初めての依頼
「おい!エバンス、昨日の新人達はいないか!」
翌日の朝は戸を激しく叩くハンスのそんな大声で目を覚ました。何か急用だろうか。俺達は、とりあえず急いで準備をしてハンスの下へ向かう。
「おお!一緒に来てくれ、猫の手も借りたい事態なんだ!」
「猫って……。いったい何があったんです?」
「それは行きながら話す。とにかく来てくれ!」
そう言ってハンスは俺達が村に来たのとは反対の方向へと走り出した。
「新人よ……お前さん、本当は盗賊倒したんだろ?」
「…………」
「ふん、まあいい。だが勝手にそういう事にさせてもらうさ。すぐ近くで、この村に向かっていた商隊が襲われている」
「それってゼフさんの?」
「聞いてるんなら話しが早い。奴はこの村の恩人だ、なんとしても助けなきゃならん!力を貸してくれ!」
……シズカ、言いたい事はわかるから。そんな、あからさまに嬉しそうな顔をするな。
「おお、見つけた!ハンスお兄ちゃん大変だ!南門に盗賊が向かって来てやがる!」
「何ぃっ!そっちもなのか?くそったれが……」
「…………」
彼がもたらしたのは、村に危機が迫っているという報せだというのに、俺達はハンスの呼び名の普及率の高さのほうに驚いていた。
「新人、改めて聞こう。名前は?」
「……シンリです」
「よし、シンリ。お前達にはゼフの商隊を任せたい。頼めるか?」
「わかりました」
「よっしゃ!シンリ、終わったら駆けつけるから無理すんじゃねえぞ!おい、村の男共を南門に集めろ!急げよっ!」
慌ただしく指示を飛ばしたハンスは、向きを変えると今来た道を全力で引き返していった。
それを見送り、村の北門を出てから少し行くとゼフの商隊と思しき一団が見える。どうやら馬に乗った集団に囲まれているようだ。
「お困りのようですわね?」
先頭の馬車の御者台に乗っていた男性の隣には、いつの間にかシズカがちょこんと腰掛けている。
昨日、出番がなかったからウズウズしていたんだろう。大した敵もいないし、まあ今回は見せ場を譲ってみるか。
「だ、誰だいキミは?」
「正義の味方……ってところかしら」
「何を言って……いや、それよりも状況がわかっているのかい?」
「当然。ところでゼフさんというのは貴方なの?ワタクシ達馬車が買いたいんですけど、お持ちかしら?」
「残念ながら。しかし、馬車を買うならせめてセイナン市くらいの大きな町まで行かないと……」
「あら、本当に残念だわ」
「てめえら、この状況わかってんだろうなあ!何をごちゃごちゃ言ってやがる?ってか、そいつどっから湧いて出やがったんだ?」
盗賊達など完全に眼中にないといった様子でゼフと話すシズカ。放って置かれた盗賊達が苛立つのも当然だ。
「では、ゼフおじさま。こういたしませんこと…………」
「わ、わかった。それくらいでこの命が助かるのなら安いもんだ」
「ふふふ、では商談成立ということで」
なにやらコソコソとゼフと交渉していたシズカは御者台の座面にすっと立ち上がった。
「やる気か嬢ちゃん。なかなか綺麗な顔してるじゃねえか。たっぷり可愛がってから売りとばしてやるぜ!」
『調子に乗るな雑魚どもがっ!』
盗賊の下品な発言にやや機嫌を損ねたシズカがそう言葉を発すると、周囲の空気がビリビリと震える。
そして辺りを包み込む静寂……。
「あら、もう終わりなんですの?」
きょとんとした様子の彼女の周りでは人がバタバタと倒れ、馬さえも泡を吹いて倒れてしまっていた。
これで昨日の俺の心境がわかってもらえただろうか。俺ほどのLVではないものの、彼女は真祖と呼ばれる吸血鬼が、その生涯で得たステータスをそのまま受け継いだチートキャラ。そこにこの二年あまりの修業で得た上積みが乗っているのだから、うっかり本気で気を解放していたら、この場の全員が死んでいてもおかしくはないのだ。
俺達は盗賊を荷縄で縛ると、馬達を起こしてシイバ村へと戻った。
「……こ、ここは?」
「シイバ村です。盗賊はあの通り……」
ゼフと商隊の者達を起こし、無事に村に着いた事を知らせる。俺が指差した先には気を失ったままの盗賊達が縛られた状態で転がっていた。
「なんと!でも、いったい私は……」
「仲間が術の威力の加減を間違いまして、皆さんまで影響を受けてしまったんです」
まさか、うっかり威圧し過ぎちゃったんですとも言えず、魔法か何かを使った事にしたのだが、どうやら上手く誤魔化せたようだ。
「いやはや大した効き目ですな。しかし、助かりました。ありがとうございます」
「……いえいえ」
「では、とりあえずこれを。残りはいつでもセイナン市にある私の店に取りに来られて下さい。命の恩人に……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
当たり前のように、ゼフは俺に金貨の詰まった小さな袋を差し出してきた。事情を聞くと、先ほどシズカに自身の命と商隊を全財産の半分を払う約束で救ってもらったという。
何を話しているかと思えば、いやいやシズカ、それはやり過ぎだ……。
「あれは冗談ですよ。俺達はハンスの指示で救援に向かったに過ぎません。いわば冒険者としての仕事です」
仕事とはいえ正式な依頼書がある訳ではないので報酬があるのかは不明だ。でも実際大した事もしてないのだから、それも仕方ない。
「おお、ゼフ!無事だったか!」
「これはこれはハンスお兄ちゃん、おかげさまで助かりました」
すると向こうからハンスが息を切らして駆けて来るのが見えた。
っていうか、ゼフお前もなのか……。この村とその関係者への彼の呼び名の普及率はかなりのものだ。
「おいおいおい、全員捕まえて来たのか!只者じゃない気はしていたが、こりゃとんでもない新人がいたもんだぜ!」
縛り上げられた盗賊達を見て感嘆の声を上げるハンス。再発を防ぐためにと捕まえてきたが、これからの手間を考えれば捨ててきた方が良かったのかも知れない。何より俺達の周りにはすっかり人だかりが出来ていて、これではちょっと目立ちすぎだ。
「しかしゼフよ、お前さん護衛も付けずに来たのか?そりゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ」
「いえハンスお兄ちゃん、護衛はちゃんとセイナン市のギルドで雇ってまいりました。ただ盗賊との混戦の最中、彼等に盗賊を抑えておくから急いで村を目指すように言われまして……。無事なら良いのですが」
あれだけ敵の数がいるのに護衛対象を孤立させた……。全員一気に倒せるほどに腕に自信があったのか、考えなしの馬鹿なのか、あるいは……。
そんな事を考えていると、にわかに門の辺りが騒がしくなり、人垣の向こうから馬に乗った三人の冒険者が姿を見せた。
「おお、皆さんよくぞご無事で!」
「……ッ!ゼ、ゼフさんもご無事でなにより」
先頭の馬に乗った女性冒険者は、一瞬ゼフと縛られている盗賊の姿に驚きの表情を浮かべたが、すぐに平静を装い明日の出発の段取りだけを済ませて仲間と共に村の中へと去った。
「なるほど……そういう事か」
ステータスにはその者の偽らざる本質が投映される。去り際の彼等を魔眼で見た俺はその全てを理解した。
(……無関係でいるわけにもいくまい)
俺はゼフに先ほどのシズカとの約束をなかった事にしてもらう代わりに、セイナン市まで乗せて行ってくれるよう頼んだ。
「それは心強い。ではこうしましょう!ハンスお兄ちゃんに依頼して皆さん宛に護衛依頼書を作ってもらいます。正式な依頼となれば報酬も出ますし、冒険者としての評価にも繋がりますからね」
こうして俺達は冒険者になってから初めての正式な依頼を受ける事になったのだ。