背負うもの
家長が亡くなった直後の屋敷だというのに、階下はより一層の騒々しさをみせていた。
その中心で各自に指示を飛ばしているのはジャンヌだ。直後はすっかり失意の底に沈みかけた彼女だったが俺と、そして誰より彼女をよく知るユーステティアの説得によって立ち直り、今は帝国を護る事だけに全力を注いでいる。
訃報はモミジによって皇城に伝えられたが、正式発表はやはり状況が落ち着いてからとの判断がなされ、ジャンヌの将軍代行に関しては正式にそれが認められた。そういえばモミジの落ち込みようも心配だな。彼女は本来キサラギやイチョウ同様に政府の要人、つまりエドワード将軍の護衛につく筈だった。それをエドワード将軍自身の強い要請があり、またそれを彼女達の頭領ミツクニも認めた為、ジャンヌの護衛についていたのだ。本来守るべき要人を守れなかった……そんな自責の念にかられているのだろう。
そんな彼女は今、ジャンヌの要請を受け『御鏡の儀』が近付いたユーステティアを護衛の兵士達と共に、儀式用に警備が一層強化された真偽院に送りにいっている。そこには現在『銀の七騎士』と呼ばれる真偽院が誇る最高戦力が集まっているらしいので心配なさそうだ。
「……という訳で、俺達の今後の行動に関してなんだが?」
今、俺の部屋で話し合っているのは冒険者としての俺達の立場と、この事態における我々の立ち位置。戦闘になれば多くの者を殺傷する事になるだろう。それらの扱いと、S級冒険者である俺やシズカのかかわり方も考慮しなければならない。
「戦うのは構いませんが散々目の前で敵を殺しておいてギルドカードを改ざん、表記がありませんなんて話は通りませんしね」
「殺さずに戦うって事ですか?難しいですね」
「不殺?難題!」
「おちおち魔法も放てんのう。それでは助太刀する意味もなかろうて?」
「召喚も…使えない…なの」
「そんなんじゃオレ達の身を護るのも難しいじゃんよ!」
「攻撃した端から回復魔法をかければ……いやそれでは攻撃の意味が……ううむ」
「いや、攻撃するけど殺さないようにってのは無理だろう。敵の数も多いし、敵の心配まですれば今度は自身の身も危ない。言っちゃあ悪いが俺にとっては帝国よりお前達が大事だ。そんな戦いを強いられるのなら最初から参加させない」
俺の発言に何やら全員赤くなってもじもじしている仲間達。ジャンヌは自称弟子だが、あくまで知人。彼女達のように家族ではない。彼女達も同様の考えで何が何でも戦いたい訳ではないのだ。とはいえ泊まらせてもらっている恩義を感じてないわけではない。力にはなりたいとは思っているのだが……。
「お兄様、やはりここは一度バービーに相談してみるのがいいのではなくて?ギルドが今回の件をどう考えているのか聞いてみましょう」
「……そうだな。まずはそこからだ。ではちょっと行ってくる」
事態の進み具合からあまり悠長な事もしてはいられないだろう。俺は即座に冒険者ギルドの帝都本部に転移した。本部長室には厳しい顔をしたバービーとイチョウがおり、二人の態度から遅かれ早かれ俺がこうして訪ねて来るだろう事は想定済であったようだ。
「ふう、よかったよ。アンタが何かしでかす前にこっちに来てくれて!」
第一声から随分な言われようだが、彼女達が最も懸念していたのは俺達が自身の判断のみで勝手に敵の殲滅に赴く事だったらしい。
「さて、ここにアンタ宛の指名依頼がある。正式にはアンタ達、黒装六華への依頼だがね」
「指名依頼?いやしかし今は帝国の……」
「まあ、お聞き。依頼主はこの帝国の将軍の一人、ガウェイン・シュトラウス。内容は護衛。期間と対象は、今回の危機が回避されるまで。それまでこの帝都を守ってほしいんだとさ!」
「なぜ彼が?それにそんな規模の依頼なんて聞いた事がない」
俺の問いに答えを述べず、彼女は一旦ちゃぶ台の上のお茶を一口すすった。
「まあ、あの家とアンタの因縁を考えれば荒唐無稽な話さね。だが、アンタなら……いやこんな依頼、アンタ達しか出来ない!……違うかい?」
確かに……聞いている今の帝国の状況はかなり悪い。今のところ全てに於いて敵の思惑通りに事を進められてしまっているようだし、こんな状況を一気に覆す事が出来る者など……。
「ちなみに報酬はシュトラウス家が所有する全て。金銭や財宝はもとより保有する領地、土地、建物など、文字通り全てを支払っての依頼だよ!」
「そんな……彼はいったい……」
全てを俺に差し出してしまっては帰国した彼はどうするというのか。そんな俺の疑問にバービーはやや言葉を選びながら説明してくれた。今回の遠征の結果次第では御取り潰しも有り得るのだと……。
「ともかくだ……アンタがこの依頼を受ければ冒険者として堂々とこの事態に関わる事が出来る。それに今回の敵に関しても帝国、王国の両国家が国家間の紛争ではなく、あくまでも外敵や蛮族の侵攻といった扱いにする事で話がついているから、ギルドカードの記載を気にせず遠慮なく戦えるよ。もちろん非戦闘員の帝国民を殺傷するような事があれば厳罰は免れないが、アンタ達なら心配いらんだろう」
そこまで話した彼女は再びお茶を一口飲むと、溜め息をつきながら遠くを見るようなそぶりを見せた。
「頭のきれる男さ、ここまで読んでいたんだろうね。だが兄弟に恵まれなかった……。死なせるには惜しい男だよ……」
恐らく、彼とは長い付き合いなんだろう。彼女の眼の端には僅かに膨らむ涙が見えている。
「ここで俺が断らないのも彼の読み通りなんですかねえ?」
「あ、アンタ……じゃあこの依頼……」
彼女の眼の端から一筋の涙がスーっと流れ落ちる。
「この依頼、確かに我々黒装六華がお受けしました。ですが全財産なんて重いもの受け取れません。持ち主にはちゃんと帝都に戻ってもらいましょう」
「……言うじゃないか!まったく、調子に乗るんじゃないよ……だが、頼んだよ!」
俺の言葉に彼女はいつもの笑顔を見せ、悪態をついてくる。だが俺が退出する時に、閉まる扉の向こうからは小さな声で確かに「ありがとう」と言うのが聞こえた。




