パレード
快晴の帝都の空に祝砲の音が鳴り響く。
暁事変の終結と揺るがない帝国の威信を内外へ向けて誇示する為に帝都の大通りでは大規模なパレードが催されていた。
ちなみに暁事変に関しては遠方から来た蛮族と『緑』を中心とした過激な勢力による反乱であると発表され、龍姫や周辺国の関与は全て公には伏せられた。狂王にすっかり踊らされた形になったそれら各国とは巨額の賠償金を支払ってもらう事で既に和解が成立している。軍事顧問ガルデンとその弟ガイウスは『緑』内部でその反乱を止めようとしたが失敗し殺害された事に。また帝都に於ける戦闘で青光将軍エドワード・ギルシュテインが戦死したとの発表は多くの国民に衝撃を与えた。
これらの一部改ざんされた情報が真実としてすんなり国民に受け入れられたのは、ひとえにシンリ達による対処が迅速にそして秘密裏に行われたからに他ならない。
すると突然、沿道からの歓声が一際大きくなり人々が押し合いざわつき始めた。そんな彼等に熱狂的に迎えられているのは魔法防壁の張られた屋根の無い豪華絢爛な馬車に乗り、そこから手を振る皇帝、皇后両陛下。この二人が公の場に姿を見せたのは実に二年ぶりの事である。この二人に関しては国民の間でも様々な憶測が飛び交っていたのだが、帝国の権威の象徴たる両名の元気な姿はそれらを一気に払拭してみせた。後続の屋根付の馬車の中には双子の侍女と共に乗るアルテイシア姫の姿も見える。彼女のお日様のようなその笑顔は沿道の民全てを自然と笑顔にさせていく。
その二台の馬車を四方で囲むようにして馬で並走して行くのは帝国の力の象徴たる将軍達。ニコラス、ミツクニ両名を前にそして後方からは冒険者を辞め家と将軍職を継ぐ決心をしたジャンヌ・ギルシュテイン新青光将軍と、歴史あるシュトラウス家の血筋を絶やさぬ為に養子に入ったオットー・シュトラウス新赤光将軍が続いている。ちなみに前将軍ガウェインは愛する者と兄弟達を弔い、また迷惑をかけた帝国国民に人生をかけて償いをしたいと言い残して旅に出ていた。
シンリ達も買い物に来たついでにこの騒ぎを聞きつけ、沿道から群衆に紛れてその様子を眺めている。その前をアルテイシアの乗った馬車がゆっくりと通り過ぎ……。
「「アルテイシア様、いかがなさいました?」」
沿道を埋め尽くす群衆に笑顔で手を振っていたアルテイシア。そんな彼女の膝の上にポツポツと落ちる涙の雫。それに気付いたアリシアとフェリシアが同時に覗きこんで見ると、彼女はまるで最愛の者に再会した乙女のような表情を浮かべて嬉しそうに微笑んでいた。その目からは止まる事のない大粒の涙を流して……。
あの日、事態の完全な終結を報告する為に再び皇城に赴いたシンリは、ボルティモアの判断により再び千年宮へと通されていた。
室内にはアルテイシアと侍女三名それにボルティモア、ミツクニの両名が既に待っていて、部屋に入ったシンリがグラナダに促されて椅子に座ると嬉しそうに駆け寄ってきたアルテイシアが、さもそこが定位置であるかのようにシンリの膝の上にちょこんと落ち着いた。
簡単な報告もそこそこにアルテイシアはシンリにこれまでの様々な冒険譚を聞かせるよう求めて聞かず、なかなか話が進まない。仕方なくシンリが改めて後日ゆっくり訪ねる約束を交わすとアルテイシアは渋々双子に連れられて奥に下がっていった。
「さて、本日シンリ殿に会議室ではなくこちらにお越しいただいたのは、今から話す内容が決してこの場の者以外に聞かれてはならないからなんです……」
そう言ってボルティモアは、両陛下の病状について語り始めた。
それはとある貴族の紹介で彼等の間で評判の『時音のおばば』と呼ばれる人気占い師を招いての茶会が開かれた日の事。しかしそこで何があったのかは正直今でも誰にも解らないのだという。というのも両陛下の受けた占いの内容はとても良く、お二人共に大層ご機嫌の様子でお茶会は終始和やかな雰囲気のまま終わり、その時点では会場に怪しい動きを見せた者も無く、両陛下の体調にも全く異変はなかったのだ。
しかし、翌朝には既に二人は起き上がる事も出来ず身体はまるで何かの結晶のように硬くなってしまっていた。
この症状に対して回復や治癒魔法は言うに及ばず祈祷やまじないの類から怪しげな魔道具までと、ありとあらゆる方法を試みたがどれも全く効果は無く。様々な文献を調べて辿り着いたのが巫女王が持つと言われる伝説の秘薬。帝国建国当初に書かれたその文献によれば、この秘薬ならば例え身体の大半が失われていようとも、とにかく生きてさえいる間にこの秘薬を飲む事が出来たならば、欠損さえも瞬時に再生しその者が最も良い時の状態へと完全に回復するらしい。
それ以降、秘密裏に暗部『黒光影団』の総力を挙げて巫女王の神域を捜索してきたのだが未だ手掛かりすら掴めず、結果国内の諜報活動が空白となった隙を突かれてしまい、それも暁事変の発生を許してしまった原因の一つとなっていた。
「シンリ殿……貴方が巫女王に認められし王の証『宝玉』をお持ちだというのは本当ですか?」
恐らくはアルテイシアにそれを聞いたが彼自身今も半信半疑、しかしそれでも藁にもすがりたい心情なのだろう。ボルティモアは心痛な面持ちでシンリに問いかけた。
正直、厄介事に関わりたくも無いしスクナピコナの件も出来るなら公にはしたくないのがシンリの本音ではあるが、多少なりともこの場の者達とは関りを持ってしまったし、何より病床にあるのはアルテイシアの両親だ。しかも今ならこの場の者だけで話を止めてくれるだろう。そう思いシンリは懐からスクナピコナに貰った勾玉を取り出して見せた。
「ま、まさか本当に……しかもこの輝きは……まさしく伝説の『宝玉』……」
そう言ったボルティモアをはじめその場にいたミツクニ、グラナダの両名もその輝きを目にして腰を抜かしそうなほど驚いている。皇帝継承の証とされる帝国の秘宝『宝玉』。大きさ形はシンリの勾玉と全く同じながら見た目は既にただの黒い石ころ同然。シンリの勾玉の輝きとは比べるべくもない。その様子が当然と思っている彼等の世代の者にとって、初代皇帝時代に書かれた記述通りのこれを目にする機会があろうとは想像だに出来ぬ事だったのだ。
これを見てしまえば最早信じる以外に道はない。シンリの前に跪き何とか巫女王に秘薬を分けてもらえるように話してほしいと深々と頭を下げる三人。
それを見て慌てて頭を上げるように頼んだシンリは、取り敢えず巫女王に聞いてみると言い残し彼等の前から転移した。




