御前試合 5
『シズカ百人隊』で目隠しのドームを形成するシズカ数人が、俺の方へと視線を送る。その目はまるで『満足されました?』とでも言いたげだ。
俺が小さく頷くと彼女も頷き、次の瞬間九十九人のシズカは突然消える。闘技場の中心にはハンマーを持って立っている一人のシズカと、その足下に両手首を骨折した状態で倒れたガイウスの姿だけがあった。
『一日限りの不死者』は発動時の身体の状態を記憶し、その時点までしか再生しないように調整されているので、発動の為に穿った左胸の傷は再生されてもそれ以前に折られた両手首は一切修復されないのだ。ちなみに衣服ももちろん対象外なので、倒れたガイウスは裸同然の姿を晒してうつ伏せに倒れている。
会場は水を打ったように静まりかえっていた。試合開始からここまでの時間は僅かに三分程度。その短い時間に詰め込まれたあまりに濃密で多様な驚愕の出来事に、誰一人状況の理解が追い付いていないのだ。
真っ先に動きを見せたのは、理解するより先に弟のあまりの醜態に本能的に立ち上がってしまったガルデンだった。彼はそのままフラフラと観客席と闘技場を隔てる壁の前まで近付くと何事か言いたそうに壁を掴む。
「軍事顧問様、これはどのように判断致しましょう?」
そんなガルデンの姿に気付いたシズカは、ワザと満面の笑みをたたえて彼に問う。気持ちの整理がつかないのか、彼が何も言い返せずにいるとシズカはハンマーを振りかぶり彼に言葉で追い打ちをかける。
「納得出来ないなら仕方ありませんわね。では続行させていただきましょう!」
「ま、待て!」
流石にそれを慌てた様子で止めたガルデンだったが、複雑な心境と彼のプライドが素直な敗北を認めさせない。
「ゴホン、今の戦いは殆ど中の様子が見えなかった。我等の視界を遮り、中で不正が行われた可能性も考えられると思うのだが……」
「……うふ、うふふ、うふふふふ、あーはっはっは!いいですわ、いえむしろ大歓迎!では、彼を起こして回復なさってくださいませ。何度でもお相手致しますわ!」
ガルデンの異議に対してお腹を抱えて大笑いし軽くターンした後、両手を広げて心からの歓喜を身体全体で表しながら再戦の意思を示すシズカ。そのあまりに嬉々とした姿に、ガルデンも思わず黙り込む。
「この試合これまで!」
その野太い大声は、ガルデンの居る場所より遥かに上方より響いた。会場中の人が注目する先には、皇帝の個室の前で立ち上がる、鉄色の重そうな全身鎧に黄色のマントを纏った巨大な体躯の男性がいた。
彼こそは『黄光重装兵団』を率いるニコラス・ランパード将軍その人である。歴戦の戦人たる彼の獅子の如き眼差しには、一切の反論をも許さない力強さと迫力があった。
「シズカと申したか?其方の戦いぶり、見事の一言に尽きる!これ程の力を見せられては反論など出来るものではありますまい。のう、ガルデン?」
「うん。可憐な姿からは想像出来ぬその実力。しかもまだまだ手加減をしていた風に見えた。文句無しだと思うね」
「ウチの娘にも是非胸を貸していただきたい程だ。異を唱える隙など全く無いわ!」
ニコラスに続いて、ガウェイン、エドワード両将軍も立ち上がってシズカを賞賛した。これにより完全に逃げ場を失ったガルデンは、観衆達が将軍に続いて皆立ち上がりシズカに賞賛の拍手を浴びせる中を、ヨロヨロと歩いて通路の奥に姿を消した。
彼が勝手に退場した事で進行が一時中断されてしまったが、同家の人間であるガウェイン将軍が代役を申し出て場を収める。
「ギルド帝都本部、本部長バービー。これへ」
闘技場中央に皇帝の個室がある方向を向いて立つ俺とシズカ。そこにバービーが呼ばれガウェインの手から何かしらの書類が渡された。
「我が帝国は皇帝陛下の御名に於いて、冒険者シンリ、並びにその仲間シズカをS級に足る実力があるものとみなしこれを認める!ギルドの長たるバービー女史には速やかにこれに対処される事を望む」
「承りました。速やかなる対応を致します」
ガウェインが会場にそう宣言すると、要請を受けたバービーも厳かな態度で頭を垂れる。そんなやり取りが行われた後、会場は俺達二人を祝福する万感の拍手に包まれた。
「今日はこの後、皇帝陛下に謁見し、終わったら帝国首脳達との交流会さね。S級の説明とカードの書き換えは明日にしよう。いつでも構わん、時間が出来たら尋ねてくるといいよ」
それだけ言い残すとバービーは闘技場を後にした。事前に話があったようにS級と認定された俺達には以降、帝国側から案内係が付く事になるのだ。今日これからの行動はその係の指示に従って行う。
「……で、予想通りというかやっぱりと言うべきか、貴女が係なのですわねジャンヌさん?」
「はい!何だかスッキリしない言われようですが、これでもオレは将軍家の娘ですよ。立派にお勤めを果たしてみせます!」
「……オレ、ねえ」
「あ、あはははは……」
行きはバラバラに乗ってきたのに帰りはジャンヌの家の馬車で共に帰る。何だか変な話だな、と思いながらも俺達は一旦、着替えや準備の為に滞在させてもらっている彼女の屋敷に戻る事になった。
闘技場からの帰路は暫くパレードさながらで、沿道に並んで待つ多くの人々から送られる声援と拍手に応えてゆっくりと馬車は徐行している。殆どはジャンヌに送られる黄色い声援なのだが、愛らしい姿と理不尽なまでのその強さに魅了された人も多いようでシズカにも彼女に負けないくらいの声援と賞賛が送られる。
おかしいな、今日俺も同じ舞台に居た筈なんだが……。
そんな俺の想いなどお構いなしに、人混みがひと段落した辺りから馬車は普通に走り出しジャンヌの家を目指した。
 




