六華無双 エレノア編2
「これは貴女の仕業なのかしらぁん、そこのダークエルフ?」
「……ダークエルフではないがの、まあそうじゃ。貴様が指揮官かえ?」
その人物が悠然とエレノアを見上げながら声をかける。それにやや落ち着きがない様子のエレノアが答えた。
「そうよん!ワタシは『緑光十二聖』序列二位、ジークフリード!人はワタシを『氷結天使』ジークちゃんと呼ぶわっ!」
「…………」
エレノアは何も答える事が出来ずに固まっている。無理もない……ジークフリードは彼女の見る限りどう見ても男性。それも身長は二メートルを超え、明らかに肌の露出が多いその独特の装備からは、まさに筋肉の塊と表現するに相応しいほどの鍛え抜かれた屈強な肉体が見えている。
ヒールの高い編み上げの白いショートブーツに白いタイツ、腰には何故かフリルがあしらわれた白いミニのフレアスカート。左右の胸には金属で作られたハート型の胸当てが一つずつあり、同様にハート型の肩当ても両肩に装備。胸当てから繋がる背中には一つの大きなハート型の金属板があってそこから小さな翼を模した装飾が左右に伸びていた。
さらに短く切り揃えた金色の短髪の頭部に光るのは雪の結晶を形どった白銀のカチューシャ。
(これがシズカの言うところのキャラが立っているという事なのじゃろうが……。如何せん妾では場にあったツッコミ一つ思い浮かばぬ。これは完全に人選ミスじゃ我が君よ……)
「うふふん、恐れているのねこのワタシを!無理もないわ……だってワタシはこんなに美しいんだからん!」
まるで鳥が羽ばたくようなキメポーズでエレノアの反応を待つような仕草を見せるジークフリードだが、エレノアには返答がまったく思い浮かばない。
「ジークフリードとやら……」
「ジークちゃん!」
「……ジークフリード」
「ジークちゃんよ!」
「ジ…………」
「ジークちゃん!」
エレノアのこめかみがヒクヒク動き、冷静な彼女には珍しくひと雫の汗が流れる。その汗の雫が地面に当たる瞬間、彼女は無詠唱で作った火球をジークフリード目掛けて放り投げた。
放たれた火球が彼に襲いかかると突然頭上のカチューシャが輝き、顔の前に分厚い氷の板が現れた。その板を盾として火球を受け止めたジークフリード。火と氷互いの威力が拮抗する……。
「ふぅおぉぉー、ふんぬらぶぅあぁぁぁっ!」
突然意味不明の雄叫びを上げたジークフリードが氷の盾の角度を力任せに変えると、その表面を滑るようにして火球はそれていき彼の後方で地面に落ちて破裂した。
「ぜぃぜぃはぁはぁ……なかなか熱ぅーいアプローチだったわん!やはりその大胸筋は伊達じゃないわねん」
「妾の胸を筋肉扱いするとは……。しかし、威力を最低に抑えて相手にするというのもまことに面倒じゃのう……」
「何をブツブツ言ってるのかしらん?逃げる算段ならお生憎様ねん!貴女はワタシのハートに火を付けた……本気のワタシの姿をその目に焼き付けてお散りなさい!」
ジークフリードがそう言って陣所の方に合図をすると、二人の兵士が重そうに大きな弓を運んできた。
「ワタシにこのゲイ・ブルガーを使わせるとわね……久々に『三禁』を解除するわよ!」
「……ああシズカよ、これは待っておかねばならんのかや?妾はいったいどう返せばよいのじゃ……」
「イクわよ!『剛腕仁王禁』解っ!ふんぬぅっ!」
困惑気味のエレノアをよそに彼の言う『三禁』とやらの解除か始まったようだ。まずは両腕を肩の高さに伸ばしそれをゆっくり肘から曲げて力こぶを作ると両肩の装備のハート型の中心に亀裂が走り、それが気合と共に真っ二つに割れた。
「どんどんイクわよ!『大凶禁』解っ!くぅぅ……かはっ!」
曲げた両腕をそのまま下ろして腹の前で組み、胸をいっぱいに膨らませる。すると今度は両胸に装着していた防具のハート型が同様に真っ二つに割れて飛び散った。
最早エレノアは真剣にここを見捨てて帰りたいと考え始めている。そんな心境などお構いなしのジークフリードは何故だか超笑顔だ。
「ラストよ!『荒廃禁』解っ!……んん……しょいっやぁぁ!」
エレノアに背中を向けた彼は再び両腕を上げると両手首を外側にひねりながら背中の筋肉を躍動させる。すると遂には背中の大きなハート型にも亀裂が生じ、これも真っ二つに割れて砕け落ちた。
「ふう、すっきりしたわ。ワタシって情熱と愛情が強過ぎるじゃない?だから触れるだけでダーリン達を骨折……いえ焼けどさせちゃうのよん!でぇ、普段は『三禁』で自らを縛ってるってわけよん!こんな気の利くワタシっていいお嫁さんになるって思わない?うふん」
「…………(なるほど馬鹿力が強過ぎるのであの装備で抑制しておったと言う訳じゃな……話も聞いたし、これはもう終わらせてもよいのじゃろうか?)」
「何で解除する必要があったかですってぇ?いい質問ね!」
「……何も言っておらぬが……まだ続くのかえ」
遂には何故か軽い疲労感に襲われ始めたエレノアだったが、彼の講釈はまだ続くらしい。
「この風の魔弓ゲイ・ブルガーはね、並みのボーイ達には引く事が出来ないのよん。ワタシのようにスッペッシャルウウゥゥなパゥワァーがないと使いこなせないの!どう凄いでしょん!」
兵士から受け取ったその魔弓を軽々と片手で持ち上げたジークフリードが矢も番えていない弦を引く。だがエレノアには本来矢が番えられている場所に魔力が集中し小さな風の矢を形作る様子がはっきりと見えていた。見えてその軌道がわかれば避ける事など雑作もない。彼の見えない風の矢の一射目はまるで予測したかのような動きでエレノアにあっさり躱された。
「うそんっ!」
両の目玉が飛び出すような驚き顔を見せたジークフリード。無理もない、これまでこの見えない風の矢は一撃必中。彼の全力の腕力を以てしても一日三発放つのがやっとのこの切り札をこうも簡単に避けられては話にならない。
気を取り直した彼が二射目に入る。今度番えられたのは三本の風の矢。初撃の回避を完全にまぐれだと自身に言い聞かせた彼は複数ならばまぐれでも回避出来まいとエレノアとその両側に狙いをつける。
だがそれすらも、やはりエレノアには見え見えであった。風切り音しか残さない見えない筈の風の矢三本同時射撃もこれまた簡単に回避され虚しく空へと消えていく。
「ぜえぜえ……あ、貴女……本当にいい勘してるじゃない!同性じゃなければ惚れちゃうところよん!」
「……同性……じゃと……」
エレノアの肩がわなわなと震えこめかみには血管が浮き出している。そんな彼女の様子などわからぬジークフリードは最後の一撃に全てを込めるべく弦を引く。
「もう魔力も限界が近いわ。この最大にして最強の一撃で決めてみせる!覚悟なさい必殺でぇっぬづふぁぁぁっ…………」
決め顔で魔弓を構えた彼の姿は、突如足元から噴き出した先程とは比べ物にならない威力の炎の柱に飲み込まれる。周囲にいた敵兵の残党と陣所まで巻き込んで燃え盛るその豪炎が消え去った後には消し炭と化した多くの兵士の亡骸と未だ内部でくすぶりを見せる巨大な穴のみが残っていた。
「ちと加減を間違うたようじゃが静かになってなによりじゃ。始めからこうすれば良かったかのう……。しかしあ奴の額の魔道具はまさか……」
その後外壁から下に降りたエレノアは外に敵兵の姿がなくなったのを確認すると、再び騎士団員のいた詰め所に向かって歩いていった……。




