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 剣を交えながらジャンヌの持つレイピアの特性を把握し、それがミドルからロングレンジに特化したものだと見抜いたエヴィは執拗に接近してショートレンジでの攻撃に徹し彼女を苦しめていた。


「くそっ、ちょこまかと……」


 細いレイピアでは刀身で受けたり払ったりすれば最悪そこから折れてしまう事もある。しかも最大の攻撃手段である刺突を繰り出すには最低でも剣の長さ以上の間合いが必要だ。ジャンヌの至近を背後背後へと回るように移動し攻撃を仕掛けてくるエヴィの動きと、それを攻めあぐねている自分自身に対して苛立ちを募らせるジャンヌ……。


「S級とはいえ、この程度なのかい?こう、ドカーンと派手な必殺技とか無いのかねぇ」

「くっ……」


 ジャンヌの苛立ちを見抜き挑発するエヴィ。当然、ジャンヌ自身もそれは考えているのだが技の発動には十分な間合いと僅かな溜めが必要だ。ギリギリで対応しているとはいえ、気配を消しながら高速で移動を繰り返し常に背後を狙ってくるエヴィに対して、とてもそんな間は作れそうにない。しかも、これはシンリ達全員に指摘された事だがジャンヌの必殺技は発動後にそれを敵に躱されたり凌がれてしまえば、逆に致命的な大きな隙を作ってしまう。


(早い、しかも鋭く正確な攻撃だ。だが……これがツバキ殿なら、攻撃が当たるまで相手に気付かせたりはしないのでは?それにガブリエラ殿の光る剣を三本相手にした時に感じた重圧は、こんなに温いものじゃなかった。木剣を二本構えたシズカ殿……いや、止めておこう。あの方を前にするとどうにも死ぬイメージしか湧いてこない……)


 戦いの最中だというのにそんな事をふと考えてしまっている自分を見て、苛立ち熱く滾る外面とは裏腹に彼女は自身の心がとても冷静であることに気が付いた。

 これも経験値の賜物だ。エヴィより遥かに上の高みにある存在達との手合わせを経験した事で、今戦っているエヴィを強者と認識しているものの、それ程恐い相手であるとは感じないのだ。

 そうやって静かなる心を持ち自らの内に意識を集中していくと突然、カチリと何かが完璧に噛み合ったような感覚が彼女の身体を駆け巡った。


 緊張感を保ちつつも余計な力みが抜け、その身体は脳内のイメージを完璧に体現する。


(身体が軽い……何だこれは……)


 背後に回っていくエヴィ。高速のその動きがはっきりと認識できる。いや、見えている。


(見える……次にどう動いてくるのかも……手に取るようにわかる)


 瞬時に大きくバックステップして背後のエヴィの、そのさらに背後に立ったジャンヌ。あまりにも早い動きは残像を残し、その残像をエヴィの短剣が掠めるとそれはぼやけて掻き消える。


(早い……いやもっとだ……今ならきっと、もっと早くだって動ける)


 ジャンヌが自らの背後に移動した事に気付いたエヴィが即座に振り返るが、その頬をジャンヌのレイピアの切っ先が掠め彼女の鮮血が僅かに舞う。


「ば、馬鹿なっ!この私に傷を付けただとぉっ!」


 自分が傷を負わされた事に異常なほどの動揺を見せたエヴィは、血の流れる頬を押さえて一旦飛びのきジャンヌから大きく距離を取った。


(これも全て……貴方に出逢えたおかげなのでしょうか……師匠!)


「はっ、いかん、この距離は……」

「もう遅い!くらえ『ロゼット咲きの青薔薇(アシュラ)繚乱(マキシマム)』!」


 自分の立ち位置に気付き、この戦いの中で初めて明らかな焦りの表情を見せるエヴィ。それも当然。自分はリーチの短い武器しか持たず、現在のこの間合いは完全にジャンヌのものだ。傷を負った事で生まれた天才の僅かな一瞬の油断、それを彼女は見逃さなかった。僅かな溜め……そして繰り出されるジャンヌ最強の必殺技。

 しかし流石は生まれながらの天才エヴィ。この攻撃に今持てる全てを注ぎ込んだジャンヌ渾身の必殺の連撃をなんと彼女は初撃から数秒、手に持つ短剣で凌いで見せたのだ。だが、絶え間なく続く刺突の威力に耐え切れず二本の短剣が砕け散ると、もう彼女に抗う術は残ってはいなかった……。


「はぁはぁはぁ……」


 突き出した両の手が見えぬほどの凄まじい刺突の連撃を放ち終わり、その反動で痛みを伴いながら軋む両腕をだらりと力なく下げたジャンヌ。その先に幾多の刺突をその身に受けたエヴィが天を仰ぎ大の字になって地に倒れている。


「な、何故だ……何故突然あれ程の動きが出来たんだ……」


 歩み寄ったジャンヌに向かい彼女は息も絶え絶えに問いかけた。


「私は、恐らくこの世界で最高の師を得た。全てはその師匠のおかげだ」


「馬鹿な……他人から何を学ぶと言うのだ……学ぶ?習う?……馬鹿馬鹿しい」


 エヴィの身体にはジャンヌの刺突による多くの傷がありその夥しい出血ではもう起き上がる事は難しい。

 それらの一撃一撃が僅かずつ急所を外れているのは彼女のスキル『蓮華』による最期の足掻きであったのだろう。だが即死だけは免れたものの、いくら急所直撃を避けたとはいえ流石にこれでは傷を負い過ぎている……。訪れる死からはもう逃れようもない。


「エヴィ。貴様は強い……もし貴様が我が師匠の教えを受けたなら、きっと歴史に名を残す剣豪となっていただろう。そんなお前と剣を交えることが出来た事にオレは心から感謝する」


「ふ、ははは。感謝されるだと……馬鹿馬鹿しい……本当に馬鹿馬鹿し……い…………」


 言葉が途切れ開いたままのエヴィの瞳が光を失うと、ジャンヌはその瞼をそっと手で閉じる。


「出来ればお前とは、友として出会いたかった……」


 そう言ってジャンヌは背を向けた。


 これで、帝都に侵入した敵戦力のほとんどが、シンリ達とジャンヌ達守備隊の活躍によって掃討された事になる。

 日付の変わった時分から発生し朝陽が昇る頃には一応の終息を迎えたこの帝都始まって以来の大きな内乱を人々は以後『暁事変』と呼んだ。これだけの大規模な敵勢力の侵入を許しながらも帝都の一般市民には全く人的被害が出なかったのはもちろんシンリ達の活躍があってこそのものなのだが、この時点で彼等の活躍を知る市民は誰一人としていなかった。

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