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五日前

 俺達が帝国に来たもう一つの目的、それはガイウスへの逆告訴。

 その準備段階として双方いずれかの真偽官の虚偽の報告を暴くために行われる『御鏡の儀』が一週間後に決定した。だが、ユーステティアの話によればこの儀式に使われる『ヤタの御鏡』が偽物である可能性が高いと言うのだ。そして本物は現在巫女王スクナピコナが所有しているらしいと……。


「と、言う訳なんだが、どうなんだスクナピコナ?」


 偽物を使った形式だけの儀式で無駄な時間稼ぎをされたくはない俺は、神域アワシマにスクナピコナを訪ねて事の真偽を聞き出し、もし叶うなら本物を借り受けようと考えてここに来ている。


「オオナムチ様の仰る通り、現在帝国にあるのはそっくりに作らせた偽物。本物はここに御座います」

「やはりそうか……。すまないが、それを一日だけ借りる事は可能だろうか?」


「もちろん、オオナムチ様が御所望とあらば是非も御座いません」


 快く引き受けてくれた彼女の話によれば、神が宿る『ヤタの御鏡』は、対象の時間を止めてしまう【魔眼】には収納出来ないとの事。だが、秘宝である鏡を使う『御鏡の儀』時の警備の厳重な真偽院にはマジックバッグを持っては入れないし、そもそも同行出来るかもわからない。

 持ち込む方法に頭を悩ましていたところ、彼女から配下の者を遣わし秘密裏に入れ替えておこうとの提案があり、彼等に任せる事にした。


「オオナムチシンリ様!」


 神殿を出た俺を呼び止めたのは、勘違いからすっかりこの長い呼び名を使うようになったスマッシュだ。


「久しぶり。なんだか嬉しそうだな?」

「はい!これをご覧ください!」


 彼が恭しく差し出したのは、黒い小箱の中に入れられた赤い丸薬。以前分けてもらった『超回復丸』は深い緑色だったので、これは全く別の物なのだろう。


「これは?」

「はい。こちらは『神丸』でございます!」


「『神丸』?」


 彼の説明によれば超回復丸より更に奇跡的な確率でしか作れないのがこの『神丸』。材料自体も非常に入手が困難である為、滅多に精製に挑戦する事自体も出来ないらしい。

 今回は新たなオオナムチ誕生を祝う意味で精製に挑戦したらしく、それでも成功したのは僅かにこの三つのみ。しかし複数個の精製に成功した事自体が数百年振りの事らしく、これも次代のオオナムチ、つまり俺の持つ強運故だと彼等は興奮気味なのだ。


「……効果は死亡以外の全ての状態異常からの完全回復です!」


 この『神丸』は、病気はもとより呪いや魔法等によるあらゆる状態異常を治し、重傷や致命傷、更には欠損した箇所まで再生させる事が出来るらしい。文字通り、神の力にも等しい万能薬だ。


 そんな貴重な『神丸』を三つ全て俺に差し出してくれたのだが、必要な時があれば貰いに来ると言い断ると、俺にもしもの事があった場合に持っていなければ意味が無いと言われ、押し問答の末に一つだけ俺が貰い、残り二つはここで預かってもらう事で話がついた。


 俺は持参した『甘麦屋』のあんパンを彼等にお土産として渡し、転移して帝都に帰る。



 転移した先、ジャンヌの屋敷に借りた俺の寝室に戻ると、そこには珍しい者の寝姿があった。


 俺の枕に顔をうずめていて顔は見えないが、キラキラと輝く長く美しい金髪に、彼女の代名詞たる純白の翼。軽装の間から伸びたしなやかで艶かしい足。その素肌は赤子のように無垢で白く、触れたならシルクさながらの手触りに誰しもが魅了されてしまうだろう。


 彼女の名はガブリエラ。とある事情により地上に降りて来た、正真正銘本物の天使だ。ただそこに居るだけで誰もが目を奪われる程の美しさは、地上の人間達とは全く違う存在故か。普通の人間が使う光魔法のみならず、光、聖属に関しては未だ地上では未知の知識、魔法を極めていて、剣士でありながらも我がパーティの頼れる回復職だ。


 彼女が目覚める様子がないので、俺はそっとベッドに腰掛けると、その純白の翼を優しく撫でてみた。

 この翼は、本人の意思で大きさが変えられるらしい。戦闘時は小さく、長距離飛行時は大きく等と使いわけるのだとか。普段は衣装の妨げにならぬよう小さくして、更に光魔法の[透明化]をかけて隠してある。


「……んっ、くぅ……あはぁぁ……」


 ふいに吐息と共に漏れる声。あまりの手触りの心地良さに暫く撫で続けていたせいで、彼女が気付いてしまったようだ。翼を持たない俺には想像も出来ないが、当然神経も通うこの翼は、飛行時に微妙な気流等を感知出来るよう、かなり敏感な部分であるらしい。


「すまない。起こしてしまったか?」


 首だけを動かして、詫びた俺をぼんやりと見つめる彼女の瞳。少しずつ思考が戻ってきた彼女は、俺のベッドに寝ている自らの状況を理解したのか、みるみる耳まで真っ赤になっていく。


「……主君」

「大丈夫だ。そのままでいてくれ」


 慌てて身体を起こそうとする彼女を制し、師匠アストレイアを思い出させる金色の髪をそっと撫でる。


「そ、某は主君の剣。剣を愛でるも剣士の嗜みでしょう。どうぞお好きに……」


 それだけ言うと彼女は再び枕に顔をうずめてしまった。更に赤くなった耳が恥じらう心情を伝えている。

 普段は凛としてあまり表情を変えず、見方によっては美しい美術品のようにも見える彼女だが、俺と二人の時には時折こんな少女みたいな反応を見せてくれる。このギャップがまた堪らない。


「随分と嬉しそうですわね、お兄様?」


 いつの間にか開かれた扉のところには、シズカが腕を組んで立っておりこちらをジト目で睨んでいた。


「ただいまシズカ」

「おかえりなさいませお兄様。お戻りになられたのでしたら、あの修行馬鹿のお相手をお願いいたします。先日収監施設に行ってから、あの馬鹿目の色が違っていて手に負えませんわ」


「やれやれだな……。ありがとうガブリエラ」


 そう言って俺が立ち上がると彼女も続いて勢いよく起き上がる。


「我が身は主君の剣。剣をお忘れでは太刀合うことも出来ますまい。お供致します!」


 背筋を伸ばして横に立つ彼女は、もういつもの凛とした空気を纏う武人の顔をしている。俺はもう少し先ほどの彼女を見ていたかったなと思いつつ、彼女達と下に降りていった。

 やれやれ、今日も暗くなるまで皆でジャンヌの相手か……。


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