御前試合 4
注:残酷な描写の苦手な方は飛ばしてお読みください。特に男性読者の方には注意と覚悟が必要です。
シズカがランスと化した右手を引き抜くと、一瞬噴き出す鮮血。しかしその血液がまるで逆再生のように再び彼の体内へと戻っていく。
「『一日限りの不死者』成功ですわね。人間には初めて使いましたが、今回はお兄様の魔力特別サービスです。超再生する肉体を存分に楽しみなさい」
「ご、がはっ!な、何が起こってい……」
ゴキュリ!
「誰が勝手に話していいと言いました?」
「ぐぎゃあぁぁぁぁ!」
シズカの言葉に辛うじて反応したガイウスの右肘をシズカは不快気に通常曲がらない方向にへし折った。しかしへし折られた腕が再び逆再生さながらに元通りになる。しかし彼が発した叫び声に、放心しているだけだった観客達が徐々に状況を理解し騒めきだした。
「お楽しみはこれから。邪魔されるのは御免ですわ」
そう言うシズカの動きが更に加速し一瞬消える。が、次の瞬間……。
「『シズカ百人隊』!」
「ひいぃっ!」
闘技場中央のガイウスの姿は、突如現れた百人のシズカにドーム状に完全包囲され全く見えなくなった。
「さあ、鳥かごの中の小鳥さんにはいい声で鳴いていただきましょう」
その完全包囲には、僅かな隙間がある。恐らくワザと俺や仲間達にだけ見えるよう配慮した小さな隙間が。同じ位置から普通の人間が覗き見たとて、もちろん何も見えはしない。
「シズカさん、また更に早くなりましたね」
「速度、驚愕!」
「あれ程の動きが出来るなど、妾は全く知らなんだ」
「私では……殆ど見えない……なの」
「アレってツバキ以上じゃん?何でいつも前衛壁職させてるじゃんよ」
シズカが発動したスキル『一日限りの不死者』。彼女は不死者であると同時に吸血鬼の『真祖』の一面も持っている。だが吸血をするより遥かに効率よく俺から溢れ出る微弱な魔力を日々得ている為に、血を欲する事は無い。
しかし能力自体は吸血鬼のそれも持っていて、これは『眷属化』のアレンジ版だ。血液だけでなく自分の体組織までもを対象の体内に潜らせる事で様々な状態、能力を意のままに操作出来る。効果は文字通り一日で、時間が経つと体内のシズカの組織や血が蒸発してスキル発動直前の状態に戻る。
『シズカ百人隊』は、もちろん本物のドッペルゲンガーを呼び出したのではない。自身の高速移動と転移能力で極限に高まった速度が生み出す、消えない残像なのだ。初期設定した各位置には常に転移で戻っているので、シズカが完全に動きを止めるまでこの百人のシズカは存在し続ける。
これら魔力消費の多いスキルを同時使用する為の保険として、シズカは今朝俺に魔力補給を申し出たのだ。
「うふふ、これなぁーんだ?」
ドームの中のシズカが取り出したのは何の変哲もない普通の矢。
「覚えてないなんてさみしいわ。あんなご挨拶をしておいて」
「な、何を、うぐっ、びゃぁぁぁ!」
自分から質問を投げかけたシズカであったが、彼が答えようとすると手に持った矢をいきなり投げつける。その矢は彼の右目を刺し貫いた。
「ふう、そうやって学習しないからお馬鹿さんと言われるのよ。あの時もワタクシがもしか弱かったなら、このお兄様だけの大切なお肌に傷が付いたかも知れませんわ。……ねえ聞いてらっしゃるの?」
ブチャリィィ!
「いぎゃあぁぁ!み、耳がぁぁぁ!」
シズカの話どころではないといった状況のガイウスに不快感を感じたシズカが、両耳を紙でもちぎるように引き裂き投げ捨てる。それでもすぐに右目からは矢が落ち目が再生し、両耳も巻き戻したように元通りになる。
「次はどんな声で鳴かせて差し上げましょうか…………」
いったい何が起こっているんだ。ここは俺様がこの小生意気な女を一方的に痛ぶり、あの糞野郎に報復する為に仕組んだ舞台だった筈だ。
それに俺様の身体はどうなってやがる。全く自由に動かせないのに、感覚だけはどんどん研ぎ澄まされて……。まただ、今度はあの女のハンマーが俺様の右足の太もも目掛けて振り下ろされる。肌に触れた金属の冷たさ、表層からゆっくりと押し潰されていく筋肉。衝撃に一瞬持ち堪え、圧力に屈してヒビが入りそこから崩壊し砕けていく大腿骨。
「ひぎゃあぁぁぁぁっ!」
たった一撃の痛みが何故こんなに長い時間続くんだ。普通なら耐え切れずに気を失う程の痛みを感じているのに俺様はなんで意識を失う事が出来ない。
それに何だ。何でまた足が元通りになってやがる。
もう嫌だ。もうこんなに痛いのは沢山だ。……兄さん、そうだガルデン兄さんがいる。兄さんならきっと僕を助けてくれる。僕の愛しいガルデン兄さ……。
ズブビチャァァッ!
「んっぐぅ………!」
自分の姿を見守っている兄の存在と優しい兄の幻影に逃避しようとしたガイウスの精神は、男性であれば想像するのも恐ろしい、ナニがハンマーで下から叩き潰され破裂してしまった痛みにより更なる地獄へと落とされた。
「ご自分の状況解ってらっしゃらないの?こんな時にそんな粗末なゴミを硬くするなんて、貴方って変態さん?」
そう言ってシズカは、再生が途中まで進む度に二撃、三撃とハンマーで叩き上げソレを潰し続ける。あまりに強力な一撃により、ハンマーの先端は彼の臍の辺りまでめり込み進路上に存在する内臓までもグチャグチャに潰していった。
急所を潰され、腹の内部を金属のハンマーで抉られる。そんな想像だに出来ない痛みと衝撃が遂に七度目を迎えた時には、シズカの命令を以ってしても白目をむいた彼の意識を戻させる事が出来なくなってしまう。
完全に眷属にするつもりであれば全く気にする必要は無いのだが、これはいわばお仕置きだ。目覚めた時に再生した身体を見た彼が夢だったと錯覚するとしても、彼自身の自我のある状態でこの痛みと恐怖を刻み込まなければ意味が無い。その為にシズカが仕込んだリミッターが効いたのだ、もう彼の精神が壊れる寸前であると。
まあ、あの様子なら今後彼は小さな木槌を見るだけでも失禁して気絶しかねないな。いや、俺も男性だから余計にわかるって言ってるんじゃない、一般論だ一般論。




