六華無双 ガブリエラ編1
居心地の悪さから、近くの路地裏に転移したシズカはそこでシンリへの報告と今後の指示を受ける為、同行しているエナジーを通して連絡した。
「シズカか、流石に早いな。お疲れさま」
「疲れてなんかおりませんわ。ですが後ほどお兄様にはアニナミンAを補充させてもらわなければ……」
「いやいや、そんなスランプな博士が造ったロボット的な設定、お前にはないだろう」
「んもうっ、お兄様のイケズ!」
何となくシズカの今の心情を察してくれたであろうシンリが、彼女のボケに乗っかりツッコミを返してくれる。そんな他愛もないやり取りの中にその大きな愛と優しさを感じ、彼女の口元には自然と笑みがこぼれた。
「そう言えばガブリエラはもうお送りになりましたの?」
「ああ、彼女ならもう次の任務に向かってもらってるよ」
「次のですって?……さ、流石は天使という事でしょうか。ガブリエラ……恐ろしいコ!」
「そうだな……」
どうやらシズカはいつもの調子を取り戻してくれたようだ。そう感じ取ったシンリはつい先ほどまでのガブリエラとの会話を思い出していた……。
シズカをニコラス将軍の屋敷近くに送って部屋に戻ると跪いた姿勢のガブリエラが迎えてくれた。
「主君、いよいよ某の番でございますね!準備は出来ております、どうぞご命令を!」
「わかった。ガブリエラ、キミには皇城を攻めている軍勢の排除をお願いしたい。あそこには恐らく最も多くの敵が向かっている筈だ。周辺への被害を最小限に抑えての殲滅戦ならキミが適任だと思う」
「かしこまりました。我が主君のご期待にそえるよう尽力いたします!では!」
そう言って気が逸る彼女は窓から飛んで出て行こうとする。散々待たされた後に最も困難で重要な場所を任されたのだ。気持ちが高揚してしまっても無理はない。
「待てガブリエラ。転移で行かねばキミの正体が……」
「大丈夫です主君。こと有事の際に於いてのみ使える魔法の言葉とやらをシズカ殿に伝授されておりますので!では……」
それだけ言い残すと彼女は飛び出して行ってしまった。シズカが教えたという部分が途轍もなく不安ではあったが今はあまり猶予がない状況だ。これまでの日々でいくつか誤魔化す為の言い訳も考えてあるし、まあいいだろう。
「オオナムチ様、アイリ様に同行したライムから連絡が来ております!」
「わかった、繋いでくれ」
ガブリエラが出かけた少し後、現在の状況と今後の対処に考えを巡らせていると同行している小人族のライチが俺にそう伝えてきた。俺は意識を勾玉に集中させライム越しにアイリの話に耳を傾ける……。
「だから、城内の近衛は動かせんと言っておろうが!奇襲を受けたばかりだというのに陛下のお側を離れられるわけがなかろう!」
皇城の外壁内側に作られた陣所では一人の老騎士が大声を張り上げていた。彼の名はゲルハルト・セコム。セコム家は代々この皇城の警備を任されてきた由緒ある家系である。
ちなみにアルテイシアの護衛をしているグラナダはセコム家の長女。さらに近衛兵の中に同家の男子が二人所属している。余談だが、警備にまさしく生涯を捧げようとしていた彼は当然結婚の機会に恵まれず、家系の断絶を心配した知人達により半ば強引に現在の奥方と結婚させられたのは彼が既に五十を過ぎてからであった。
突然、彼がいる陣所の周囲がざわつきはじめる。交戦中にも拘らず何という浮ついた事だと一喝しようと外に出た彼は兵士達が皆上空を見上げているのに気づき、思わず彼も上を見上げた。
「な、何だあれは……」
彼が見上げた先、そこにいたのは空を飛ぶ白く輝く大きな鳥。だが何やら探しているような動きを見せるそれがやや高度を下げると、鳥ではなく大きな翼を持った人間であるのがわかる。
しばらくすると二度ほど陣所の上を旋回したその者がゆっくりと彼の居る場所に降下を始め、ふわりと目の前に降り立った。
両脇に羽飾りの付いた白銀のヘルムからは美しい金色の髪がなびき、同様の素材で作られた見事な細工のある鎧からはそれでは隠しきれないほどの魅力的な身体が覗いている。何より色恋沙汰に全く興味のない彼ですら思わず見惚れてしまうその整った美しい顔……。
「現場の指揮官殿とお見受けしたのだが、相違ないか?」
彼女の艶やかでなめらかな唇が開き、質問が投げかけられると彼は正気を取り戻し緩んだ気を引き締め直した。
「ゴホン!いかにも私が警備の責任者ゲルハルト・セコムである。して其方は?」
「某、我が主君シンリ様の命を受け敵を殲滅にまいったガブリエラと申す」
「それは心強い事だが……一つ聞きたい、その翼、まさか其方は伝説に聞く天使なのでは?」
「……スキルだ!」
「しかし先ほど空を飛んでおられた姿は……」
「スキルだ!」
「それにその美しさ……とても人間とは」
「スキルだ!」
「…………」
「全てスキルだ。気にするな」
やれやれ、シズカが与えた魔法の言葉とはとにかくスキルだと言っていれば押し切れるというものだったようだ。まあそれ以上の詮索を回避出来たのはいいが、これでは違う意味で怪しすぎる。
「これより城壁外を全て殲滅する。三十秒待つ、城壁外に味方が居るなら至急、中に避難させられたい」
「なっ、其方一人でか?あ、おい!待たんかっ!」
ガブリエラはそれだけ言い残すと再び上空へと飛び去ってしまった。呆気に取られたゲルハルトであったが念の為大至急城壁外に出ている味方の確認とその避難を部下に指示し、慌ただしく出て行く部下達を見送ると彼女が去った空をふと見上げる。
「あ、あれは星……いや、それにしては明る過ぎる。何なのだいったい……」
彼が見上げた空には朝闇の空を眩しく照らす数え切れないほどの光が城壁上空を覆い尽くしていた。美しく幻想的でもある光景に目を奪われていると、三十秒が経過したのかその光が瞬きだし降るように全て落下を始めた。
「もしやこれは、古の文献にある流星雨なのか……それにしても何と美しい……」




