあるんですか?」


「ふっふっふ。まだまだ青いなシンリよ。きっかけは銀麗の姫君とカステール商会のボンボンとのいざこざらしいが、まあ、そんな事はどうでもいい。今日会って、情報に偽りがない事を確信した!シンリ、いや他の三名も並々ならぬ力を秘めておるようじゃ。これほどの者達をこの学園という箱庭に放り込めば、いかなる化学反応が生まれようか……。想像するだけでゾクゾクするであろう!」

「化学反応……」


「ほほう、興味があるなら今度じっくり話してやらん事もないぞ。古の文献に書かれたものじゃが、精霊や魔力に頼らない、物質そのものの特性で発生する変化の事らしいぞ。今は時間がないので続きは今度ゆっくりとな」

「ええ」


 まさかこの世界で、化学反応などという言葉を聞くとは思ってもみなかった。ここはいわば魔法や剣のファンタジー的な世界。その古い文献に化学の文字が出てくるとはな……。


「失礼します。新入生を迎えに参りました」

「おお、迎えが来たようだの。シンリよ……ここでは普通に他人と接してみよ。教えられる事があれば教えてくれるのもよかろうし、逆にシンリの知らぬ事も多くあろう。ここは、学ぶ場所じゃ。お前が多くを学び、また他人と接する事が、より多くの者達の大きな進歩に繋がるとワシは思っておるよ。楽しむことじゃ、学園生活をの」


 扉の前に迎えの教師が来ると、ロロは俺達にそう言って笑いかけた。



「さて、ステインよ」

「はい、ネザーランデ様」


 俺達が教室に向かった後の学園長室。扉に向かってロロがそう呼びかけると、扉を抜けて一人の男が入って来て執務机の前の床に片膝をつき頭を下げる。


「ふん。相変わらずロロ様とは言うてくれんのだな。頑固な奴らめ」

「我らは、ネザーランデの名にのみ忠誠を誓う者なれば」


「管理者とはいえ、ワシは仮初めの主人であると言いたいようじゃな。まあいい、して首尾は?」

「複数の密偵が極秘裏に市街区に侵入しましたが、大多数は丁重にご退場いただきました。学園内への侵入は不可能。ですが一部の職員に彼等と接触した痕跡がみられますので、監視対象に追加しました」


「餌に釣られて尻尾を出した間抜けがおったか。初代様の御身は変わりないであろうな?」

「もちろんでございます。ただ……」


「何じゃ?言うてみよ」

「昨日、『眠り姫』に僅かな波動の乱れが観測されたとの報告がありました」


「なんと!あれは壊れてもう目覚めぬのではなかったのかっ?そんな記述は見た事がないぞ」

「不明です。現在、観測魔道具の故障も視野に入れ原因を調査中です。今はそれ以上申し上げようがありません」


「昨日と言えばシンリ達の到着……まさかな。わかった。引き続き原因究明に努め、何か解ればすぐに報告を持て。第二のアオイ湾を作るわけにはいかんからな……」

「はっ、ネザーランデ様の仰せのままに」


 そう言って男は退室していった。

 くるりと椅子の向きを変え、窓の外を見つめるロロ。


「……餌が規格外なら、釣れる魚も規格外か。かからんでいい魚は刺激せんでくれんかのうシンリよ。いや、あれは例えるなら海自体か……」






「他人と接してみよ……か。確かに仲間以外と積極的に関わることを避けてきたけど……」


 眼下で俺に撫でられながら、気持ちよさそうに身を任せているヴェロニカ。

 思い起こせば、冥府の森を出てからというもの、こちらから積極的に関わらずとも多くの人々と様々な関係を築いてきた気がする。それらは、すでに赤の他人と割り切るには近くに感じすぎる存在……。

 世界で生きていくというのは、きっとこういう事なんだろう。そして師匠、アストレイアが俺に期限を決めてまで森を出るよう勧めたのも、案外こうなる事を見越してだったのかもしれない……。


「お腹が空いただろう。もう昼だし、食堂に行こうか」

「うん。でも汗をかいたから水を浴びたい」


 そういえば俺も土煙のせいで砂まみれだな。俺とヴェロニカは訓練場内に設けられた水浴び用の施設に入っていった。

 そこは言うなればシャワー室。木の板で区切られたスペースの背後は布製のカーテンで隠せるようになっており、魔法動力と配管で流れてきた水が頭上の木桶の取っ手を引くことで、小さな穴から流れ出るようになっているのだ。


『きゃあぁーえっちぃ!』

「……冗談は止めてくれゲルンスト。成仏させるぞ」


 カーテンを開けて個室に入ると、お約束のラッキースケベではなく、ど変態な幽霊執事が胸から下にタオルを巻きつけただけの姿で立っていた。


『ははは、ヴェロニカでなくてすまないね。でも見てくれ、私が自身の意思である程度外見をこうして変えられるのは、君がヴェロニカの魔力を増加させてくれたからに他ならない。感謝しているよ、ありがとう』


 そう言って俺と立ち位置を入れ替わりながら、彼はいつもの執事服姿へと瞬時に衣装を変えてみせる。

 聞けば、自身は死者のため魔力を作り出すことが出来ないが、潤沢な魔力供給が受けられるようになれば彼自身が生前に身につけた術までもを行使出来るようにさえなるらしい。

 ヤバい、本当に『死者の書(ネクロノミコン)』見たくなってきたかも……。


 その後水浴びを済ませた俺達は、シズカ達が待っているであろう食堂へと急いだ。


「お兄ちゃん!」


 そんな俺達を背後から呼び止める声。……って、お兄ちゃん?


「ほ、本当に、本当にシンリお兄ちゃんだ……」

「き、君は!……」




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