もたらされた凶報
「それは確かな情報ですか、本部長殿?」
とある和風の佇まいの一室で、ちゃぶ台を挟んで向かい合う二人。聞き直したのはこの和風の部屋には随分不釣り合いな、金髪碧眼で全身鎧と真紅のマントを身に纏った長身の男性。
「ああ、王都の坊主がわざわざ連絡よこしたんだ、信用出来るだろうね」
返事をしたのはこの部屋の主、冒険者ギルド帝都本部、本部長バービー。その答えに肩をわなわなと震わせている男性はガウェイン将軍だ。彼はバービーに火急の用、それも出来る限り内密にとの連絡を受けてこの場に来ている。
「まさかこのタイミングで『龍姫』が動くとは……」
それは王都のダレウスが送ってきた情報だった。それによれば『龍姫』と幾つかの小国が帝国侵攻の動きを見せているらしい。
「今朝から気になってイチョウに街中を調べさせたんだがね、あんたにとっちゃ悪い報せがもう一つある」
「くっ、これ以上何が?」
姿を消したガルデンとガイウス。『龍姫』と小国連合軍の侵攻。唯でさえガルデン達の動向が掴めずに精神的に疲弊している彼にはいつもの余裕が見られない。
「街中にいる『緑』の連中、ありゃ偽者だよ」
「なっ!」
イチョウの報告によれば、現在我が物顔で街中を闊歩する緑色の装備を身に付けた者達、彼等は冒険者ですらないただのゴロツキ共で、『緑』が畏怖されているのをいいことに恐喝まがいの事をしているだけの小悪党だという。
冒険者で『緑』に入った者、所謂正規の『緑』の構成員はガルデン達同様にここ数日で姿を消していたのだ。
「まさか!……いや、だがそうか……奴等め『龍姫』と組んで帝国に攻め入る気か!」
「まったく……きな臭い話になってきたねぇ」
「本部長殿、情報感謝致します!私はこれより皇城に赴き今後の対策をせねばなりませんので、ここで失礼します!」
そう言うと彼は足早に階下に駆け下りて行った。
「まったく、いつもの余裕はどうしたんだろうねぇ。そうそう、イチョウ!」
「はい」
バービーが呼ぶと、側の引き戸からイチョウが姿を見せる。
「緑達が居ないなら、アンタはもう戻ってもいいんじゃないのかい?」
「いえ。帰還の命令は出ておりませんので」
「……そうかい。ま、いいけどさ。じゃ、お茶のおかわりでも頼もうかねぇ」
「はい」
返事をして引き戸の向こうに去るイチョウを見送ると、バービーは天を仰いだ。見上げた天井には施設の古さを物語る様々な濃さのシミが見える。ちょうど彼女の頭上にあるのは濃いシミに囲まれ徐々に小さくなるシミの無い部分。その侵食され失われつつある部分を今の帝国に重ね合わせて、彼女は深い溜め息をついた。
「巫女王様の加護は無く、かつて戦争を止めたアストレイアももういない……。やれやれ隠居するまで待ってくれればよかったものを……」
「御父様、何事ですか?」
奥の部屋から響くジャンヌの声。俺達は既に日課にされつつある彼女の修行に付き合わされて、中庭とそこが望める応接間に全員でいた。
一旦休憩を取る事になり、彼女は侍女にお茶の準備を頼みに行ったのだが……。
「わからん!だが緊急の招集らしい、まあ詳しい話は帰ってからしてやる」
そう言いながら俺達を一瞥し、彼女の父エドワードは足早に玄関の方へと去ってしまった。
「どうしたジャンヌ?」
「師匠……いえ緊急の招集らしいのですが……」
彼女は不安そうな表情で父の姿が消えた長い廊下を見つめている。この時点の俺達は、未だ帝国に迫る危機を一切知らずにいた。
「すまん。遅くなったな!」
エドワードが到着すると皇城『グランツ』内の一室にはガウェイン、ニコラス両将軍。宰相のボルティモアと数人の元老院議員が既に集まっていた。
「おおエドワード!我らも今しがた着いたばかりだ!」
そう言ってニコラスはエドワードの肩に手を置き、室内中央に置かれた大きなテーブルの自分の席の隣を彼に勧めた。
全員が揃ったのを確認すると、ガウェインが立ち上がり話し始める。
「急な招集に応じてくれて感謝する。俺の判断で済まないが、事は急を要すると思ってな」
「将軍である君の判断だ、構わんよ。それで、いったい何があった?」
ボルティモアが皆の言葉を代弁すると、彼に軽く一礼してからガウェインはバービーから聞き得た情報を皆に話した。
「『龍姫』か、強えぇらしいな……」
突如聞かされた、あまりにも突拍子の無い話に誰もが押し黙る中、ニコラスはそう言いながらニヤリと笑った。
「不謹慎ですよニコラス。しかしガウェイン、確証はあるのですか?」
「ああ、確かな筋からデジマール経由でもたらされた情報だ。俺は信じていいと思う、それに……」
一拍の間を置き、ガウェインは申し訳なさそうに全員の顔を見回して言葉を続ける。
「この場に居ないのでおかしいと感じた者もいるだろうが、我が兄並びに弟が数日前から行方不明だ。更には街中の『緑』の正規構成員達もこれに呼応するように姿を消した……」
その先の言葉を彼は言いたくはなかった。それを言わずに済むように動向を見張り、自らの手を汚してでも止めるつもりであったからだ。だが、それは叶わず、事態は予想より遥かに深刻な物として彼に突きつけられた。
「つまり……我が兄、帝国軍事顧問ガルデン並びに愚弟ガイウスは『緑』の者達と共に離反。謀叛に及ぶ可能性が高い!」
かつて帝国の武の象徴とさえ言われたガルデンの離反。その事実はニコラスの口元からも笑みを奪う。
「……すまない。当家はいかなる処分も受けるつもりだ。本当に申し訳ない……」
そう言ってガウェインはテーブルに額が付くほど、深く深く頭を下げる。
彼が誰よりもシュトラウス家を大切にし、守ろうとしてきたのかを知る一同には掛ける言葉も見つからない。その場の全員が頭を下げたまま動かないガウェインの姿を、沈痛の面持ちでただ見つめていた。
 




