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パプリカの正体

 それはシンリ達が帝都に着いた日の事。


「「まったく、こんなにお汚れになられて……」」


 ガウェイン将軍とその配下に護衛され皇城に戻ったアルテイシアは、汚れた身体を洗ってもらう為、双子の侍女アリシアとフェリシアに服を脱がしてもらっていた。二人とも肩までのブラウンのショートボブだが姉のアリシアは右側を妹のフェリシアは左側をそれぞれ前髪が目を隠すほど伸ばしており、並んで立つと左右対称になる。二人が一緒にいる時は話す言葉もことごとくシンクロするので、アルテイシアは彼女達をいたくお気に入りだ。


「「ずいぶん嬉しそうですが、何か良い事がございましたか?」」


 浴室に移り身体を泡だらけにしながらもずっとニコニコと笑う彼女の態度に二人が問うと、彼女は顔をほんのり赤くし、一層ニンマリと笑ってみせた。


「んふふー、シンリにおうたのじゃ!」

「「シンリ?」」


「知らぬのか?シンリがサッとかけつけたらの、奴らめバタバターなのじゃ!」


 二人は互いの顔を見合わせて、二人同時に首を横に振った。


「ぬう……。わからぬのか?なげかわしい、シンリはわらわのおんじんであるぞ!」

「「ああ、アルテイシア様を帝都に送ってくれた冒険者!」」


 二人は顔を上げ二人同時に互いを指差した。こんな揃った動きを見るのが彼女は大好きなのだ。


 その後も彼女は毎日、シンリの話を楽しそうに侍女達に話して聞かせる。特にシンリが彼女と同型の勾玉を持ち、さらにそれが美しく輝いていた話などは大いに侍女達を驚かせた。


「「アルテイシア様は本当にそのシンリさんの事がお好きなのですね」」

「好き……。わらわはシンリが好き。そうじゃ、いや違うのう。大好きなのじゃ!」


 彼女のそんな想いは日々高まっていき御前試合やその後の謁見の時などは自分が行くと言って聞かず、その説得に侍女達は随分苦労した。だが、それも仕方ないのかもしれない。半年ほど前、両親が謎の奇病にかかり、それらの感染を防ぐ為にと魔道具まで用いて引き離され、この『千年宮』にほぼ毎日監禁されているに等しい彼女にとって、シンリの存在は唯一の光。心の拠り所として思いを募らせるのは必然である。


 しかし、帝国にしてみれば両親の奇病に治療の目途が全く立たない現状に於いては、彼女は唯一の後継者。苦渋の決断であったが正式発表は保留としたまま内々で引継ぎが進んでおり彼女自身にも己が現皇帝であるとそれとなくだが伝えてある。そんな帝国の存続のカギを握る彼女を外出させて行方不明になるような事態は二度とあってはならないのだ。






「お待たせ。向こうは片付いたよ」


 まるで食後の洗いものでも終わらせただけのように、何食わぬ顔で返り血一つ浴びてないシンリが『千年宮』に姿を見せると、アルテイシイアは真っ先に駆け寄り抱きついた。


「きてくれたのじゃなシンリ!」

「うん」


 嬉しそうにシンリを見上げる彼女。そんな様子を彼からもらった『超回復丸』により重傷の癒えたグラナダ達が目を丸くして見つめている。次の瞬間、彼女達はさらに大きな衝撃を受ける。幼き頃より両親意外には決して抱かれる事を拒んできたアルテイシアが、こともあろうに自身で両手を伸ばしシンリに抱っこを求めたのだ。これにはいつもの双子のみならず、グラナダを加えた三人のリアクションが見事にシンクロした。


「シンリ‥…」


 彼の腕に抱かれうっとりとした表情で寄りかかるアルテイシア。彼女のそんな安心しきった表情は随分久しぶりだなと、長く彼女の世話をしてきたグラナダはふいに熱いものがこみ上げてくるのを感じずにはいられなかった。


「シンリ殿と申されましたか。この度は陛下と私共の窮地をお救いいただき本当にありがとうございました」

「「ありがとうございました!」」


 グラナダがシンリに深く頭を下げると双子もそれに続いて礼をする。傷が治ったとはいえ破れた衣服まで修復される筈もなく、深いお辞儀で揺れる双丘がのぞき、白く美しい足が付け根近くまで見えている状況は、直視するには些か露出が過ぎる格好だ。


「陛下?……まあとりあえず、着替えるか何か羽織った方がいい」


 目を逸らしたシンリに指摘され、改めて自分の姿を見た彼女達は同時にボンっ!という効果音が付けられるほど赤くなり、気まずくなったシンリは彼女達に背を向ける。しばらく背後でゴソゴソと音がして、もう大丈夫だと言うので振り返ると破れた服の上から長いシーツのような物を巻きつけた彼女達の姿があった。


「それにしても先ほどの丸薬。あれ程の効果がある回復薬など、私は聞いた事がございません」

「「侍女長、あの丸薬ならもしかして……」」

「二人ともっ!」


『超回復丸』のあまりの効き目に感嘆の意を示したグラナダ。その後に続こうとした双子の言葉を彼女は強い口調で即座に制した。アルテイシアの両親、世間的には未だ皇帝、皇后と認識されている二人が奇病の床にある事は、皇城内でも一部の者しか知りえない最重要機密なのだ。いくら恩人のシンリとてそれを知られるわけにはいかなかった。


「ご無事ですかアルテイシア様!」


 ふいに廊下が賑やかになり、多くの足音を伴って入って来たのは宰相ボルティモアとミツク二だ。連れて来た近衛兵を廊下に残し、二人は自分達だけが入室すると扉を閉めた。


「シンリ殿、先ほどはありがとう。ささアルテイシア様っ……」

「やじゃ!」


 シンリに抱かれたアルテイシアの姿に、一瞬驚愕を示した彼等。我に返ったボルティモアがシンリに礼を述べながらアルテイシアを受け取ろうと手を伸ばしたのだが、即座に彼女自身に拒否された。


「……ゴホン。グラナダ達も怪我がないようで何よりだ。対応が遅れてすまない」

「我々が生き残れたのは、全てシンリ殿のおかげです。しかし……」


 選りすぐられた精鋭で編成されたアルテイシア直属の六人の護衛侍女達。その半数を失い、長たる自分が生き残ってしまった事に責任を感じているのだろう。グラナダは続く言葉を飲み込み下を向く。


「キミ達の最重要任務はアルテイシア様の護衛。求められているのはその結果のみだ。だとすれば任務は十分に果たされた。違うかい?」

「確かに……ですが……」


 ボルティモアのフォローにも微妙な反応のグラナダ。仲間を目の前で失った直後だ、下手な慰めなど通用しないだろう。


「ミツクニ様……でいいのかな?はじめまして冒険者のシンリです」

「ミツクニだ。堅苦しい話し方は必要ない。それに、はじめましてでもあるまい?」


「……その声どこかで……ん……あっ!」

「偽者でがっかりしたか?その節はすまなかったな」


 お互い黒髪に黒衣の為、まるで親子のようにも見える二人。シンリはこの時はじめて自分が謁見したのが、影武者を演じたミツクニであった事を知った。


「じゃから、わらわが謁見するともうしたのじゃ!」

「……いや、それは無理だろう」


「シンリ殿は気付いておられないのか?」


 シンリに抱き着くアルテイシアの言葉を冗談だとあっさり言ってのける彼の態度に、やれやれといった様子のボルティモアが真実を告げる。


「命を救っていただいたのだ、隠すのも失礼だろう。シンリ殿が今抱いておられる御方こそ現皇帝アルテイシア・ヴァシレシウス・ナベシマ十三世陛下だよ」

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