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終結の時

 周囲を取り囲む騎士達に蠢く触手の相手をさせながらガウェインはひたすら狂王の懐に飛び込んで斬撃を浴びせ続けた。

 だが、斬られた場所からは緑の液体がぶくぶくと噴き出してすぐにその傷を塞いでいき、切断した触手もすぐに再生し生えてくる。鬼気迫る彼の攻撃、果たしてそれは狂王に効いているのか。このまま戦いが長引けば間違いなく先に体力が尽きて動けなくなるのはガウェインの方だ。先の全く見えぬこの戦いはひどく虚しいもののようにも映っていた。


「ガウェイン様!ガイウスです、ガイウスの頭部を狙ってください!」


 ひたすら猛攻を続けるガウェインの耳にオットーの声が届く。狂王から距離を置いた事で彼はガイウスの頭部がどうやら触手全てを操っているのだという事に気付いたのだ。

 確かに触手が動き始めてからは狂王自身の両腕はだらりと下がったまま動いてはいない。それどころか先ほど対峙した時のようなガルデンの強い気迫も触手が発現してからは全く感じられなくなっていた。


 オットーの助言に従いガイウスに狙いを定めたガウェインがそこを集中して攻めだすとやはり重要な部分だったのだろう、数本の触手が戻ってその頭部を守り始める。

 ここが勝負どころと踏んだガウェインの剣速はそこからさらに一段上がり、その斬撃の速さに斬られた触手の再生がだんだんと追いつかなくなっていく。やがて防御の触手が足りなくなったガイウスの頭部に遂に一瞬の隙が生まれ、それを見逃さずガウェインが渾身の一撃を加えるべく剣を上段に振りかぶった……。


「がはっ!」


 だが、口から血を吐きながら弾き飛ばされたのはガウェインの方であった。彼の胸にはガイウスの頭部の額の辺りから、新たに伸びた一本の触手が鎧の胸当てを割って刺さっている。


「ガウェイン様ぁぁっ!」


 戦いの行方を横目で見ながらガウェイン本人同様にこの勝負の勝ちを確信していたオットーの悲痛な叫びが響く。


 その戦場に突然眩い光が天から降り注いだ。

 光の中を、まるでオットーの叫び声に導かれたように一人の天使がゆっくりと降りて来て、倒れたガウェインと狂王の間に着地する。荒んだ戦場には全く不釣り合いな、まるで一枚の美しい絵画のように幻想的なその光景に戦場の誰もが目を奪われ見惚れていた。

 そんな中その天使ガブリエラが腰の鞘から剣を抜くと、同時に夥しい数の光の剣が出現し彼女の周囲を埋め尽くした。その光剣の輝きと踊るような動きに帝国軍兵士達が魅了されていたほんの僅かな時間で、あれだけ苦戦させられていた敵兵も魔物も全てはその光剣に刺し貫かれて息絶えてしまっていた。


 敵軍の将である狂王も当然その身に数本の光剣を受けており、ガイウスの頭部だったものはじゅくじゅくと溶けだして異臭の漂う緑の液体と化している。


「まさか、これがガルデン様……いや、しかしこれは……」


 巨体の面影は既に無く見るも無残に溶けだした身体、その中で人間の肌の状態で残るのは最早両腕と肩から上のみだ。そこにあるのは恐らくガルデンのものと思われる頭部。隠していた仮面が割れ晒された顔を見たオットーは驚愕のあまり思わず言葉を詰まらせた。

 養分として何もかも吸い尽くされてしまったのであろう。皺くちゃであちこちひび割れたカサカサの肌はまるで保存状態の悪いミイラのようだ。窪んでしまった眼窩の奥には生気の失われた空虚な目がまるで遠くを見つめているように見えている……。




『……母さん、母さんなんだね』


 寄生していた魔物が見せる幻影から解放されたガルデンは自分の目の前に優しく微笑む女性の姿があるのに気付き話しかけていた。


『……あの日、母さんを守れなかったような弱い帝国なんか全部滅ぼして、僕がもう誰も傷付かなくていいくらいの強い国を作ってやろうとしたんだけど……』


 当然、彼が見ている幻影である彼女はそれに応えはしない。


『……僕はいったいどこで間違ってしまったんだろう。最初は大切な誰かを守る為に強くなろうって決めたのに……』


 彼には彼女がゆっくりと両手を広げて自分に微笑んでくれているように見えている。


『……そうだね、僕はもう疲れたよ。また昔のように膝枕をしてくれるかい……』


 そう言った彼の身体は優しいその両手に抱きしめられた……。



 オットーの目の前で、砂で作った城が風に吹かれて形を失うように徐々にガルデンの身体は崩れていった。その崩壊が口元に差し掛かった時、彼にはその唇が『母さん』と言っているように動いて見えたという。


「……げほっ!がはっ、はあはあはあ……」


 ガルデンを見送っていたオットーの背後から激しくせき込む声がした。よく知るその声の主に彼は急いで駆け寄ってその肩を抱き上げる。


「閣下……よくぞ……よくぞ御無事で……」

「ああ、これのおかげだ……」


 彼に抱き上げられて上半身を起こしたガウェインは割れた鎧の胸当てに手を入れ、鞘に穴の開いた小太刀を取り出した。


「……またオレを守ってくれたのか……キサラギ……」


 彼等は戦場の誰もが見ているだろう事も忘れ抱き合って共に涙を流した。やり場のない喪失感と悲しみを互いに全て吐き出すようにそしてぶつけ合うように嗚咽を繰り返し、ただひたすらに泣き続けた……。



 冒険者ギルドを襲撃したバービーの孫ケンは襲撃に際して遠征軍に狂王自ら攻撃を仕掛けるのだとうっかり口を滑らせていた。それをアイリ経由で聞かされたシンリはガブリエラを急いで救援に向かわせたのだ。もし、彼女でも手に余る相手がいた場合には自身もその場に転移して駆け付ける手筈となっていた。

 まあ、彼女を手こずらせる程の存在などそうそういるわけもなく、道中でまずニコラス達と戦っていた小国連合軍の半数を殲滅。形勢が絶対に覆る事がないのを確認した後、こちらに駆け付けて狂王並びにその軍勢を攻撃しこれを全滅させた。


 帝都内の敵は掃討され、龍姫の軍勢はエレノアとの話し合いの末全軍が撤退。狂王と残る軍勢も全滅し、これで『暁事変』は完全に終結を迎えた事になる。

 

 戦場の各所で力を全て使い果たし起き上がれずに大の字に寝そべったままで息を整えるたくさんの帝国兵士達。彼等が見上げる空はどこまでも青く澄み切っていた。

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