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留学の準備

「まったく、とんだお姫様だよお前さんは。今度は何を企んでやがるんだか……」


 留学について一通りの説明を聞いたシンリが帰っていった後の本部長室では、我慢し切れなかったとばかりにダレウスが笑いながらシルビアに詰め寄っていた。


「あら、人聞きが悪い。私はシンリさん達にとって得るものが多いと判断しただけですよ。それに学園からお誘いが来たのは本当の事なんですから」


 テーブルの上の空になったカップをトレーに乗せながら、表情一つ変えないシルビアがそれに答える。


「ふん!それが例の賭けの景品なんだろうが」

「あら、バレました?まあ帝都で血生臭い内乱を鎮めてくれたシンリさん達に争いのない場所でのんびり交流を深めてもらおうと思っただけですよ」


 シルビアは先日、デジマール商国連合に於いて大きな権力を持つカステール家の次男ザビエル・カステールと賭けをしていた。賭けの対象は帝国の存亡という、彼女の本来の立場からすればとても危険なものであったが、結果としてシンリ達の手により帝国は守られ賭けは彼女の勝ちとなった。


「そうかぁ?オレには自慢のおもちゃを友達に見せびらかそうとしているようにも思えるんだが……王国から(・・・・)あいつらが留学に行くって部分が重要なんじゃねぇのかい?」

「確かに、彼は何もかもが規格外。目立ちはするでしょうね……。でも、それは少々考え過ぎというものですよ金剛さん」


 そう言ってクスリと笑ったシルビアはトレーを持って本部長室を出ていった。


「ちっ、相変わらず腹の読めねえ姫さんだよ。だが……今度の賭けは少々危険かもな……」


 そう室内でダレウスが呟くと、廊下で閉じた扉にもたれかかっていたシルビアがそれに応えるように小さく呟いた。


「……ふふふ、勝てない賭けはしませんよ。でも、彼にはもっと頑張ってもらって、お父様にも……」


 そう呟いた彼女はほのかに頬を染めながらその場を立ち去っていった。

 そんな思惑など知る由もないシンリは、シズカが取りそうなリアクションを想像して苦笑いを浮かべながら、仲間に留学の件を相談すべく屋敷までの道のりをのんびりと歩いて帰っていく……。






「学園編キタァァァァァーッ!」


 やっぱりか……テンプレ展開大好きなシズカは俺の口から留学の一言が出た途端、テンションMAXでこの有り様だ。他の仲間達には、いまいちその学園というものが何なのかわからないようで、シズカの反応を不思議そうに見つめている。


「シンリ様、シズカさんは随分喜んでおられるみたいですが学園って何なのでしょう?」

「アイリ達には馴染みがないだろうが、俺が以前いた場所では子供達がその年齢ごとに集まって様々な事を教えてもらう場所があったんだ」


「つまり年齢に応じた修練所があったわけですね!それが主君の強さの根本にあると……」


 ガブリエラ、きっとお前が考えている剣の修練所みたいな風景とは違うぞ。剣道の授業くらいあったけど、そんなストイックな雰囲気一切ないから。

 だが実際のところ、俺はこの世界の学園というものを知らないんだよなあ。


「同年代の子……苦手……なの」

「ナーサ……」


 確かに、魔物と親しくしていたことで周囲の子供達から、罵倒され石を投げつけられたりした過去のあるナーサには、少々きついかも知れない。


「某も母上様達の護衛のため、ここに残る事にしましょう。お喚びくださればいつでも主君の下へは行けますから」


 ガブリエラはそう言って扉のところに立つセイラと庭に積み上げられた大きな木箱を見つめている。

 これは昨日、帝国の宰相ボルティモアからいきなり飛竜便で送られてきたものだ。

 彼らしい、実に全五十六枚にも及ぶ長すぎるお礼の手紙と共に、今出来る最大限の感謝という名の金品や美術品、貴重な武具、素材、工芸品などが大きな木箱で十二箱。

 試しに開けた箱に詰まっていた金貨を見て、セイラが卒倒したのも無理はない。

 屋敷の中にそれらをしまえる場所があるわけもなく、また魔眼に収納し俺がそんな財宝を常に持ち歩くのも嫌だったので、今屋敷の地下ではニャッシュビルから来てもらった数人のケットシーの技術者達が、急ピッチで地下室を作ってくれている。

 完成するまでは箱のまま無造作に庭に積み上げて放置しているので、セイラは不安で落ち着かないのだ。彼女に安心して生活してもらう為にも、ガブリエラが残ってくれるのはありがたい。


「じゃあ、行くのは俺とシズカ。それにアイリとツバキの四名か。後はそう、学科を決めるんだったか……」

「ガッカーってにゃんの話しにゃ?」


 技術者達に混じって、どうしてもついて来たいと聞かなかったチロルが同行している。もちろん屋敷の外に出すわけにはいかないが、迷宮で仲良くなった仲間達に加えセイラやオニキスともすっかり親しくなっており、ニャッシュビルの外の世界をすっかり満喫しているようだ。


「ガッカーじゃない、学科だ。だけどチロルはお留守番な」

「いいのにゃ、にゃーさやおにゃきすと遊ぶのにゃん」


 物怖じせず人懐こいチロルは、ナーサと何故かよく気が合うようだ。チロルがいればナーサも寂しい思いはしなくてすむかな。


 それから学科についてシルビアに聞いた話を説明すると、シズカは貴族達上流階級や王族などが多くて一般教養と交流を深めるのが目的の『普通科』。

 アイリとツバキは、未来の騎士や武芸に秀でた者が集まり、互いに研鑽を積むという『戦士科』。

 俺はというと、何故かシルビアにより強制的に決められていた『魔法科』である。ツバキは俺と一緒の科に入りたがったのだが学科の内容を聞いて、自分にはどうしても無理だと泣く泣く諦めた。


「でもあれね。シンリったら一瞬であちこち飛んで来ちゃうんだから。あんまり旅立ちがしんみりしないわね。うふふ」


 そう言ってセイラが楽しそうに笑っている。

 確かに、俺は帝都にいる時もちょくちょく転移して屋敷に帰っていた。仲間を同行させた時もあるし、逆にこっそりセイラ達を連れていきジャンヌの屋敷を見せた事もある。

 つまり、行きがけだけ案内してもらえれば、その学園との間も一瞬で行き来出来るのだ。


「そうだね。俺も母さん達に寂しい思いをさせなくて済むから、安心して出かけられるよ」

「シンリお兄ちゃん、オニキスも大きくなったら、がくえん行ける?」


 オニキスの何気ない言葉……。確かに、この世界の人は限られたごく一部の者しかそこへは通えない。誰か別に作ろうという発想にならなかったのだろうか。


「そうだね。オニキスも行けるように頑張らなきゃね」


 今はこれしか答えようがない。しかし、もし彼女が強くそれを望むなら、どうにかして叶えてあげたいものだ。




 デジマールへの出発は一週間後。

 それまでには、留学希望者の申請と学科希望届けの提出。学園では身分の違いや貧富の差などを外見で差別されぬよう全員同じ制服で過ごす事を義務付けられている為、その制服作成の為の採寸など、様々な準備に追われる日々を過ごした。

 そして、あっという間に前日の夜を迎える。


「今度は学園だってさミスティ……」

{うふふ。ほんとシンリといると退屈しないわぁ}


「俺達の手は少なくない血で汚れてしまっている。そんな俺達が行ってもいいのかな?」

{シンリが前にいた世界ってのがどんな場所だったのかは知らないわ。でもこの世界は、そういうことを避けられない場合も多いのよ。誰もが望まなくても、それとは常に背中合わせ。全く関わらずに一生を終えられる人なんて、ほとんどいない}


「……確かにそうだけど」

{シンリは自分の欲望のためにそうしたわけじゃないでしょう。貴方によって救われた者もたくさんいる。その人達が死んでた方が良かったって言うの?違うでしょ。つまりは、そういうことよ}


「そうか、そうだな。ありがとうミスティ」

{そうそう、シンリはもっと私を楽しませてくれなきゃ。くよくよするのなんて似合わないわよ!うふふふ}


 それからもしばらくミスティと話してから、俺は皆が待つベッドに向かった。

 出発はいよいよ明日の朝。その夜の留学組の面々は、期待と不安から眠れぬ夜を過ごすのであった。


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