大空と大地と
「ハクスイ様!前方より我らに接近する飛行物体があります!」
「何だ、帝国軍の飛竜か?」
大軍勢の上空を舞う夥しい数の飛竜の群れ。その背にはそれぞれその操り手たる飛竜使いの兵士が乗っていた。余計な重量の増加を抑える為に彼等自身の装備は身軽な軽鎧だけだが飛竜の胴の両脇には弓矢や投擲武器、投石用の石などが入った袋が括り付けてある。
他の兵士よりやや作りの凝った鎧を纏った男、ハクスイはこの飛竜隊の隊長。先頭付近を飛んでいた兵士からの伝言で帝都の外壁付近から何かがこちらに接近しているとの報せをたった今受け取ったところだ。
自分も確かめようと目を凝らして前方を見ようとしたハクスイであったが、それは突然の爆炎によって遮られた。
チュドーーォォォン!
「ぐわっ、何だいったい?何が起こったぁぁっ!」
目を凝らすとその身を赤黒い炎に焼かれながら二匹の飛竜が兵士諸共落下していくのが見える。
「馬鹿な、炎耐性の高いアスラ山の飛竜だぞ!炎の魔法なんかで焼き払える筈が……」
ドゴォォォーーン!
彼の驚愕の言葉を遮るように再び起こる爆発と舞う爆炎。今度は三匹の飛竜がそれに巻き込まれ落下していく。
「なっ、あれは……」
消えゆく爆炎とその煙の向こうに、彼は見た。炎の翼で空を舞う赤黒い炎に包まれた異形の姿を……。
「鎧……馬鹿な、自らの翼で空を飛ぶ騎士とでも言うつもりか。そんな馬鹿げた者がいるわけ……」
ドッゴォォォーーン!
その炎の鎧騎士が近くの飛竜に飛びかかると再び大きな爆発が起こり、同時に舞う爆炎は周囲の飛竜をも巻き添えにする。
「くそっ!飛竜隊上昇、奴の頭を抑えて空中戦の恐ろしさを思い知らせてやれっ!」
彼の指示で炎の鎧騎士、エレノアの周囲の飛竜が一斉に上昇を始める。さらにはその周囲の他の飛竜からは無数の矢が放たれ彼女の動きを牽制した……だが。
ゴオォォゥッ!
彼女が片手を水平に振ると一瞬壁のように炎が舞い、それに触れた矢は全てその場で跡形もなく燃え尽きた。だが、この僅かな時間注意を引き付ける事こそが彼等の狙い。彼女が見上げると十数匹の飛竜が今まさに彼女に攻撃を仕掛けるべく降下を開始するところであった。
……キュイィィィィィィーーーィィィ……
「奴め、何をするつもりだっ?」
彼等飛竜使いの戦術に於いて敵の上空に位置して頭を抑える事は、位置的に優位に立ちさらには使える攻撃手段も増える絶対のアドバンテージ。それは他の飛行生物に対しても同様で、多くの飛行生物は獲物や敵が地上にいる事を想定しており、それらは身体的な部分にも色濃く反映されている。その為自らよりも上方に位置を取られると攻め手がほとんどなくなるのだ。逆に言えば下方にこそ多くの攻撃手段があるのだと言えよう。例外に漏れず当然飛竜もその範疇に在り、四肢にある鋭利な爪や強靭な顎と並んだ鋭い牙などを活かすのにも現在の状況は絶好の位置取りである。
だが、それほどの不利にあるにも拘らずエレノアはその場を動かずに自身の胸の前で両手を構えた。するとそこには甲高い収束音と共に赤黒い光球がみるみる出来、膨らんでいく。それがちょうどバスケットボールくらいの大きさに達すると彼女が両手を上方に向けて突き出し、光球はそれに押し出されるようにして……。
グワアァァァーーォォォオオンン!
鳴り響いたのは確かに咆哮。彼女が突き出した光球からは赤黒い炎の爆炎が噴き出し、それは巨大な炎龍を形作って上空の飛竜達に襲い掛かった。薙ぎ払い、噛み千切り、弾き飛ばす……。屈強な飛竜達をまるで宙に舞う落ち葉でも叩き落すかのように圧倒的な火力と力で蹂躙すると、その炎龍はそのまま上空に抜け、そして消えた。
「あれほどの数の飛竜がたった一撃で……。魔法……いや、あり得んだろこんな……」
エレノアが上方の飛竜を殲滅したその一撃。そのあまりに規格外の破壊力に驚愕するハクスイの遥か後方の地上では、放たれた矢のように地上を駆けていくプリシラが今まさに三万の軍勢と接触するところであった。
「魔物だっ!魔物が出たぞー!」
「アンデッドだ!首がない、ゾンビかっ?」
「とにかく化け物だっ!化け物が出たぞっ!」
帝都を囲う城壁は高く、その上部から飛び降りたプリシラの頭部があっさりと取れて身体に置いて行かれたのは、まあ当然と言えば当然である。そして首のない少女の身体が異常な速さで自軍に向かって迫って来れば、如何な屈強な兵士と言えど一種の混乱状態に陥ってしまうのは仕方のない事だ。彼等の多くは当分この光景の悪夢に魘される事だろう……。
そんな彼女の頭部はというとリボンを付けているような位置で羽ばたく青い蝶に抱えられて、身体にやや遅れた場所を浮遊した状態で移動中である。ちなみにこの蝶の名はコシュタン。こう見えて馬一頭分程度の力がある不思議な頭部のない蝶だ。常に彼女に付き従っており羽根が濡れると飛べなくなるので水を苦手としている。
「頭が……頭がぁぁぁぁっ!」
「ひいぃぃぃっ!呪われるぅっ!」
悲鳴を上げる兵士達を誰が責められようか。首のない少女の身体が全力疾走してきたかと思ったら、今度はその首が宙に浮いて追って来たのだ。気の弱い奴なら気絶してもおかしくないほどのまさに悪夢としか呼べない光景である。
「狼狽えるなっ!貴様らそれでもネフラスガルドの兵士かっ!」
前方中央の進軍が急に止まった事を不審に思い駆け付けたのは先陣を務める第一大隊指揮官グンゼ。彼もかつては大きな山賊を率いた長で『熊喰いグンゼ』と恐れられていた豪傑である。一般兵の倍はあろうかという彼の巨体とその大きな声が混乱状態にあった兵士達の意識を引き戻し、彼等の間に緊張感が広がっていく。
「こんなチビなど恐るるに足らん!どけっ!オレ様がひねり潰してくれるわ!」
そう言ってグンゼがプリシラ(身体のみ)の前に立ちはだかると彼女は姿勢を低くして拳を腰の位置に引き付ける……そして。
「シッ!」
ズドォォォーーン!
「ぐぼふぁぁっ!」
スピードに乗ったまま振り抜かれた彼女の拳がグンゼの腹にめり込むと、その衝撃で内臓は全て背中から飛び散りさらにその身体は砲弾のように弾かれて進路上にいた兵士を巻き込みながら軍勢の中央部付近まで吹き飛んだ。
「こ、これは第一大隊のグンゼっ?いったい何が起こっ……あ、あれは……何だ?」
第三大隊指揮官ヘインズの視界の遥か先。進路上の兵士が全て倒れた為に開けた中央部分には右拳を突き出した状態で立っている……首のない少女の姿があった。
 




