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仮冒険者証

 エバンス親娘を門番の男性に預け、村に入った俺達は彼に聞いた冒険者ギルドの出張所とやらを目指す事にした。


「お兄様、この流れは間違いなく美人受付嬢に会うパターンですわよ!」


 そう興奮気味に話していたシズカだったが……。


 ニャー

「…………」

「猫だな」

「猫ちゃんです」


 言われた通りの道順を歩き、辿り着いた一軒の家の戸を開けると、そこにはまるで電車の無人駅の待合室のように木のベンチと、受付用らしき木の机だけが置かれていた。期待していた受付嬢などいるはずもなく、受付の机の上には一匹の猫が気持ちよさそうに伸びをしている……。


「こんなの認めませんわ!お兄様、次の街に行きましょう!ええ、そうですわ今すぐまいりましょう!」


 このみすぼらしい出張所では、居てもいいとこお爺さんやお婆さん辺りだろう。そう判断したテンプレ大好きなシズカは、出て行こうと俺達を急かした。


「いやシズカ。身分証が必要になるんだからこの際、誰でもいいんじゃないか?」


「お、もう来てたのか!」


 扉の前で押し合っていると、その扉が開きさっきの門番の男が入ってくる。


「ああ、先ほどはどうも。えっと……」

「おお!そうだったな、オレの名はハンス。こう見えて冒険者なんだぜ!」


「俺はシンリ。こっちはシズカとアイリです。ところで、ギルド職員の方が見当たらないんですが?」

「いるじゃないかここに!オレがこの出張所唯一の職員にして、ギルマスだ!尊敬したんなら特別にお兄ちゃん!とかハンス様!と呼んでくれても構わんぞ!あっはっは」


 ……うん。少し前に爽やかと表現したのを撤回しておこう。ハンスはかなり暑苦しい感じの男のようだ。

 彼はB級冒険者で年齢は四十四。LVが53ってことはさっきの盗賊のリーダーと同程度だな。恐らくそこそこの実力者だ。


「ところで、はんすさんは何故門番なんかをなさってらしたの?一応ギルマスでしょうに」


 彼が言った兄というフレーズに、不快感を隠そうともしないシズカは名前をワザと棒読みにしながら質問する。


「そりゃあオレがこの村で一番強いから!……って言いたいところだが、実際は単なる人手不足だ。村の連中は皆んな忙しいからな、手が空いてるのはオレだけってこった!あっはっは」

「…………」


 暇なのかよっ!とツッコミたい気持ちを全員が抑え、長くなりそうなのでさっさと手続きを始めてもらう事にした。


「よし、お前達。これに名前を書いてくれ」


 彼が机から出してきたのは三枚の木の板。厚みといい、大きさといい蒲鉾板みたいだ。


「書けたか?じゃあ、そこに魔力を注ぐんだ。出来ない奴は血を一滴垂らしてもいいぞ」


 言われるまま魔力を注ぐと、書いた名前が一瞬輝き、そして板の中に消えた。裏返して見るとFと書かれている。F級って事なんだろう。


「全員、上手くいったみたいだな。これは仮冒険者証だ。本物は金属製なんだが、あれは大きな街のギルドでしか作れない。これはそれまでの仮だ」

「……F級」


 さっきの人助けを加味されて、いきなりの昇級もあると甘い考えを抱いていたシズカはあからさまに不満な顔をする。それはそうだ。そんなラノベみたいな展開がそうそう続いてなるものか。


「あっはっは。仮冒険者証は駆け出しの新人用だからな、F級しか作れんよ!お前達だって二十年も地道に頑張れば、いつかオレみたいになれるさ。ま、頑張んな!」


 その流れで二人とも俺を見るな。大丈夫だ、俺はあんな風になるつもりはない。


「本来、ギルドカードには様々な記録が残るんだが、仮冒険者証にそんな機能はない。受けた依頼の達成状況なんかはその記録を参考にする場合が多いから、早めにちゃんとギルドカードを作るこったな」

「そうよ!早く正式なカード作りましょうお兄様。こんなのはノーカウントですわ!」


 ノーカウントって……。確かに受付がおっさんだったのは残念だが、とりあえずはこれで三人とも冒険者になったんだ。ここはそれを喜ぶ場面なのでは……。

 見ろシズカ、感慨深く自分の仮冒険者証を見つめ続けてるアイリの純粋な姿を。


「シンリ様、木目のこの辺りがアイリって読める気がするんですが……」


 違った……。だがアイリは純粋過ぎただけだ、何もおかしなとこなんてないからね。


「ああ、それはな。大きな村や町の入り口に設置されている特殊な魔道具でしか読み取れねえよ。魔道具にかざした時、本人が近くにいる事で名前が浮き出る仕組みになってんだ。どうだ、馬鹿にしたもんじゃないだろう!」


 彼の言葉の語尾は明らかに、シズカに向けられたものであったが当の本人は気にもかけずに二本の指で仮冒険者証をつまんでぶらぶらさせている。


「ハンスのお兄ちゃんいる?ここに黒いお兄ちゃんが来てるって聞いたんだけど?」

「おおマリエ、気がついたのか?恩人達ならほれ、そこだ」


 微妙な場の雰囲気を見事に変えて入ってきたのは、さっき俺達が助けたエバンスの娘マリエである。


「あ、黒いお兄ちゃん!わあぃ、さっきはありがとう!」


 そう言って無邪気に笑う彼女は俺に駆け寄り抱きついてきた。


「気がついたんだね。怪我はなかったかい?」

「うんっ!お兄ちゃんが悪い人みんなやっつけてくれたから大丈夫ぅ!」

「……やっつけた?」


 先ほど、命からがら逃げてきたという俺の話を聞いたばかりのハンスがマリエの言葉を聞いて俺に疑いの視線を送る。


「まあ、ちょっと足を引っ掛けたりしただけだからやっつけたってのは言い過ぎだよ」

「そなのー、でもマリエを助けてくれたでしょ!ありがと、お兄ちゃん大好きぃ!」


 ……こらシズカ、幼女に敵対心を向けるんじゃない。


「それでね、それでね!パパがお礼をしたいからお家に案内してきなさいって言ってるの!だからお兄ちゃん一緒に行こう!」

「まあ、手続きも済んだし今夜の宿も必要だろう。エバンスんとこに厄介になるといいさ」


 そう言って俺の手をぐいぐい引っ張っていくマリエ。俺達なら今日じゅうに次の町まで走って行けそうだが、別に急ぐ旅でもない。ハンスの言うように一晩世話になるのも悪くないか。

 二人を見るとうんうんと頷いている。ま、これも旅の醍醐味だな。


「こっち、こっちぃー!」


 マリエに手を引かれながら村を歩く。ここシイバ村は人口百人にも満たない小さな村だ。塀に囲われているのは居住区だけで、村の周囲に各々が畑などを作り、そこで採れたものを持ち寄る小さな市場もある。

 今歩いている通りがまさにその市場が出ている場所なのだが、中には数件の商店らしきものもあるようだ。


「このお店はみんなゼフおじちゃんが作ってくれたんだって。そう言えばもうすぐだよ、ゼフおじちゃんが来るの。楽しみだなぁ!」


 村に農具や生活必需品などの商店を作ったのは、セイナン市のゼフという商人らしい。彼は商品の補充の為に定期的に村を訪れていて、彼の率いる商隊がもうすぐ来る頃だという。


「お兄様!」

「うん。馬車を手に入れるにしても、次の町へ行くのにも、そのゼフという商人と知り合いになれるといいんだがな……」


 エバンスの家に着くとエバンスと奥さんのカトリーヌさんが出迎えてくれた。ご近所さんも加えたそのもてなしは質素ながらも温かく、この旅最初の夜は賑やかに更けていった。





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