初登校
「これがデジマール商国連合か……」
シルビアが用意してくれた、各所に銀色の飾りの付いた飛竜の背に乗って飛ぶこと二時間あまり。
帝国の領土を抜けた先にコクラ山とタラ山という双子のようにそっくりな二つの山が並んでそびえている。その両山の山肌の西側全てから、中心にぽっかりと円形に開けた入海、アオイ湾へと至る扇形の土地がデジマール商国連合の全国土である。アオイ湾周辺部分以外は、全ての建造物が山肌に張り付くようにして建てられており、実に国内の道の七割近くが坂道になっている為、通称坂の国と呼ばれることもあるそうだ。
「お兄様、何かのお祭りかしら?」
俺達の乗る飛竜が山に沿いアオイ湾を目指して徐々に高度を下げ始めると、炎系魔法のアレンジと思われる色とりどりの火球が、アオイ湾の中心に浮島のように作られた施設からまるで花火のように打ち上げられる。その光と破裂音が収まると、今度は賑やかな楽器の演奏が始まった。
「あれは、杯に鈴蘭の紋章……まさか」
演奏とたくさんの人で賑わう眼下の広場の中心に敷かれた銀色の敷物には、見覚えのある紋章が描かれている。ホーリーヒル王国の王家クローダス家のシンボル『大杯』とシルヴィア王女が好んで用いる『鈴蘭』。これらを組み合わせたこの紋章を、俺はシルヴィアが持ってくる公式な書面などでよく目にしていたのだ。
間違いなく、飛竜はその中心付近を目指して降下を続けている。俺達をここに送り込んだのはシルヴィア王女……だとすれば答えは一つだ。
「冗談じゃない!あんな場所に降りられるか、俺は降りさせてもらうぞ」
「し、シンリ様、しかし式典が!」
「キミに任せるよ。じゃあ、送ってくれてありがとう」
「ああ、シンリ様!あっ、皆さんまで!まだ地上まで距離があります、危険ですよ!」
あんな場所に降りて晒し者になるのはごめんだ。未だ地上までは百メートル以上の距離があったのだが、慌てる飛竜使いの男性を残し、俺達は躊躇する事なく飛竜から眼下に見える浮島の一部に向けて飛び降りた。空中でツバキを抱いてそのままふわりと着地し、続いて落ちてきたアイリを受け止める。
「お兄様ぁぁぁーっ!」
さらに続いてシズカが落ちてきたのだが……うん。ここは空気を読むべきか。
「へぶっ!」
アイリ達二人を抱いたまま俺はさっとその場を避け、シズカは見事に頭から地面に激突した。
シュウシュウと再生時特有の煙のようなものを出しながら、顔を上げたシズカは複雑な表情で俺を見る。
「さ、流石ですわお兄様……」
『マスター!…………否、照合データ不足。これまで通り睡眠状態を維持します……』
「それにしても、すごいところだな」
煉瓦や石、そして見慣れぬ金属などで作られたこの施設こそ俺達がこれから通うことになる『ネザーランデ総合学園』だ。アオイ湾に突き出た橋の先に浮島のようにして作られたそこには、学園の他にも寮などが立ち並ぶ居住区やちょっとした商店街もあり、まるで一つの都市のようになっている。
商店や行き交う人達に話を聞きながら進むと、俺達がこれから住むことになる『銀麗寮』はすぐに見つかった。ここには、主にホーリーヒル王国からこの学園に来た者達が寝泊まりしていて、かのシルヴィア王女も在学中はここで生活をしたらしい。
「おや、入寮希望者かい?」
入り口の門の前で立っている俺達に随分と恰幅のいい年配の女性が話しかける。両手には野菜や食料品の入った大きな袋を抱えているので、ここの寮の人なんだろう。俺達が入り口を塞いで邪魔をしてしまったようだ。
「すみません。初めまして。今日からこの寮でお世話になるシンリと言います」
「シンリ……ああ!あんた達が姫さんのお気に入りだって子達だね。話は聞いてるよ。でも、式典があるから到着は夕方になるはずだったろう?」
「ああ、その式典なら…………」
俺は彼女に、あんな式典は恥ずかしいので途中で飛竜から飛び降りてまっすぐこちらに来たのだと説明した。
「あっはっは!やっぱり面白いねえ、あの姫さんがご執心なのも納得だよ!あたしゃこの寮で寮母やってるジョージーナってんだ。呼びにくいからジョーって呼んどくれ!なんなら母ちゃんって呼んでくれても構わないよ!あっはっはっは」
「よろしくジョー。こっちがシズカ、アイリ、ツバキです。しばらくお世話になります」
やっぱりここでも出たよ、身内呼び……。王国で流行っていることなのかな。確かに帝国ではそんな事なかった気が……。
その後、ジョーに部屋を教えてもらい各自にその部屋の鍵が渡された。
部屋で荷物の整理を済ませ、俺の部屋で集まってくつろいでいると、にわかに階下が賑やかになりぞろぞろと制服姿の多くの者達が寮に入ってきた。
「ななな……なんて事してくれたんですかあなた達はぁっ!」
けたたましくノックされたドアを開けると、怒りに肩を震わせた一人の女性が立っており開口一番怒鳴りつけられる。なんでも、彼女はここの寮長を務める王国出身者のまとめ役。憧れのシルヴィア王女から、手紙で俺達を歓待するよう頼まれたので、あちこちに掛け合って最高の歓迎式典になるよう準備を行ってきたのだという。
そこに、誰も乗ってない飛竜が到着したとは……。これは、すまない事をしてしまったかな。ってかシズカ、笑い過ぎだ……。
その後一時間近く彼女から説教を受け、夕方からは一階の食堂でジョーの用意したもてなしの料理を食べながら王国出身の生徒達と挨拶を交わし交流を深めた。
「うふふふ。お似合いですわお兄様」
翌朝、今日からの登校に備え準備された制服に袖を通す。基本はシャツにジャケット。男子はズボン。女子はスカートだ。
ただし各学科ごとに特徴があり、アイリ達戦士科の学生は女子も普通のスカートではなく膝上までのキュロットになっている。そして魔法科の俺はというと、ジャケットの上からフード付きのマントを羽織らせられている。
もちろんフードを被ってはいないが、シズカ達がその新鮮さに顔を綻ばせているのはその配色。
白いシャツに青いリボンもしくはタイ。各所に紺色の生地でアクセントをつけた白いズボンに白いジャケット。纏うマントも濃紺だ。
「黒くないシンリ様なんて初めてです!アイリ見惚れちゃいますぅ!」
コクコク!
うちのパーティは基本的に黒がイメージカラーなので、全く黒色の入ってない衣装を身に付けることなど皆無だった。そう言われれば、確かにこんな衣装の仲間達もまた新鮮でいいものだ。
その後、ツバキは長い髪をポニーテールにまとめ。何アントワネットだ、というような巻き髪にしようとしたシズカの髪は全力でいつものツインテールに戻させた。
「準備はいいか?学園長に挨拶に行く。少し早いが出かけるぞ!」
部屋がノックされ、昨日の寮長の女性が声をかける。今日は登校初日、学園までは彼女が案内をしてくれるらしい。
高い塀に囲われた学園部分。その門の前まで来ると頑丈そうな金属製の門の両側には大きな目の形の装飾が付いていた。
「普通科所属レジーナ・ローランド。新入生のシンリ、シズカ、アイリ、ツバキが同行しています」
『認証完了。ようこそネザーランデへ』
彼女、レジーナがそう言うと装飾だと思っていた両目が開き、平坦でどこか機械じみた声がそれに答えた。
「この学園には関係者しか入ることが出来ないわ。明日からはあなた達もご自分で認証を受けてお通りなさい」
そう言ってレジーナは未だ開いてはいない門に向かって歩を進める。そしてその姿は門に溶け込むように消えた。
「なんだこれは……」
不思議に思って手を差し出すと、その手は頑丈そうな門の扉に触れることなくスーッとそのまますり抜ける。全員がさっきのレジーナを真似てそのまま歩いていくと、何の抵抗もなく身体は門の内側に入っていた。
「わかったでしょ。認証されない者はこうして通り抜けることが出来ないのよ。それより学園長が待っているわ、急ぎましょう」
「はあ……」
この学園は、この世界のどことも根本的な何かが違う。そんな思いを抱きながらも、俺達は彼女に急かされるまま学園長の元へと向かった。




