炎魔の鎧
皇城での『龍姫』対策の会議終了後、俺は各自について行った小人族に連絡を取ってもらい現在の状況を聞いた。念の為、皇城前に向かってもらったシズカと別件で動いているガブリエラを除いて、今すぐ持ち場を離れて動けるのは最初に転移して運んだナーサと魔法であっと言う間に敵を瞬殺したと報告があったエレノアのみ。アイリは敵を縛って回るのに少々時間がかかっているという事だ。……どんな技を試したんだろう。
ちなみに同胞と談笑中というツバキはせっかくの機会なのでそっとしておく事にする。
俺は二人の場所を順に転移して迎えに行き、三人で西側の城壁の上に転移して移動した。
「アレみたいだな……」
「ほほう、これは圧巻じゃのう!我が君よ、極大魔法で一気に焼き払うというのはどうじゃ?」
「凄い数……なの」
「こりゃあ倒しがいがあるじゃんよ!」
高い城壁の上からは広大な平野を埋め尽くし進軍して来る大軍勢の姿がよく見える。心配していたが、敵軍と城壁との間には民家や村などはなく。これなら、ある程度は辺りを気にせず戦えそうだ。
「エレノア、ある程度は力を開放する事を許可する。ナーサはここで召喚をして配下を敵殲滅に向かわせ、自身は決して城壁から降りない事!いいね?」
「了解じゃ我が君よ。ほほほ」
「わかった……なの」
「まあ、うっかり降りたらエレノア姐の魔法に巻き込まれちゃうじゃんよ」
「ミスティ!」
{やっと出番かな?私の魔法で全部沈めちゃう?}
「違うよ。エレノアが多少無茶をする可能性がある。ミスティにはそれから帝都を護ってほしいんだ」
{地味ね……私も派手に活躍できるわけじゃないのぉ?}
「すまないが今回は譲ってくれ。それに忙しくなるかもしれないよ?」
{確かに、あのエルフの嬢ちゃん。ヤバいくらいに嬉しそうだもんね}
確かに、俺からあまり加減をしなくていいと言われたエレノアは随分嬉しそうに微笑んでいる。
{まあ、私はシンリのものだから従うけどね}
「ありがとうミスティ」
{この埋め合わせはいつかちゃんとしてもらうからねっ!}
そう言うとミスティの魔力の波動がすうっと浸み込むように城壁に入っていくのを感じた。彼女の水の力なら相性からしてもエレノアの炎を完璧に防いでくれるだろう。
「俺は再度帝都内を見回ってくる。それまでここは二人に任せたよ」
ここで再び帝都内で何か動かれての挟撃など冗談ではない。それにアイリの状況やアルテイシアの無事も確認しておかなければ。俺は一旦この場を二人に任せて再度転移した。
残された二人の内、ナーサは既に召喚を済ませ、どういう選択結果かわからないが『拳系デュラハン』のプリシラを喚び出している。
「あれは何じゃ?」
プリシラを加えた三人が見つめる先、大軍勢の背後から無数の鳥が大空に舞い上がる。しかし、距離が近づくにつれすぐにそれらがとても鳥とは思えぬほどに巨大である事が見てとれた。
「あれは飛竜の群れ」
実はこの中で最も視力のいいプリシラが早々にその姿を捉え二人に知らせた。
鳥に見える全てがあの巨大な飛竜だと考えると、奴等はいったい何匹の飛竜を従えているのか。ざっと見た感じでも百は軽く超えているだろう。地を進む三万の軍勢と百匹以上からなる飛竜の群れ、これだけでも十分に万全の帝国軍とさえ渡り合えるかも知れないほどの戦力だ。
「ほほほほ、楽しませてくれるのう!ナーサよ、地上はそなたに任せよう。妾は先にあの飛竜を焼き払うてくる故のう」
「う、うん。わかった……なの」
「エレノア姐、くれぐれもやり過ぎ禁止じゃんよ!」
ダスラが思わず釘を刺すのも無理はない。何せエレノアの真紅の髪は逆立つように波打ちながら広がり、その紅い瞳の奥に妖しい炎の揺らめきが見えているのだから。
「大丈夫じゃ。妾はこの首輪にて我が君の言葉には逆らえぬのじゃからな。ある程度だけじゃ、ある程度……のう。ほほほほ」
そう言って彼女は、シンリが透明化の魔法をかけて見えないようになっている首の『隷属の首輪』を愛おしそうに指でなぞった。シンリはいつも外そうと言うのだが、彼女はいざ自身や魔力が暴走してしまった時の保険だと言って頑として外そうとはしないのだ。
(まさかこの世に妾を本当の意味で抑えられる者が居ようとはの。何としてでも我が君の子を授かりたいものじゃ……)
「ナーサよ、ちと離れておれ!」
そう言ってナーサを自分から遠ざけようとしたエレノアだが、彼女の身体から溢れる魔力が先ほどから炎を噴き上げ始めており、ナーサとプリシラはとっくに離れた場所に避難済みだ。
『我、灼熱の業火の主が求めん。炎の魔神よ、今こそ盟約に従い我が身を護る炎となれ!』
エレノアを包む炎がより一層の激しさを増し、まるで彼女自身をも焼き尽くすような勢いでその身を囲み燃え盛る。
『出でよ炎魔の鎧!』
ゴウッと一段と大きな音を立てて渦巻きながら舞い上がる業火は突然巨大な人型を作り、その炎の巨人が両手で彼女に抱き着くような仕草を見せたかと思うと、それらは徐々に小さくなり彼女の身体に纏わり付いた。
その炎が形造ったのは、両のこめかみの部分から歪に伸びた羊のような二本の角を持つヘルムに全身を覆う燃え盛る炎がそのまま固まったような外見の全身鎧。よく見ればその鎧の各所からは未だ炎が時折噴き出している。
「これなら馴染もうというものじゃ。来りゃれベンヌ!」
彼女の喚び出しに応え、いつもは杖にして使っている『聖獣ベンヌ』が赤と金の羽毛で覆われた鷲の姿で現れた。
『さあ汝、わが身に宿りて天翔る炎となれい!』
そう言って甲冑姿のエレノアが両手を広げるとベンヌは溶け込むようにその胸の中に消え、彼女の背中には炎を纏った赤と金の羽毛のある一対二枚の翼が生えた。
「さて仕上げじゃ、ぬしも手を貸せ赤龍帝よ」
さらにエレノアは胸の谷間に手を入れるとそこからちょうどテニスボールくらいの真っ赤な水晶球を取り出し、それを全身鎧の胸当ての中心に押し当てる。するとそれは鎧の中心にすっぽりと納まり、それと同時に先ほど以上に熱く強い赤黒い炎が彼女の全身をくまなく覆っていく。
「待たせたのうナーサよ。ではそろそろ参ろうかえ」
その言葉を待っていたかのようにプリシラは高い外壁から一気に飛び降り、エレノアはその炎の翼を羽ばたかせて空に飛び上がった。




