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天才

 後退して来ていた兵士をかき分けエヴィの前に出たジャンヌは、彼等に門まで戻るように指示すると、二本のレイピアを抜き放ち彼女の前に立ち塞がった。それを待っていたかのように足を止めたエヴィ。二人は三メートルほどの距離を置いて遂に対峙した。


「お前は確か『緑鞘刀』などと呼ばれていた筈だ。自分の剣はどうしたんだ?」


 確かに、エヴィが今手に持っているのは倒れた兵士が落としている剣を拾っただけのもの。とても二つ名が付くほどの逸品には見えはしない。


「ああ、あれはねコレのことだよ」

「貴様っ!馬鹿にしてるのか?」


 ジャンヌが怒るのも仕方がない。何故ならエヴィがコレと言って差し出したのは先ほど拾った剣を放り込んでいた緑色の袋。


「あっはっは。はじめて聞いた奴は皆同じ反応をするんだね。あの二つ名はルーンヤが考えて勝手に呼んでいたら、いつの間にか定着したものだよ。私がいつもこの袋に拾い集めた武器を入れ、それから適当に出して戦うからね。彼女はこれ自体が緑色の鞘だって言うのさ」

「適当に……だと」


「そうだよ。そもそも使う武器を絞る意味なんてありはしないだろう?」


 そう言いながらエヴィは手に持った剣を無造作に上に放り投げた。


「だってそうだろう。こんなもの……」


 クルクルと回りながら落ちてきた剣の柄がまるでタイミングを合わせたかのように、彼女が何気なく出した右手にピタッと納まる。


「こうやって持てば、どう使うのかなんて解っちゃうんだからね」


 手に持ったその剣を彼女がヒュンヒュンと二度ほど振る。その鋭さや太刀筋はそれらを極めたと言われる帝国の各将軍達にさえ決して引けをとらないであろう洗練された空気を纏っていた。


「ふざけるなっ!それ程の技量、相当な鍛錬の果てに会得したものに違いない。戯言で油断させようとはとんだ小細工を……」

「鍛錬ねえ……好きだよねそれ皆。鍛錬?努力?根性?精進?あと何だっけ日々のうんちゃらとか、積み上げてきたなんとか……とかね」


 タンッ!


 それはほんの一瞬の交錯。

 会話をしながら何気なくエヴィが地を蹴るとその姿はまるで瞬間移動したかのようにジャンヌの眼前に現れた。だが、このところ毎日のようにシンリや仲間達と剣を交えてきた彼女はある意味そんな展開に慣れている。

 咄嗟に、迫るエヴィの背後に回り込み逆に刺突を一閃……。しかし、それをさらに躱してみせたエヴィは再び元の位置へと戻る。


「へえー、コレに対応するんだ。やるねぇ」

「ふん、これこそ日々の鍛練の賜物だ!」


 そう言って今度はジャンヌが突如前に出る。その速さは先ほどのエヴィ同様、いやそれ以上……だが。


 キィィーン!


 高速で移動するジャンヌの目の前には突如エヴィの剣の切っ先が現れた。それを左手のレイピアの飾り部分で受け跳ね上げるとすかさず今度は右手のレイピアで自らの背後に向けて刺突を繰り出す……。

 背後からジャンヌに一撃を加えようとしていたエヴィは、突然襲いかかったその一撃を躱す為大きく身を仰け反らせ、そのまま回転して離れ再び距離を置いた。


「一対一でこんなに持ち堪えた相手は初めてかも知れない。自慢するといいよ……」

「そりゃどうも」


 パチパチと手を叩き茶化すようにジャンヌに賛辞を述べるエヴィ。だが、刃の欠けた剣を投げ捨て、袋から二本の短剣を取り出した彼女がそれを両手に持ち構えると、その雰囲気が一変する。


「ただし……あの世でね!」


 刹那、突然襲う死のイメージにジャンヌが思わず屈み込む。同時に彼女の首があった場所に交差する二本の短剣。

 そのまま二回ほど前転し、すぐに立ち上がって態勢を整えたジャンヌであったがその背後から再び短剣が首筋に迫る。それを当たる直前に身を引いて躱したジャンヌだったが、彼女の金色の髪が数本切られて宙に舞った。


 ジャンヌがそれらの攻撃を躱す事が出来たのは僅か十日あまりの経験値の恩恵。気配の隠蔽に長けたツバキなどとの手合わせを経て、以前とは格段に進歩した感知能力と反応速度が身についていなければ彼女の首は間違いなく初撃で落ちていた。


「これが本当に同じ人間の動きなのか……」

「おや、少しは驚いてくれたみたいだね。でも別に不思議じゃないでしょ、得物を変えたから動きが変わった。ただそれだけなんだから」


 そういとも簡単に言ってのけるエヴィ。先ほどの超一流の剣士と言っても過言ではない動きとは打って変わり、今の彼女は例えるなら超一級の暗殺者。雰囲気や気配、身のこなしなど全てが完全に変わっており、とても同一人物とは思えない。

 ステータスの鑑定を受けた事がない為、彼女自身も気付いていないのだが、実はこれは彼女が持つ超レアスキルの力なのだ。そのスキルの名は『蓮華』。『金剛』と並ぶ超絶レアスキルで力と肉体強度を極限まで高める『金剛』に対して『蓮華』は動作と技能を極限まで引き出す能力。

 つまりエヴィは剣を握れば剣士となり短剣を持てば暗殺者。弓ならば射手、槍ならば槍使いと、武器を持ち替えそこに意識を集中する事でその技能を瞬時に理解し、現在の身体能力から肉体動作を最適化してその技能の行使を可能とする。武器を持てば解ると言った彼女の発言は、決して妄言などではなく。このスキルがあるおかげで彼女はこれまで何をするにしても、一切の努力や学習をしてくる必要が全く無かったのだ。


 そしてこの『蓮華』こそ、かの剣豪『天剣』のアストレイアが有していたスキルなのである。もちろん、彼女も鑑定を受けてはいなかったのだが……。


 ともあれ如何な種類の剣や武器を使わせても、超一級の腕前を見せるエヴィには確かに『剣聖』という二つ名が相応しい。

 ジャンヌは強い。もちろんそれは彼女の持つ類稀な才能によるところもあるのだが、それ以上に彼女は超が付くほどの努力家でもある。剣士としての理想を追求し、その探求心と向上心に突き動かされて日々ひたすらに剣を振り続けてきた。それらによって現在の強さを手に入れたジャンヌはエヴィとは正反対の、いわば努力の天才と言えよう。


 正反対の天才が二人、激しく火花を散らせる戦場を屋根の上からしばらく見ていたシンリは二人の邪魔をせぬよう転移してその場を去った。

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