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兄弟の決闘

 帝都南端部にある関所付近の草原では、今まさにガウェイン将軍率いる約一万の軍勢が、目前に迫った『狂王』ガルデウスの軍勢約五千と衝突しようとしていた。


「……なんだこいつら……う、嘘だろ」


 前衛の兵士が積み上げた荷物の壁に身を隠しそこから覗き見た敵兵の姿。その大半は驚くべきことに魔物である。その種類はゴブリンやオーク、中には屈強な大鬼(オーガ)の姿もあった。通常、大鬼(オーガ)討伐はC級以上の冒険者が数人がかりで行うものだ。それがざっと見ても百体以上。ゴブリンやオークにしても低級なノーマルではなくいずれも『階級持ち』と呼ばれる強い個体ばかり。

 なんにせよ、これ程までの魔物の軍勢を相手に戦うなど誰も経験すらした事がないだろう。まさに前代未聞、最恐最悪の軍勢である。


「狼狽えるな!弓隊構えっ!魔導士は詠唱を開始せよ!」


 動揺を見せる自軍の中でガウェインの指示が飛ぶ。彼にとっては敵が何であっても問題ではない。戦えるのかではない、とにかく戦うのだ。自分達の背中には帝国とその未来がかかっているのだから。


「放てっ!」


 合図と共に無数の矢が敵陣目がけて放たれ、それが雨のように敵兵の頭上に降り注ぐ。人間やゴブリン、オークには有効なようだが角の有る頭部が異常に固く、また皮膚も分厚い大鬼(オーガ)には致命傷は与えられない。矢に続いて魔導士達が詠唱の終わった者から順に次々魔法を撃ち放っていく。その種類は火、水、風。それらが交錯し互いの効果範囲に干渉し合いながら発生すると敵陣は凄まじい衝撃と破裂音、そして舞い上がる土煙に包まれた。


「やったか……はっ!」


 ゆっくりと視界が晴れるとそこには幾多の魔物や敵兵の死体が転がっているのが見えた。しかし敵陣にそれで怯む者など一人もおらず、倒れた仲間の屍を踏み越え変わらず自軍へと迫ってくる。その光景は彼等に否応なく『狂王』の名を思い出させた。こいつらは既に狂って、いや壊れてしまっているのではないかと。『狂王』とは狂った者達の王なのではないか……。そんな奴等相手に戦って何になる……。何ができる……。

 そんな思考が連鎖し、攻撃の手が止まる……。


「よしよし、効いてるぞ!これならいける!魔物など恐るるに足らん、帝国軍人の力を今こそ逆賊共に見せつけるのだ!」


 そんな兵士達に檄を飛ばすのは副団長のオットー。彼はパンパンと手を叩きながら前衛の後ろを駆け回り兵士達を鼓舞して回った。


「弓隊第二射用意、魔導士は詠唱を続けろ!」


 ガウェインの指示で再び前衛が攻撃体勢に入りにわかに活気づく。そして再びの弓矢による一斉射。しかし、続いて魔導士達に指示を送ろうとしたガウェインは敵陣に信じられない光景を見た。矢に迫られた敵兵は何とそれぞれ倒れた仲間の死体を持ち上げ自らの盾とする。しかも死体だけではない。見れば重傷で動けない者やそれすら近くにいない場合は目の前の同胞をも抱え上げて生きた盾とし矢を避けているではないか。それを魔物が行っているだけならまだ理解も出来るのだが、人間の兵士までもがさも当然のようにそうした行動をとっているのだ。その光景を見たガウェインも流石に一瞬声を失ってしまう……。


「魔法隊撃て、放てぇ!弓隊は三射に備えて矢を番えつつ後退。魔法隊も術を発動した者から後方に下がれ!代って長槍隊前へ!騎士隊は全員騎乗、三番、四番隊は敵の左右に展開し敵を挟撃せよ!急げ、足を止めるな!攻めて攻めて攻め続けろ!」


 戦場ではそんな一瞬の判断の遅れが戦況を大きく左右する。それをよく理解しているオットーがガウェインに代わって声を張り上げ各隊に指示を送った。


「申し訳ありません閣下。お叱りは後ほど!」

「いや構わん、正直助かった。ありがとうオットー!」


 その指示に従い慌ただしく動き回る自軍を見ながら、オットーがガウェインに馬を寄せて詫びるとガウェインは素直にその行為に感謝の意を示した。彼等がそんな会話を交わしている時、敵陣では再び幾つもの魔法が発動しそれが多くの敵の命を奪っていた。しかしやはり敵兵は一切の動揺を見せず、彼等の歩みも止まらない。


 遂に直接衝突した両軍。帝国軍は荷物を積み上げた壁の隙間から長槍を突き出して敵を寄せ付けまいと抵抗する。しかし、ここでも敵軍は槍に刺し貫かれた同胞を盾にしながら帝国陣営に雪崩のように乗り込んでいった。


「突破されるぞ!騎士隊前へ、迎え討て!」


 ガウェインの指示で敵に攻撃を仕掛ける騎士隊。草原という地の利を最大限活かし、馬で駆け回って目まぐるしく攻め手を変える車がかりの陣形で応戦するのだが、徐々に陣内が敵で溢れかえるとそれも機能しなくなり、戦況は乱戦模様となっていく。


「魔物には一人で対応するな、数人で囲んで一体ずつ倒すんだ!騎士隊は一旦左右に逃れて態勢を立て直し、敵軍の後方へ回り込め!」


 自身も愛馬で戦場を駆け、敵を斬りながら指示を飛ばすガウェインは敵軍の中にいるはずの人物を探していた。それはかつて兄と呼んだ男。この戦乱の原因を作り自らを『狂王』と呼ぶその男を……。


 そんな彼の耳に幾つもの自軍兵士の叫び声が届いた。思わずその声がした方を見ると仮面を付けた大男が流れるような太刀筋で帝国軍の兵士を次々と斬り伏せている。


「あの白馬はモハメッド……しかもあの剣技は間違いない、あれは兄さんだ!」


 仮面の男が駆る馬と、その見覚えのある剣技からその男を兄ガルデンだと確信したガウェインは、見失うまいとその男を視界に捉え続けたまま敵兵を次々斬り伏せ、『狂王』に迫る。

 そんなガウェインの狙いを知ってか知らずか『狂王』もまた徐々にガウェインの方に向かい、遂に二人は対峙した。


「狂王殿とお見受けするが、相違ないか?」

「いかにも。我が狂王ガルデウスである」


「我が名はガウェイン・シュトラウス。ガルデウスとやら、貴殿に一対一の決闘を申し込む!」

「よかろう。その無謀に免じてわが剣の錆に変えてくれようぞ!」


 このように乱戦であったとしても貴族や名誉を重んじる騎士がそれらを賭けた決闘を一対一で行うのは別段珍しい事ではない。そしてその決闘が始まれば決着がつくまで誰も手出しは出来ないのだ。


 二人は同時に愛馬から降り立ち歩み寄って向かい合う。

 今ここに、血を分けた実の兄弟による命を懸けた決闘が、始まろうとしていた……。



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