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SS 白き聖夜の黒き家族 。

注:12月24日にクリスマス用として投稿したもので進行中の話とはあまり関係しておりません。後日掲載場所を移動させる予定ですが、本編の話を進めたい方は飛ばして次話にお進みください。

「なあミスティ、ここって雪とか降らないよなぁ?」

『どうしたのいきなり?』


「いや、雨はたまに降るけどここってあまり寒くもならないし……」

『それはそうよ。この世界の気候は大陸ごとに決まっているのだから『春』であるこの大陸は暖かすぎて雪なんか降らないわ』


「やっぱりそうか……」

『何よ!シンリったら雪が見たいの?』


「雪が見たいっていうより……見せてあげたいっていうか……」

『あまり長くは持たないかもだけど降らせるだけなら出来るわよ?』


「本当か?」

『んもうっ!私をそんじょそこらの精霊と一緒にしないで!水の状態変化ならなんだって私の思うがままよ!』


「ありがとうミスティ……よし、楽しみになって来た!」

『珍しくはしゃいでるシンリって気持ち悪い。うふふふ』


 ミスティとそんなやり取りをした翌日から俺はその計画を進める為に王都にある自分の屋敷の庭に転移し、手始めにそこに『冥府の森』の『失われた楽園』から何体もの植物系の魔物を運び込んだ。ガブリエラに教えてもらった『透明化』のバリエーションである『幻影』でいつもの庭の風景を作ってその魔物達を隠し、さらにはセイラやオニキスが近付いてしまわないように庭への道中に『忘れた草』という小さな魔物を置いておく。この魔物は近付いたものにそこに向かう目的を忘れさせ道を引き返させる効果があるのだ。森で、もしこの魔物の群生地に足を踏み入れてしまったなら、その者は自分でもわけも解らず死ぬまで森の中を歩き続けてしまうだろう。


 とはいえ俺の計画に、やはりラティの料理は欠かせない。転移で屋敷の内部に入り『透明化』と『肉球式無音歩行術(サイレントスニーク)』を使って彼女を捜す。何故捜さなければならないかというと、すっかり寝静まっている深夜にもかかわらず彼女が自分の部屋にいなかった為だ。キッチンにもリビングにも、その姿は見当たらない。


「…………さまぁ……」


 二階に上がるとどこからか小さな声が漏れ聞こえてくる。辿っていくとそれはどうやら俺の寝室のようだ。まさか……しかしその声は確かにラティのものである。俺はそっと扉を開け中に入った。


 シズカが特注した特大ベッドの真ん中で一人眠るラティ。差し込む月明かりに照らし出されたのはそんな彼女の一糸纏わぬ姿。慌てて背を向けて考えてみれば今の俺は『透明化』しているので見つかる筈はない。いや待て、見つからないからといっても、じっくり見ていたのではただの変質者じゃないか。

 しかしこの状態で起こしてしまえば本当に変質者扱いされるに違いない。俺はともかく裸体が隠れるよう、何とか布団を掛けてから彼女を起こす事に決めた。


 なるべく彼女の肌を見ぬようにベッドの上にある筈の布団を探すと……それはあった。いや、ある事にはあったのだが……それはぐしゃぐしゃと丸められて裸の彼女に抱きしめられている。愛おしそうな寝顔で丸めた布団に抱き着くラティ。


「……シンリさまぁ、はやくぅ……」


 寝ている筈のラティからのあまりにタイミングの良過ぎる寝言。思わず振り向いてしまった為、彼女の女性らしい腰のラインと魅力的なお尻をしっかりと見てしまった。これはまずい、一刻も早くこの状況を打破せねば……。

 悩んだ末に俺は彼女が抱く布団を足元方向に一気に引き抜く事に決めた。それならば布団がなくなった状態の彼女の前面をほとんど見なくて済みそうだからだ。布団の端を掴み少し力を入れてみるが、意外にも彼女はしっかりと掴んでいて離さない。起こさぬよう慎重に二度三度と繰り返していると……。


「……シンリさまぁぁそんなに激しくされたらラティ壊れちゃいますぅぅ……むにゃむにゃ…………」


 驚いた俺は一旦屋根の上に転移してしまった。何度も言うように俺は今『透明』なのだがこの反応は仕方ないだろう、これは男の性だ。

 部屋に戻り彼女がまだ眠っているのを確認する。しかし夢を見ている状態は眠りが浅いとか聞いたような違ったような……。ともかくこの状態で悠長にやっていては布団を剥ぎ取ろうとする最悪の状況で全裸のラティを起こしてしまうかもしれない……それだけは絶対避けなければ。


 今必要なのは絶対的な瞬発力と圧倒的な力。後から思えば普通に自分の力をやや開放するだけで十分だったのだろうが、この時の俺は罪悪感と焦りから冷静な判断が出来なくなっていたようだ。


「【憤怒眼(サタン)】発動!両腕に限定し体力のみを一部だけ開放する!」


 すっかりテンパっていた俺は【魔眼】を使って布団を引き抜く事にした。両腕の筋肉がみるみる膨張し力が沸き上がってくるのがわかる……。布団の端を再び掴み、一瞬だけ力を込めると布団は何の抵抗も感じさせずにあっさりと引き抜けた。


「えっと……シンリ様?」

「…………!」


 最悪だ……目の前には上体を起こした姿勢でこちらを見ているラティの姿。俺はというと【魔眼】の制御に意識を集中させすぎたせいで『透明化』が解除されてしまっている。もうこれは腹を括るしかあるまい。うん、正直に謝ろう……。


「ごめんなさい!」


 俺が謝ろうとした矢先、先に謝ってきたのはラティの方だった。


「シンリ様のご寝所に勝手に入り込んで……本当に申し訳ありません」

「……そういうことか、いやラティは悪くない。それよりも……すまない。全て見てしまった……本当に申し訳ない」


 彼女に詫びながら手に持つ布団を彼女に掛けてその肌を隠す。詫びる事に気がいっている彼女は全く隠そうとしないので何もかも丸見えで直視出来ないのだ。


「ふふふ。私なんかでも意識してくださるんですね」


 すっかり赤くなった俺の顔を見て、嬉しそうに微笑むラティ。料理に携わる為いつも化粧っ気がなく髪も無造作に束ねている事が多い彼女だが、とても親しみやすい優しい顔立ちをしている。いい意味で人間離れした美しさの仲間達には比べるべきではないが、間違いなく彼女は美人の部類に入る女性だ。


「この際だから言っちゃいます。私も皆様同様、シンリ様の事を心からお慕い申しておりますよ」

「ラティ……」


 そう言うラティの目の端には薄っすらと涙が浮かんでいる。俺と家族であるセイラやオニキス。冒険者として常に行動を共にする仲間達。そんな中で彼女は自身の立場に疎外感を抱いていたのかも知れない。自分だけが違うものだと……。

 俺は彼女の首に手を伸ばし、付けたままにしてほしいと言われていた『隷属の首輪』をそっと外した。


「ラティは俺の大切な家族。いつまでも家族にこんなもの付けさせてはおけない」

「家族……」


「ああ、もちろんラティがそうある事を望むならだけど……。でも少なくとも俺は、もうそのつもりだったんだけどな」

「……本当ですか?」


「男は胃袋から攻略しろって名言もある。俺のはとっくにラティに攻略されているよ」

「ふふふふ。変な名言……でも、そうだったら嬉しいです!」


 彼女は目の端の涙を溢れさせながらそう言って俺に微笑んだ。頬を伝う涙は嬉し涙だ。

 俺はそれを優しく指で拭き取ると彼女に顔を近付けてそっと、そして長い口づけをした。口づけの後、しばらく抱きしめ合った二人だったが、危ない危ない。俺はすっかり当初の目的を忘れるところだった。


「ラティ、実はキミに手を貸してほしいことがあるんだ…………」





 ラティとの打ち合わせをしてからさらに数日後の夕方、俺は仲間達を部屋に集めていた。


「今夜は久しぶりに屋敷に戻ってラティの料理でも食べようと思うんだが、皆の予定はどうかな?」


「あら珍しい!でもワタクシも久しぶりにラティの料理が食べてみたいですわね」

「ラティさんのお料理は美味しいです!」

 コクコクコク!

「ここの料理も悪くはないのじゃが、あれこそ妾達の味じゃからのう。ほほほ」

「ラティの料理は絶品……なの」

「くうっ、考えただけでお腹が空いてきたじゃんよ!」

「某も彼女の料理を推薦いたします!」


 どうやら皆も大賛成みたいだ。俺は全員を手筈通り王都の屋敷のリビングに転移させた。


「皆さんおかえりなさい。取りあえずお風呂に入ってらっしゃいな。その間にお食事の準備を整えておきますから」


 そう言って出迎えてくれたのはセイラだ。勘のいい彼女にいつまでも隠し通す事など出来る筈もなく、俺から説明して協力してもらえることになった。ただし、母親としてはオニキスの喜ぶ顔が見てみたいので彼女もオニキスには秘密にしている。

 入浴が済んだ後全員一旦部屋に戻ってもらい、せっかくだからと少しおめかしをしてもらった。俺からそんな要求をされることなどこれまで皆無だった為に、全員随分気合が入っているようだ。ううむ……大丈夫だろうか。


 一時間後、仲間達はそれぞれ精一杯お洒落をして降りてきた。しかしシズカ、お前のそれは何アントワネットを目指した髪型なんだ……。

 やや露出多めの服をチョイスしてきた者達には悪い気もしたが、俺は彼女達全員に準備した洋服を配り上から羽織るように頼んだ。これは『蜘蛛女三姉妹(アラクネシスターズ)』に頼んでこの日の為だけに作ってもらったものでやや厚めの生地を使った黒いフード付きのダッフルコートである。右のポケットにはミトン状の手袋が左のポケットには女性は冷え性だと聞くので念の為に短いマフラーがそれぞれ入れてあった。

 もちろんセイラやオニキス。それにラティの分まで準備したのは言うまでもない。


 せっかくのおめかしを黒いコートに隠されてしまったが、それが俺からの贈り物だと思うと文句も言えず、何とも微妙な顔を見せる仲間達を全員庭先へと誘導する。

 全員が揃ったところで俺が『幻影』を解除すると眼前の景色が一変した。


「お、お兄様。まさかこれは……」

「白い!何もかもが白いですよシンリ様!」

 ……コク!

「なんと!この大陸でかような景色を見ようとはのう!」

「みんな白……なの!」

「何がどうなってるじゃんよ!」

「おお、流石は主君。なんと美しい」

「シンリお兄ちゃんすごいすごいよぉぉ!」


 仲間達もオニキスも大興奮で何よりだ。彼女達の眼前に広がるのはこの大陸では存在する筈のない雪景色。夕方になって日中より気温が下がるのを見計らいミスティにこの庭限定で雪を降らせてもらったのだ。流石に始めは地表に落ちる度に溶けて消えてしまっていたが、夜間になって気温が下がった事と、ミスティ自身もこの庭に結界を張り内部の気温をいくらか下げてくれた事によってこの美しい雪景色が完成した。


 さらには中心に大きな『モミモミの木』を立たせて、それに実が青く光る『光枝豆』の蔓を絡ませて電飾替わりとし、明滅する白い光を放つ『アカリモドキ』という甲虫を放してアクセントを付けてある。定番の星形や靴下などの形の飾りは俺の話を元にセイラとラティ、それに遊びだと誤魔化されてオニキスが作った物を俺が飾り付けたものだ。

 それらにもいい感じに雪が積もっていて最高にいい雰囲気に仕上がっている。


{予想以上に溶けるのが早かったからちょっと苦戦したけどもう大丈夫。夜明けまでは雪が楽しめると思うわ}

(本当にありがとうミスティ。最高だよ!)

{だから、あんまり素直だと気持ち悪いんだってば!ふふふ}


 俺が仕上がりに満足気なのを感じて、ミスティも随分嬉しそうだ。彼女がいなかったらこんな事考えつきもしなかっただろうな。


「皆さん、お料理の準備が整いました!」


 そう言いながらラティが庭に姿を見せる。建物のすぐ近くに暖をとるためのかがり火を二つ用意し、その隣にテーブルを置いてその上に並んだ大皿に盛りつけた料理から各自好きな物を取り分けて食べる立食形式だ。休めるよう、すぐ側に椅子も何脚か置いておいた。某白髭のおじさん直伝のから揚げをイメージして俺とラティが試行錯誤して作った鳥の揚げ物は今夜の目玉。俺的にはかなりの自信作だ。

 食後に出す予定の、ミッセ村で牛乳やバターが手に入るようになったのでこれまた試行錯誤して作ったケーキは今夜の主役。もちろん記憶の中にある日本で食べたケーキとはまだまだ似て非なる物であるが、『甘麦屋』のあんパンもどきであれほど皆夢中になるのだから、きっと大喜びしてくれるに違いない。


 食後にはオニキスやツバキと共に雪だるまを作ろう。雪合戦をさせたらこのメンバーじゃ洒落にならないかもな……。こんな事しか出来ないが、家族の温もりを知らずに育った俺にとって最早家族同然の彼女達の存在がどれほど大切なのか。俺が日々感じている感謝が僅かでも伝わるだろうか……。

そんな事を俺が考えているうちに全員がテーブルにつき持ったグラスに飲み物が注がれ行き渡る。


「ねえシズカお姉ちゃん、これってまた何かのお祝いなの?おめでとうって乾杯する?」

「いいえオニキス。今夜はこう言うの………。皆さんもよろしくて?」


 シズカの説明を聞き、全員がグラスを掲げる。そして元気よく笑顔でこう言うのだ。



『メリークリスマス!』




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