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白い屍姫

「先生……あの、これはいったい?」


 同じ魔法科で学ぶ生徒達に挨拶を済ませ、俺の席だという一番後ろの席に座ったのだが……。


「んー、気に入られちゃったのね。まあ、気にしないで」

「いや、気にしましょうよ」


 席に着いた俺の膝の上には、何も言わずにいきなり一人の少女がちょこんと腰掛けてきている。

 病的なほどに白い肌に深く綺麗な青い瞳。そして伸びすぎて地面に着いている純白の髪。


『膝の上に感じる少女の柔らかさと、彼女からほのかに香る甘い匂いに、理性の歯止めが効かなっくなった少年はおもわず彼女を押し倒し……』


 しかも、隣には半透明の執事がいて、何やらブツブツとおかしなことを呟きながらにやけてるし……。


「うん。彼はもう私の色香にメロメロ。これで子作りは成功したも同然……」


 突然、俺だけに聞こえる程度の小さな声で膝の上の少女が呟いた。しかし、過激な内容とは裏腹に無機質で何の感情も感じられない平坦な話し方だ。ってか、子作りって、おいおいおい。


『初めてなんだ。優しくしてあげておくれ』


 いや、だからそこの幽霊執事、お前は一体なんなんだ。なんで教室の生徒は彼を見て騒がない……。

 他の生徒も先生もチラチラと俺と膝の上の少女を気にする素振りはあるものの、半透明の幽霊執事については全く見えないのか、そちらに視線を送る者は一人もいない。

 そんな事ばかりを考えていたために授業の内容など全く頭に入らないまま午前の授業は終わり、昼食時となった。


「で、なんですのその馴れ馴れしい娘は!妙な霊体まで連れて……」

「やっぱり、シズカ達には見えるんだな」


 昼食を摂るために学園内に三ヶ所ある食堂の一つに集まり、シズカ達と一緒に食事をする。もちろん、白い髪の少女も俺のマントの端をつまんだままついてきて、まるで親鳥から餌をもらう雛鳥のように俺の膝の上でアーンとその小さな口を開け、俺が食事を口に運ぶまでじっと待っている。


『ああ、なんて可愛らしいそのお口。少年はたまらずその口に自らの唇を重ね……』


 そして相変わらず、例の幽霊執事もセットで付いて来たのだが、どうやらシズカ達には俺と同じように見えているらしい。


「まあ、ダンディな見た目だけど、この霊さっきから言ってることが変態じみていて……」

「お兄様……ダンディって……」

「シンリ様、不帰の森で見慣れているからいいんですが、あまり食事時に見たい顔じゃないですね」

ブルブルブル……。


 みんなの話をまとめると、ボロボロの執事服を着た中ば白骨化した腐乱死体の姿に見えるらしい。だけど、俺の目には彼女とお揃いの色の肩まである白髪を後ろに流した三十代くらいの男性で、着ている黒い執事服は清潔で仕立てもよく、何より凛々しい切れ長の目をしたなかなかの美形の男性に見えているのだ。


『何を見惚れているんだい。私にそっちの趣味はないからねえ。それよりも可愛いお口が催促しているよ。早く君の(食事)を入れてあげたまえ』


 そんな事を考えながら見ていると、変態幽霊執事に変態な誤解をされてしまった……。

 散々食事を催促しすっかり満腹になった少女は、そのまま器用に体の向きを変えると、まだ食事中の俺の胸に頭を預けて眠ってしまう。


「何だか……誰も近づいてきませんわね」


 少女の行動をムッとしながら見ていたシズカが、俺達がいるテーブルの周囲に空席が多い事に気がついた。遠巻きに座る生徒達もこちらに背を向けながら食事を摂っている。


「魔力が高かったり、ある程度の霊感的なものが備わっている者には、この幽霊執事の姿が見えているのかも知れないな」

「確かに、その腐乱死体を見ながらでは、食欲は湧きませんものね」


 トレーに乗せてきた大量の食事をすっかり平らげたシズカが言うと説得力がないが、本当にそう見えているのなら気持ちもわかるな……。

 俺は胸の中で眠る少女の可愛らしい寝顔をじっと見つめていた。


『そして、たまらなくなった僕は眠ったままの彼女の衣服を脱がせ、その柔肌にそっと触れる。ほんのりと膨らみかけた胸の……』

「さて、教室に戻らないとな……」


 うん、この変態幽霊執事は相手にしないのが一番だ。俺は彼女を起こさないよう優しく抱き上げたまま、午後の授業が始まる教室へと戻った。


『抱き上げた手から伝わる少女のお尻の柔らかな感触に……』


 まだ言ってる……。


「うわっ、あれ白い屍姫(しかばねひめ)だぜ!」

「げ、まじかよ。誰だよ抱いているの、見たことねえ奴だがご愁傷様。きっと祟られるんだぜ」

「うげ、気持ち悪い。屍姫を抱きかかえるなんて、もう祟られてるんじゃねえの」


 廊下を進むと、嫌でも聞こえてくる陰口。


「白い屍姫ねえ……でも気持ち悪いは言い過ぎだな。確かに変わっているけど、こんなに可愛いのに……」

「……私が、可愛い……?」


 何気なく俺が呟いた言葉に眠っているとばかり思っていた少女が、相変わらずの平坦な口調で答える。


「ああ、どういう意図があっての行動なのかわからないけど、正直に君は可愛いと思うよ」

「……ヴェロニカ・ホッフェンハイム」


「君の名前かいヴェロニカ?」

「そう。こっちはゲルンスト・ホッフェンハイム」


 そう言って彼女は俺の隣に立つ幽霊執事を指差した。それを受け丁寧なお辞儀をする変態幽霊執事改め、ゲルンスト。


「ん、同じ名字?」

「うん。ゲルンストは曾曾おじい様だから」


 そこまで言うと彼女はぴょんと俺の腕の中から離れて地面に降りた。


「今日は楽しかった。疲れたので早退します。またねシンリ」


 彼女は、そのままゲルンストに手を引かれて帰っていく。相変わらず平坦な話し方だったけど、最後に彼女の口元がほんの僅かに微笑んでいるように見えた。






「さっきはごめんなさいねシンリさん。まさかヴェロニカさんが他人と親しくするなんて思いもしなかったから」


 午後の授業が始まる前、教室に入ってきた先生はヴェロニカが早退した事を知ると放置してしまった件について詫び、簡単な事情を話してくれた。

 それによれば、彼女の家系は代々続く『死霊術師(ネクロマンサー)』であるという。その家では伝統として、物心付くと最初の持ち霊に邪念や害意がなくて使役しやすい先祖の霊を持たされるのだとか。高い実力を持つ死霊術師(ネクロマンサー)ならば持ち霊をまるで実体があるように付き従わせる事が出来、その姿も生前の最も良い状態に維持する事が出来るらしい。

 未だ能力の未熟なヴェロニカは付き従わせるだけで精一杯で、その姿を変化させて維持する事はまだ出来ないのだ。

 ここは魔法科。その為、どうしても大半の生徒がゲルンストが見えてしまう。苦肉の策として教室内にいる間は、先生が『不可視』の魔法をかけて生徒にゲルンストが見えないようにしているらしい。

 って、あれ。俺は普通に見えたな……先生のレベルの『不可視』では、俺の目は誤魔化せないという事か。

 人と全く接することをせず、休みがちなヴェロニカはクラスでもすっかり浮いた存在になっているようだ。


 その後の午後の授業は午前とは違った意味で耳に入らず、俺の頭にはずっと早退したヴェロニカの顔が焼き付いて離れなかった……。


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