ギルド帝都本部
ちゃぶ台を挟んで向かい合う俺達と老婆。クルクルというよりチリチリと表現した方がいいほどカールした白髪に開いてるのか分からない細い目、薄い紫を基調とした和装のような服を着ている。
「で、何の用だい?」
「はじめまして、シンリといいます。今回は帝国でのS級認定試合の為に来ました」
そう言いながら王国内限定と小さく刻まれたギルドカードを彼女に見せた。
「おお、アンタが例の?いや、すまなかったね。正規の方法での昇級なんざ久しぶりだからね」
俺にカードを返しながら彼女はすっかり表情を崩して嬉しそうに続ける。
「ワシがここ冒険者ギルド帝都本部本部長、バービーだよ。真の実力者の来訪は大歓迎さ」
「バービーさん、こちらこそよろしくお願いします」
後ろでシズカが、あれでバービーは無いでしょと思わず呟いたが聞こえなかったようで何よりだ。
すっかり雰囲気の変わったバービーが、手元のベルをチリンと鳴らすと彼女の脇の引き戸がスーっと開き、そこから一人の女性が跪いた姿勢で姿を見せる。
「お呼びで御座いますかバービー様」
「ああ、お茶と茶菓子を持ってきておくれ。久々の普通の客人なんだ」
指示を受けると軽く会釈してその女性は引き戸の向こうに戻っていった。どうやら隣室に繋がっているようだ。しばらくして戻った女性から全員お茶を受け取り、ちゃぶ台の上には木の鉢に入れた煎餅のような菓子が置かれる。
座ってからずっと俺の後ろに隠れるようにしてしがみ付いていたパプリカが、その菓子に興味を示してやや身を乗り出していた。俺はちゃぶ台に手を伸ばしその菓子を一つ取って彼女にあげる。菓子を受け取った彼女は嬉しそうにそれを食べ始めた。
その様子を何故かじっと見つめていたバービーは、側に控えていた女性に何事か耳打ちする。そしてまた女性は引き戸の向こうに戻っていった。
「えっと、どうかされましたか?」
「いや、大した事じゃないんだがね。ところでシンリって言ったね。その子はアンタの子供かい?」
ぶううぅぅぅっ!
その台詞に俺の後ろでは、皆仲良く茶を吹いていた。
「いえ彼女とは先日知り合ったばかりです。帝都まで送ってほしいと言うので家まで送る途中なんですよ」
「ほう、親切なんだね」
俺の答えを満足そうに聞くバービー。それからしばらくは各自の挨拶や過去の御前試合の話等をしながら過ごして一時間ほどが経過した。
「失礼する!」
そう言っていきなり扉を開け一人の男が入ってくる。男は背が高く金髪碧眼で見事な細工の施された全身鎧を着込み、それを深紅のマントで覆っていた。それだけで彼がいかに位の高い人間なのかが覗える。更に扉の向こうには数人の部下の姿も見えた。
「おおガウェイン、あまり年寄りを脅かすんじゃないよ」
「これは失礼しました。で……」
「ああ、そこの冒険者達が親切に帝都まで送ってくれたんだと」
「おお!」
うん、話がよく見えないが、どうやらガウェインと呼ばれた男性はバービーからの報せでここに来たようだ。
「突然すまないね。シンリが送って来てくれたその子は私の知り合いでね。迷子になって心配していたから連絡して迎えに来てもらったのさ」
「送っていただき、本当にありがとうございました」
バービーも彼からも悪意の類は感じられない。後は本人の意思だけだが。
「パプリカ、お迎えが来たみたいだがどうする?」
「……シンリは……すぐにさってしまうのか?」
短い時間だったが常に側にいたので、俺も彼女に愛着が湧いている。そんな悲しい目で見られるとこっちまで辛くなってしまうじゃないか。
「俺は帝国の皇帝の前で、試合をする予定なんだ。それに他にも予定があるからしばらくは帝都に居ると思うよ」
「……わかった。ではまたあうのをたのしみにまつとしよう」
そう言って俺に微笑んだ彼女はガウェインの横を過ぎ、自らの足で歩いて出ていった。ガウェインも俺に一礼した後すぐにその後を追い、扉が閉められた。
「なあに、お前さんならその内また会えるさね」
やや落ち込んだ様子の俺を慰めてくれたのか、バービーはそう言って俺の肩をポンポンと叩く。
俺はパプリカについての話をバービーにはそれ以上何も聞かなかった。何となく踏み込んではいけない雰囲気があったからだ。
「シンリとシズカ、アンタ達の御前試合の予定は三日後。普通なら対戦相手ぐらいは把握してなきゃならないんだが、すまないねえ。今の帝都ではギルドの力なんてたかが知れてるもんでね……」
「それはどういう意味ですか?」
出来れば触れたくない話題なのだろう。お茶をすすったバービーの顔が一気に曇る。
「はあ、アンタ達も見ただろう。この建物の荒れようと閑散とした一階ホールをさ」
「……はい」
彼女の話によればかつて冒険者ギルド帝都本部は[第一区]に大きな建物を持っていたらしい。それはつまり、その当時の冒険者ギルドが帝国内に於いてそれなりの力を持っていた事に他ならない。
しかし、ある男が軍事顧問として中枢に関わりだしてから全てが変わってしまったと言うのだ。[第一区]にあった本部の建物は没収され、当時出張所として使っていた[第二区]のこの建物に追いやられてしまったのだと。それ以降、中枢の情報はおろか市民からの依頼まで殆ど来ない始末。
「それもこれも全部あの『緑』の連中が悪いのさ!あいつらさえ、あいつらさえいなければ……」
「バービー様、どこに密偵の類が潜んでいるか分かりません。ご辛抱ください」
彼女の声が高まるのを聞いて、再び引き戸から出て来た女性が彼女を諭した。
「すまないイチョウ。少々興奮し過ぎたみたいだ」
「お茶のおかわりをお持ちしましょう。皆様も少々お待ちを」
そう言いながらイチョウと呼ばれた女性は、引き戸の向こうに戻っていく。
「バービーさん、いったい『緑』って何なんですか?」
「……お茶が来てから話そうかねえ。奴等の事を話すと長くなりそうだから」
それだけ言うとイチョウが戻るまで、誰も口を開く者はいなかった。




