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新たな町

 セイナン市までは順調にいけば馬車なら三日ほど。向こうの世界のような舗装路を行くわけではないので、これがかなり揺れるのだが、それにもすぐ慣れ俺達は馬車の旅を満喫していた。


「お兄様、おかしいですわね」

「そうだな……」


 道中に潜んでいる者が当然いるものと考えていた俺達は、小さな気配も見逃さぬよう馬車から一キロ圏内を常に索敵しながら進んでいる。まあ、傍目にはのんびり休んでいるようにしか見えないけどね。今、俺の頭はアイリの膝枕の上だし……。


「諦めたって事はないですか?」

「村に関しては恐らくそうだろう。だがこのまま手ぶらで終わったのでは奴等とて組織内で面目が立たないはず。せめてもの手土産に、この商隊を大規模な戦力で待ち伏せすると予想していたんだがな……」


 シイバ村を発ってすでに二日目。ここまでの距離を取ってまで網を張るとは考え難い。

 人数が多く人目につき易い為、彼等は国軍あたりが近寄らない『冥府の森』外周に潜伏するらしい。俺はミスティが言っていたあの人の『悪戯』の件をなんとなく想像してしまうんだが……。


「まあいい。襲撃がないのはいい事だ。のんびり馬車の旅を楽しむさ」


 昨日、護衛を交代制にしようと提案したのだが、例の冒険者達にすげなく断られた。ゼフからもいてくれるだけで、彼等以上に心強いと言われており食事面でも本当によくしてもらっている。


 夜間の走行は危険が多い。その為、暗くなると馬車を止めて野営する。


「今日も何もないまま日が暮れましたわね」

「そうだな……ん?」


 野営の準備を手伝っていると、俺の索敵に何かが引っかかった。数は一体だが、この気配と大きさは人間ではない。まだ距離はあるものの、ゆっくりとこちらに向かって来ているようだ。


「お兄様いかがなさいました?」


 気配の察知を切っていたシズカが急に動きを止めた俺の様子を見て問いかける。


「シィー……。八百メートルほど先に、何かいるな。恐らく魔物だ。冥府の森じゃ通用しない程度の雑魚ではあるが、護衛の冒険者達では束になっても勝てんだろう」

「いかがなさいます?闇夜はワタクシの庭も同然。すぐに捻り潰してまいりますが」


「いや、俺が行こう。彼等にも少しはやる気を見せておかないと」


 そう言って商隊から少し離れた場所にいる冒険者達を見る。食後、彼等と再び話をして今夜の夜間の見張りだけは俺達に任せてもらえる事になった。

 頃合いをみて、俺は一人で抜け出しその魔物のところへと向かう。


「あれか……」


 向かった先には、身長三メートルほどの大鬼オーガが餌を探しながら彷徨っていた。魔眼で確認しても特にレアスキルを持っているわけでもない。やはりただの雑魚だ。

 血の匂いを残すのも避けたかったので、簡単に首の骨を折って仕留め死体は魔眼に収納した。


 翌日も道程は平穏そのもの。シズカが期待した襲撃イベントなどは一切なく、夕方頃にはセイナン市の城門前に到着した。

 セイナン市は、街全体を城壁で囲ったそこそこ大きな城塞都市だ。大きな正門は馬車や馬、荷車等専用。人はその横にある通用口で一人ずつチェックを受けてから入るらしい。馬車ごとチェックを受けるゼフ一行と一旦離れ、俺達はその通用口に向かった。通用口で仮冒険者証を出すと、警護の兵士が慣れた手つきで石板のような物に翳し、それだけですんなり通ることができた。あれがハンスの言っていた確認用の魔道具なのだろう。


「シンリさん、この度は本当にありがとうございました。私がお役に立てることがありましたらいつでも店をお訪ね下さいね」


 門の内側で落ち合ったゼフはそう言ってお礼を述べた後、自分の店の場所とギルドそしてオススメの宿を教えてくれた。ギルドへの報告を済ませてから店に戻るというゼフ達と別れ俺達は早速その宿を目指すことにする。

 ゼフが勧めてくれたのは門から少し歩いた所にある『麦の香亭』。三階建ての建物で一階はパン屋兼食堂になっているようだ。

 食堂部分の入り口がそのまま宿の入り口にもなっているようなので、夕食時で賑わう店の中を奥にあるカウンターまで進んでいく。


「いらっしゃいませー!」


 カウンターの前まで来ると、エプロンと三角巾を付けた小さな少女が出迎えてくれた。その少女に宿を借りたいと言うと、今夜は二人部屋ひとつだけしか空いてないらしい。目の肥えていそうなゼフのおすすめだけあって、人気があるのだろう。それに先ほど通った時に見えた料理はどれもかなり美味しそうである。俺達は迷わずその部屋を借りる事にした。

 宿代は前払いで銀貨三枚。

 この国の通貨は、金貨に銀貨それに銅貨といった小説やラノベなどでおなじみのものだ。価値は単純に銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨が十枚なら金貨一枚だから、金貨が一万円銀貨が千円銅貨が百円といったところか。


「お兄様ツインが素泊り三千円なら、まあ良心的ですわね」

「せんえん?」

「いや、なんでもない。とりあえず十日ほどいいかな」


 シズカの発言にきょとんとする少女に、金貨を三枚渡して部屋の鍵を受け取り、俺達は教えられた部屋へと向かった。

 部屋は三階の角部屋。六畳ほどの広さで窓が二つあり、ベッドが二つ並んでいる。後は小さなテーブルが申し訳程度にあるだけのシンプルなものだ。だが、掃除が行き届いており清潔感があるのは好感が持てる。

 その部屋に荷物、と言ってもダミーのリュックだけだが、それを置いて下の食堂に向かった。


 食堂には、さっきの少女の母親らしき女性が給仕をしながら忙しそうに動き回っている。らしき(・・・)と言うのは顔が少女によく似ていたからなのだが、なにせ大きい。身長は二メートル近くあり女性ながら筋骨隆々。まるで、何かの神拳でも使えそうだ。あの少女もいずれこうなるんだろうか……。


「あんた達こっち空いてるよ!さあおいで!」


 俺達を見つけるとその女性が手招きするので勧められたテーブルに着いた。


「泊まりのお客さん達だね。あたしゃアンナロッテってんだ、アンナって呼んどくれ!なんなら特別にお母さんって呼んでくれたって構わないんだけどねぇ。あっはっは」


 なんだか似たような事を、つい最近言われた気がしたが……。この世界の流行りなんだろうか。うん、気にしない事にしよう。


「泊まりなら銅貨五枚の日替わりがおすすめだよ!他にはカウンターの上に書いてあるから好きなの頼んどくれ。一品でも頼めばウチのパンは食べ放題さ!」


 確かにカウンターの上には木の板に様々な料理の名が書かれている。とりあえず今日は、アンナおすすめの定食を三人分頼んでみた。運ばれてきたのはクリームシチューのようなもの、サラダ、それに何かの肉を煮込んだ小鉢。どれももちろん美味しかったのだが、そこは流石に本職のパン屋だ。料理と一緒に運ばれてきたバスケットいっぱいの数種類のパンはどれも絶品で、俺達はあっという間にバスケットを空にした。


 風呂は無いらしく、井戸から汲んできた水を衝立で隠された簡易スペースで浴びるだけのようだ。俺達はそこでミスティにシャワーを頼んで身体を洗い、部屋に戻った。


「この街でなら馬車が買えそうだな。あとマジックバッグも必要だ」

「確かに、いつまでもリュックでは誤魔化せないでしょうから必要ですわね」


 マジックバッグというのは、見た目の容量以上に大量の物資を収納出来る特殊な鞄である。


「もちろんアイリの武器、装備も揃えなきゃな」

「はい!ありがとうございますシンリ様!」


「お兄様、冒険者の定番。薬草からスライム、そしてゴブリンへのテンプレもお忘れなく!」

「いや……それは別にいいかな」


 新たな町での、これからの出来事を思って夜更けまで語り合う仲間達。

 ……いやいやキミ達、ギルドカードもお忘れなく。


 

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