不愉快な会合
「荒れてやがんな、いったいどうしたシルビア?」
入ってくるなり叩きつけるように扉を閉め、ソファに座って組んだ足の膝をトントンと指で叩きながら、不機嫌極まりないといった表情を見せているのは、冒険者ギルド王都本部、本部長秘書のシルビア。かくいう彼女こそホーリーヒル王国第一王女、シルヴィア王女その人である。
そんな彼女の様子を執務机の向こうから呆れた表情で眺めているのがこの部屋の主、ギルド王都本部本部長であり、現在生存している冒険者の中で最高位のSS級冒険者、ダレウス。
「……通称『金剛さん』だ!」
「いやシルビア、お前誰に言ってやがんだ?」
シズカが付けたこの呼び名が広まっていくのに苛立ちを見せていた彼も、オニキスがそれを言い始めた途端、態度を一変させ容認する姿勢を見せ始めている。まあ、それはそれで周囲の者は面白くないんだが……。
「そんな事より、今日は他国の要人と会うから休むって言ってなかったか?」
「それなんですが…………」
時を遡り、同日の朝。王都の中心部にそびえる、ここ王城『ザヴングル』は、一人の来賓を迎えていた。
その広大な国土の北と東を海に面し、南と西は三日月状に広がるサーガ帝国と接しているホーリーヒル王国。そこから西へと向かい帝国領土を超えた先にあるのが『デジマール商国連合』である。
「これはこれは銀麗の姫君!眩いばかりのその美しさ!変わらず……いえ、また一段と美しくなられたようで!」
「……ザビエル卿、ご機嫌麗しゅう」
身振り手振りを加え、最早仰々しいを通り越したウザい挨拶で、出迎えたシルヴィアの頬をヒクつかせているのは、デジマール商国連合、連合議長の次男である『ザビエル・カステール』。
九十九の商業組織が集まり一つの大都市を形成する都市国家であるデジマール商国連合は、王国の三分の一程度しか国土を持たない小国でありながら、国家の特性上様々な国の文化、情報、技術等が集まっている。
永久中立を謳うデジマール商国連合の首都『ホランドル』には、そんな各国間の交流とその知識の習得を目的として、各国の出資によって運営されている学園があり、彼はシルヴィアが学園に通っていた時のクラスメイトでもあった。
「つれないねぇ。君と僕の仲じゃないか?僕はこんなに一途に君を想っているというのに」
「……それは光栄ですね。では、お父様と謁見なされた後、本当の目的を伺いましょう」
そう言うと彼女は、これ以上話しかけるなオーラを発散させながら、彼を父親である国王が待つ謁見の間に案内した。
彼と国王との謁見は僅か二十分足らずで終わり、二人はいつもシルヴィアが客を迎える銀麗宮ではなく、王城内にある簡素な内装の応接室にて再び顔を合わせている。
「やっと二人きりになれたねぇシルヴィ?」
「……ご安心下さいザビエル卿。侍女が二名ほど側におりますし、廊下には護衛も控えております。二人きりではありませんよ」
「ふぅ、変わらないな君は。だが簡単に仕留められない獲物でなければ、追う楽しみがないからねぇ」
「狩りの話題は置いておき、本題に入りましょう」
応接室に彼を迎えてから一切表情を変えないシルヴィアの態度。来賓に対するものとしては失礼極まりないのだが、彼にとってはそれがいつもの事らしく、ヘラヘラと笑いながら怒る様子も見せずに会話を続けていた。
そんな彼が、ふと真剣な顔を見せる……。
「ここナインスティア大陸に君臨する二大大国。その一方に終焉が近づいている……」
「…………面白い冗談だわ。笑えないけど」
ナインスティア大陸とは現在彼等が暮らすこの大陸の事で、二大大国とはそこに存在する国家群の中でも飛び抜けた国土を持ち、多くの国民達が暮らすホーリーヒル王国とサーガ帝国の事である。
「おや、既に何らかの情報を掴んでおいでのご様子。銀麗の姫君が動揺されるのを楽しみにして参りましたのに、残念残念」
「いえいえ、このような場所でかような発言をなさる事には、驚かされましたわ」
突然の発言にも動じない彼女の反応に、明らかにつまらなさそうな表情を見せるザビエル。滅びる対象の国名をどちらかに限定しなかったにもかかわらず、平然としている彼女を見て多少の情報は得ているものと推測したようだ。
一方のシルヴィアの胸中は、彼が感じた程穏やかなものではなかった。帝国に放ち、シンリ達との接触の危険性があった『緑機衆』を解散に追い込み、現在は『緑』内部に潜入させている密偵、AT14からの報告で内乱の危機有りとは聞いていたが、まさか事態がより深刻であり、尚且つ周辺国家にまでそんな情報が伝えられているとは思ってもみなかったからだ。
「そんな噂話をする為に、わざわざお越しいただいたのかしら?」
彼女はそう言って、心底つまらないといった表情を作り頬杖をつく。好意が全く持てない相手とはいえ、付き合いは長い。彼から更なる情報を引き出す術を彼女はよく解っているのだ。
そんなシルヴィアの態度に、彼はあっさりと顔に動揺を浮かべ始めた。先ほどまでの余裕たっぷりの態度は消え、目が泳いでいる。
「し、しかしだよシルヴィ。いくら帝国が強くとも相手はあの『龍姫』と周辺の小国連合軍だよ。普通なら持ち堪えるだろうが、今の内情では耐え切れないだろう?」
彼はシルヴィアの術中にはまり、彼女でさえ未だ掴んでいない情報を話しだした。大規模な戦闘になるなら当然武具や多くの物資が動く、そうなれば当然彼等の国の商人を通す事となり、その出入りの商人から様々な情報が即座にもたらされる事になるのだ。
「……商国連合の情報収集能力は流石と言うべきだわ。でも、残念ね。その判断と認識では、今回も貴方は私に勝つ事は出来ないわ、万年次席さん?」
そう言って今日初めて、彼女はザビエルに少しだけ笑顔を見せた。




