六華無双 シズカ編2
「ふふふ、いいコね。でももう切りたくて堪らないのでしょう?」
彼女が随分お気に入りの様子のこの鋏は『裁ち鋏二式』。ユニークスキル『残念な一張羅』で新たに作った武器である。
今回は武器として使っているが鋏は本来裁縫道具。洋服や裁縫に関するアイテムはイメージからの精製が実は比較的容易に出来るのだ。しかし以前作った『裁ち鋏一式』は鉄をも簡単に切断出来るかわりに、何かを切る度に使用者の頭が首から落ちた……。無論それくらいでシズカが大きなダメージを負う事はないが一々頭が地面に落ちたのでは何かとやり辛くて仕方がない。
その点、この『裁ち鋏二式』の代償は使用者の寿命。『不死者』であり寿命などといった概念自体に無縁の彼女にとってはまさに『当たり』。ほぼ代償なしで使えるに等しいので気に入っているのだ。
持ち手部分の丸柄、長柄の二つの輪の縁を両手で持ち、頭上に掲げて笑顔でチョキチョキと開閉を繰り返すメイド服姿の美少女。まるで悪夢を見ているかのようなその光景に取り囲む敵兵達は全て目を逸らせずに固まっている。
そんな中真っ先に動き出したのは感性も残念そうなドンズであった。
「くっそぉー、兄者はいつの間にこんな彼女を作ったんだ!本当にいつもいつもいつもいつもぉぉぉ、兄者ばっかりぃぃぃ!来いっモンズ!」
何やら勘違いと嫉妬が混じっているようだが、激昂したドンズはモンズに指示し二人は再び先ほどのように低く低く構えた。ただし、今回は前にドンズ後ろにモンズと縦に並んでいる。
ちなみに黄光陣営では兵士達から、ゴンズを祝福する声や嫉妬、ひやかしなどが飛び交っていて、何故かゴンズも赤くなっている。脳筋ばかりでオツムが残念な奴が集まっているのだろうかここは……。
「残念だったな兄者!今日で彼女とはお別れしてもらうぜぇっ!」
「おおお、おバカれなんだな!」
二人は先ほど同様に低い姿勢のままシズカ目掛けて突進する。シズカまで残り三メートルあまりに近づくと後続のモンズがドンズの腰に手を添え、力任せに前方に押し出した。その勢いは凄まじく、まるで転移で距離を一気に詰めたようだ……だが。
トン!
衝突の直前、高く跳び上がったシズカは軽やかにドンズの背に着地し、さらに跳ぶ。
「な、なにぃ!オレを踏み台にしただとぉ!」
「あはっ黒なんだな……ぶきゃんっ!」
宙で一回転したシズカは、そのまま両足でモンズの顔面に着地した。そこからすぐに地面に降り立った彼女はキッとゴンズを睨みつけると彼を指差しながら言い放つ。
「そこの貴方!ワタクシも兄を持つ身、兄弟が肉片になるのを見せるのは偲びないと我慢してまいりましたが仏の顔も……と、この世界にそんな格言はありませんでしたわね。とにかく、これ以上何かすれば躊躇なく切り刻みますわ!嫌なら貴方がなんとかして抑えておきなさい!」
「……わ、わかった」
返事をしながら慌てて弟達に近づき何やら話しかけるゴンズ。「兄ちゃんともうひと勝負だ」「わかったー」「やるんだな」などと言う間抜けな会話が聞こえた気がしたが、いやいやまさかそんな単純な……。
まあいいか、脳筋おバカ兄弟の件はこの際忘れておくとしよう。
シズカは彼等に背を向けると包囲する敵兵達に対して最高の作り笑いを浮かべてこう言った。
「さあ皆様方、ワタクシと踊ってくださいませ!」
彼女がそう言って軽く会釈をし、顔を上げた瞬間、前列数人の首が血飛沫と共に宙に舞う。
前列で何が起こっているのかさっぱり解っていない最後列の兵士が突然前方が見えたと一瞬感じた。だがそれは切られた自らの首が高く舞っていたからに他ならない。
彼女はまるで踊るように自由に移動、転移を繰り返しながら気ままに敵陣の各所で敵の首をはねていく。それはまるで軽やかに動きながらホール全体を使って踊るサンバのよう。
次々舞う同胞達の首と降りしきる血飛沫を見せられている敵陣はまさに混乱状態、逃げ惑う彼等からはいつしか悲鳴が鳴り響いている。
それは彼女にとっては最高の舞踏曲。高まる興奮はダンスを変化させ、より情熱的なタンゴへと変える。
しかし、ほんの数秒ステップを踏むと突然彼女はピタリと動きを止めた。
「このままでは曲調に合いませんわね……分離!」
彼女がそう言って『裁ち鋏二式』を高々と掲げるとカキンという金属音を鳴らして鋏の支点にあるネジのロックが外れ、鋏は二枚の刃に分かれた。
それを両手にそれぞれ一枚ずつ構えたシズカの右目が、赤くそして妖しく輝く。
「うふふ。これなるは可憐なる切り裂き魔。さぁ、クライマックスですわ!」
ぶつかる事などお構いなしの荒々しいステップ、そして一瞬のタメからのクイックなターン。そのターンの回転で両手の刃が振り回され、周囲の敵兵は肉片と化して次々宙に舞う。
戦場はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。当然各所で逃げ出す者が現れるのだが、その先々に転移で先回りしたシズカが現れ、それすらも許さない。
数分後、文字通り血の海と化した戦場に立っているのは美しい銀髪の少女シズカのみとなっていた。
「あら、少しイライラしましたのでやり過ぎてしまいましたかしら?」
振り返った先に頑強な三重の防御陣は既になく、そこにいたのは腰を抜かして動けなくなった者や強烈な吐き気に襲われ嘔吐している者、そしてただそこでうずくまりガタガタと震えている者のみ……。
あの屈強な三つ子でさえ、すっかり勝負などそっちのけで三人で抱き合い震えている。
彼女のこの異常なまでの残忍さは『真祖』の本質によるものだ。そこに悪意や後悔といった感情は一切なく、もしシンリという存在がなければ、まるで毎日の食事をするような手軽さで彼女はいとも簡単に多くの人を殺めることだろう。
しかし方法はどうあれ、今回のは人助け。しかも敵側に寝返った兄弟までも特別に助けてやったのだから、礼の一つも言われて当然と彼女自身は思っていたのだが、現実の目の前の光景はご覧の通り。礼はおろか彼女と目を合わせる者さえ一人もいない……。
シズカは一瞬、ひどく寂しそうな表情を浮かべると転移してその場を去っていった。
この日以降、人々はシズカの二つ名に新たな文字を足して呼ぶようになる……。
『鮮血の荊姫』と。
 




