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試合前日

 御前試合を明日に控え、俺達は気分転換に帝都をぶらつく事にした。


 午前中はジャンヌの案内で[第一区]内を回り、この国の主要な機関やその役職者の屋敷等を見て回る。まあ、どこも確かに豪勢な造りだったのだが、その中でも目を引かれたのは、このところよく話に出る『黒光影団』の頭領『ミツクニ』氏の邸宅だ。

 勿論、材料などの違いから全く同じとはいかないが、どこか純和風の佇まいを感じさせる造りの大きな木造の平屋建てで、流れを表現した石庭と青々とした竹林まである。中に入る事は当然出来ないが、機会があれば一度じっくり見てみたいものだ。


 用事の為帰宅したジャンヌ達と別れ、午後から俺達は[第二区]に向かった。ちなみに[第二区]に出る時には門で止められる事はなく素通り出来た。帰り用にはジャンヌに貰った許可証があるので、これを見せれば大丈夫だろう。


 俺達が目指しているのは、アンナが教えてくれた『甘麦屋』。街の人々に尋ねながら探すと、大きな商店が軒を連ねる大通りから少し入り込んだ場所に、こじんまりとしたお店があった。

 そこでまず目に飛び込んできたのは、店から続く長い行列。最後尾は二軒ほど先の家の前まで続いている。一体何がこれ程の人々を惹きつけるのか、期待に胸を膨らませ俺達も行列に加わった。


 手際がいいのか、列は意外とすんなり進み、僅か十分ほどで俺達の番となる。


「いらっしゃいませ。お次の方はおいくつですか?」

「私は…」


「じゃあ十個ください」


 狙っていたのか、ベタに自分の年齢を言おうとするシズカを制し、取り敢えず人数より多めに頼んでみた。すると奥から大きめの袋に入った物が運ばれてきたので、代金を支払いそれを受け取る。

 店から少し離れた場所で全員で袋を覗き込むと、そこには中心に少量のごまのような物が付いた、やや光沢のある茶色いパンが入っていた。


「お、お兄様…これはまさか?」

「ああ、見た目的には間違いないだろう」


 全員に一つずつ配り、俺も一つ手に取るとそれは仄かに温かく、生地はふんわり柔らかい。意を決して手に力を入れ真ん中から二つに割ると、中には紫がかった黒色の物がギッシリ入っている。

 俺がそれをひと口噛むと、仲間達も次々続いてひと口食べた。途端に、全員の顔がだらしない程ににんまりと緩む。


「んー、間違いないですわね!」

「甘くて美味しいです!」

「甘味美味!」

「これは珍しいパンじゃのう!」

「甘くて幸せ‥なの」

「こりゃたまらないじゃんよ!」

「主君、これは美味ですね!」


 皆さんはお気付きだろうが、これは所謂『あんパン』だ。もちろん、乗っているのは正確にはごまじゃないし、中の餡も小豆を使った物でなく微妙に違うのだが、紛れもなくこれは『あんパン』と呼ぶべき物に仕上がっている。

 ちなみにこの世界の最も一般的な甘味は蜂蜜で、それ以外では果実の汁やそれを煮詰めた物を使う。俺もまだ世界の全てを見た訳ではないが、今のところ『砂糖』やその類には出会っていない。

 だが、この恐らく煮た豆類を潰して作られた餡には、砂糖をふんだんに使ったような甘さがあるのだ。その甘さが如何に人を惹きつける魅力を持つのかは、俺を残して全員が再び列に並んでしまっているこの状況からもお分かりいただけるだろう。是非ともその砂糖の役目をする素材を教えてもらいたいものだ。


 異世界である筈のこの世界だが、名前や文化等、時折地球に類似した物にこうして出逢う。稲作を行うスクナピコナ達もそうだが、転生者や何らかの手段で、ここと地球とは太古から時々繋がりがあったのかも知れない。


 ちなみに仲間達が大量に買い込んできたあんパンは、彼女達の希望で俺の魔眼内に保存している。最近すっかりロッカー代わりだ。

 美味しいものに出会えた喜びで最高の笑顔を見せる仲間達を見ていると、ふとパプリカと名乗った少女の事を思い出した。元気でいるのだろうか。いつか彼女にも食べさせてあげたいな。


 それからもぶらぶらと帝都の街を散策し、日が傾きだしてジャンヌの屋敷に戻る。門ではやはり一旦止められたものの、持っていた許可証ですんなり通る事が出来ている。

 それにしても夕食時や食後に皆で歓談している際にも、ジャンヌの表情は硬かったな。明日、多くの帝都市民が見守る前で俺と戦わなければならないのだから仕方ないが、あれでは試合まで持つかが不安だ。


「まったく、どう戦えばいいのか…」


 例によって皆と同じベッドで横になりながら、思わずそんな事を呟いてしまう。その原因は先程モミジから聞かされた情報。

 彼女によれば、俺と対戦し怪我を負うであろうジャンヌを、治療される前に襲撃しようという動きが一部の勢力にあるらしい。賊の人数が多数見込まれる為、護衛する立場の者としては出来ればジャンヌに怪我をさせないでほしいと言うのだ。


「八百長や手抜きに見えず、ジャンヌも傷付けず勝つ方法か…」

「お兄様はなんだか面倒臭そうですわね」


 俺の隣で、嬉しそうにそう話しかけてくるシズカ。彼女の対戦相手についてもモミジから情報が入っており、それがあのガイウスだったので俺と逆の意味でどう戦うかを思案中だ。取り合えず殺す事は禁止したので、その命令には逆らえないから大丈夫だろうが、どうにもやり過ぎる気がしてならない。

 いや、間違いなくやり過ぎるだろう。シズカの試合も不安でいっぱいだ。


 そんな事を考えながら寝返りを打つと部屋の椅子に腰かけたサマエルと目が合った。ベッドの上に余裕がない為いつも夜はそこが定位置である。宝石みたいな物が付いてるだけの瞳に動きはないので、正確には合ったと言えないかも知れないが、なんとなくそんな気がした。


 さて、明日は試合だ。不安は多いが色々気にしても仕方ない。

 もう考えないようにして、今夜は眠るとしよう。






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