赤の災悪
翌朝、ギルドでハンスから依頼書を受け取って村の北門に向かうと、すでにゼフの商隊が出発準備をしているところだった。
「おはようございます、ゼフさん」
「これはこれはシンリさん。おはようございます。よろしくお願いしますね」
軽くゼフと挨拶を交わしてから、本来この護衛任務を受けている冒険者達のところへ向かう。あまり気乗りはしないが、きちんと筋は通しておくべきだろう。
「おはようございます。ご一緒に護衛するようになったシンリです。こっちが仲間のシズカとアイリ。よろしくお願いします」
「……フンッ!新人になんて構っているほど暇じゃあないんだ。君達はせいぜい馬車の中でも見張ってるといいさ」
いきなりの増員、それもなりたての新人とくれば彼等としては面白くないんだろう。
……だからシズカもアイリも、武器を構えるの止めようか。
そんなやり取りをしていると、門の辺りが慌ただしくなり頑丈そうな木で作られた門が突然閉められた。
「おーいっ!シンリ、シンリはいるか?」
村の方から息急き切って駆けて来るのはハンスだ。一体何が起こっているだろう。
「ハンスさん、どうしたんです?」
「ぜえぜえぜえ……。出発前でよかった。すまんが村の存亡に関わる一大事だ。頼む!力を貸してくれ!」
汗まみれの彼の目は、いつもの余裕が一切見られないほど真剣だ。
「奴が、ついにあの『四災悪』が出てきやがった!」
ハンスの言葉に、それを聞いていた者全員が凍りつく。平然としているのは、それを知らない俺達とゼフの護衛で来ている冒険者達のみだ。
「すみません。俺はその人物を知らないのですが、そんなに危険なんですか?」
「ああ。かつて、ここからさらに南へ一週間ほど馬車で下ったところにサハラ村って比較的大きな村があったんだが、そこの住民を追い出して『奥様の気まぐれ団』という巨大な盗賊組織が村ごと根城にしちまってたんだ。それが、二年くらい前か……主力の遠征中に根城が襲撃されてな。恐らくは『冥府の森』の魔物の仕業なんだろうが、とにかくひでえ有様だったらしい」
「…………」
「これは危険だってんでそこは放棄されたんだが、最近になって奴等は新しい根城にしちまおうって事で、どうやらこの村を狙ってやがるのさ。そんな奴等には頭領の下に『四災悪』と呼ばれる腕利きの幹部達がいてな、そのうちの一人が今、村の外を包囲している盗賊と共に来ているらしいんだ!」
「……四災悪。わかりました、俺達でよければ力になります」
嫌な地名を聞いたものだ。だからと言ってこの村を見捨てるわけにもいかないだろう。
俺は念のためアイリを北門に残し、シズカと二人でその幹部とやらが来ている南門へとハンスに続いた。
「見えるか?あの真っ赤なローブを着込んでやがるのが通称『赤の災悪』カライーカだ」
到着した俺達は、硬く閉じられた南門の木の隙間から、村を包囲する盗賊の様子を伺っている。
恐らくは百人は下らない数の賊の中心に、一際目を引く真っ赤なローブ姿の男が立っていた。これがカライーカ。強力な炎の魔法を操り、溢れ出る魔力は吐く息さえも業火と化すというが……。
(魔眼で見る限り、奴が使える魔法は『着火』などのいわゆる生活魔法レベル。生活魔法というのは属性、適性関係なく、僅かな魔力でも保有していれば練習次第で誰でも使える程度のものだ。奴がそれほどの技を使いこなすとは考えられないのだが……)
「ひゃっひゃっひゃ。見える見えるぞぉ、この村が業火に包まれ燃え盛る中を逃げまどう貴様らの姿がなぁ!」
両手を広げて手に持った杖(アイテム名、木の枝)を振りかざすカライーカ。その姿に盗賊達は色めき立ち、門の中の村人達は震え上がる。
「ど、どうだ……村人は降伏の意志を示したか?」
両手を上げたままの姿勢でカライーカは横にいる部下に問いかける。
「いえ、まだなんとも。奴等きっと、カライーカ様にビビって出てこられんのですよ!」
「ふふふ。強すぎるのも困ったものだ。仕方ない、さっき捕まえた娘を連れてこい!」
「へい!」
彼が部下に命じると後ろ手に縛られた小さな少女が引き出されてきた。
「愚かな者どもよ!今から見せしめに、この娘を焼き尽くしてやる。同じようになりたくなければさっさと降伏して門を開けるんだな!ひゃっひゃっひゃ」
カライーカがそう言うと部下が少女を高々と頭上まで持ち上げた。
「おいおいおい、ありゃあマリエじゃねえか!なんだって村の外に?」
「ハンスさん!」
「おお、エバンスか。マリエはなんだって一人で村の外に出たんだ?」
「それが……旅立つシンリさんに花を贈るんだと。村からは出ないように言っておいたのですが、壁際にマリエの好きな花が咲いている一角があるので恐らくは……」
そう言ってエバンスは申し訳なさそうに俺の方を見る。マリエは素直でとてもいい子だ。カトリーヌさんの手料理も美味しかった。エバンスさんには泊めてもらった恩義もあるしな……。
「ハンス、一つ聞きたい」
「なんだシンリ」
「奴等をもし殺してしまった場合、冒険者としてなんらかのペナルティがあるのか?」
仮冒険者証を作った際にハンスから今後の事として注意されたことが幾つかある。それはギルドカードを持った冒険者は、その行動に関してある程度の制約を受けるというものだ。カードには魔物の討伐記録はもちろんのこと、人を殺めればそれも記録に残る。つまりは違法に人を殺めたりすれば、そのカード自体が自らの犯罪の証拠にもなりかねないという事なのだ。
「それは問題ない。奴はとっくにお尋ね者だ、報酬が出る事はあっても罪に問われる事はねえ。奴の配下にしてもそうだ。何よりお前さんのはまだ仮冒険者証。そんな記録は残んねえよ」
「わかった」
「いいのか?燃やすぞ、燃やしちゃうぞ!この娘がどうなってもいいんだなぁ?」
村から何の反応もない事に苛立ったカライーカは部下が持ち上げた少女の方を向くと、その杖をこれ見よがしに振りかざした。それでも村の門が開く様子はない。
「くそが、後悔させてやる。これがお前らの末路だあぁぁ!」
そう言って一瞬だけ彼はローブの袖で顔を隠すと、少女の方に顔を突き出した。その口からは炎の渦が飛び出し、少女目がけて襲いかかる。
「いやぁぁぁ!助けてシンリお兄ちゃーん!」
だが……。
「ぐぎゃあああ、顔が俺の顔があぁぁ!」
次の瞬間、炎を浴びてのたうちまわっていたのはさっきまで少女を持ち上げていた盗賊の男であった。
「大丈夫かいマリエ?」
「うんっ……お兄ちゃ、お兄ちゃんがきっと助けてくれるんだって信じてた。信じてたよぉ!わあぁぁーん」
「ごめんね遅くなって、怖かったろう。もう大丈夫だから、しばらくの間眠って待ってて」
そう言って俺は泣きじゃくるマリエをそっと眠らせ、すぐ隣に来ていたシズカに門のところまで連れて行かせた。
「さて、カライーカと言ったな。お前の手品のタネは見せてもらったよ。この世界では知らない者がほとんどだから通用したんだろうが、俺にとってはそんなのよくある大道芸に過ぎない」
「大道芸だと……この大魔導士カライーカ様の超絶魔法を芸などと言うのか貴様は?」
怒りと、恐らくは仕掛けを俺に見抜かれてしまった焦りでワナワナと震えるカライーカは、再びローブの袖で顔を隠そうとする。
「おっと、そいつは止めた方がいい。俺は生活魔法が苦手でな、師匠からも特に着火は使わないように言われているんだ」
「ぐ、ぐぬぬ。そそそんな生活魔法ごときと、お、俺の大魔法を一緒にするのか!」
シンリの言葉でカライーカは全てが見抜かれていることを理解した。しかし、このハッタリ一つでここまでのし上がってきた彼には、これ以外に攻撃する手段がない。周囲に見られぬよう、ローブのダボついた袖の中に隠している瓶から中の油を口の中に含み……。
「やれやれ……着火!」
シンリがそう言って右手を掲げると、その周囲に無数の火が宙に浮いた状態で現れた。一つ一つはロウソクに灯したような小さな火だが、その数はざっと見ても百以上。正面にいるカライーカもすっかりその火の包囲網の中にいる。
掲げた右手の指をシンリがパチンと弾いて音を鳴らすと、それに呼応するかのように夥しい数のその火がボンと弾けて、それぞれがバスケットボール大の火球と化して一層燃え盛った。
「ぶはっ!ぐふっ……ぐわあぁぁぁぁ!」
一瞬で炎に包まれたカライーカの口から思わず油が飛び出すと、それに引火して彼は喉から火を吐いて悶え、のたうちまわった。それによりローブに仕込んだ油入りの瓶が次々と割れてそれらにも引火。彼は炎に包まれ、息絶えるまでもがき続けた。
師匠が生活魔法を教えてくれた時も俺は森の一部を焼け野原にしてしまい、それ以降使用を禁止されている。
どうやら俺の保有する魔力は桁違いにもほどがあるらしい。その為どんなに俺が最小限に加減しても、いわばゲームで言うところのMP1で使える程度の生活魔法に過剰すぎるMPを注ぎ込んでしまうので、必ずこのように暴発するのだ。
「だから止めた方がいいって言ったのに……」