チロルの成長
チロル達と涙の別れをしたあの広場に、俺達は再び転移した。
俺達に気付いた村人達にすぐに囲まれる。相変わらず人懐っこいなケットシーは……。
ケットシー達のふさふさモフモフに包まれご満悦な仲間と別れ、俺は早速チャムロックの家に向かう。
「おお、シンリ様ではないですか。いつこちらへ?」
「たった今だよ。頼みたい事があってね……」
二人でお茶を飲みながら、俺はチャムロックにこれまでの話と事の経緯を話して聞かせた。
「ほほう、彼等に会ったのですか。それも次代のオオナムチとして認められたと……」
「チャムロックは彼等を知っているのか?」
「もちろん会った事はありませんが、彼等の伝承は聞いた事があります。彼等は様々な国造りの歴史の裏に必ず存在し、彼等こそがその礎になってきたのだと……。そうですね、確かサーガ帝国も彼等の協力で建国出来たのだと聞いていますよ」
「帝国が?そんなに凄いのか……」
「まあ、彼等に認められたシンリ様こそよっぽど凄いと思いますがね。しかしシンリ様の国ですか……。そこならば我々も堂々と太陽の下で暮らせそうですね」
そう言って向けられる彼の意味深な視線に耐えきれず、全員分のギルドカードを預けて俺は仲間達のところに戻った。俺が国を作るなんて、話が飛躍するにもほどがある。
「あ、シンリにゃ!」
仲間達が待つ広場には懐かしいチロルの顔もあったのだが。
「チロル、だよな?」
「シンリは酷いにゃ!もう忘れたのかにゃ」
「忘れたりするもんか。ただ……」
顔は確かにチロルなのだが、違和感の原因はその服装。黒のタンクトップに白いラインがアクセントになった黒いベスト。更にベストとお揃いの膝丈のパンツ。
そして両手にはスパイクの付いた指抜きグローブを付け、トンファーを装備している。
……誰だこの格闘系少女。
「むふふ、驚いてるにゃ……もう昔のチロルではないのにゃ!」
そう言うとチロルはケットシー固有の特殊スキル『猫さんの抜き足差し足』を発動させ俺の背後に回り込む。
「にゃはは。どうにゃシンリ、連れて行きたくにゃったかにゃ?」
修行の成果も知りたいし、そのトンファーを使いこなせているのか見てみたい。何より、その勝ち誇った顔が気に食わなかった(ここが本音)俺はナーサに頼んでプリシラを召喚させた。
「チロル、この娘に勝ったら連れて行ってあげよう。修行の成果を見せてくれ」
「楽勝にゃ!チロル様の本当の実力を思い知るのにゃ!」
うん、なんかイラつく。こんなキャラじゃ無かった筈なんだがな。まあいい、この状態では旅に同行させればきっと早死にする。厳しいが逆に現実を知ってもらおう。
両者が対峙すると、その周囲にはいつの間にか見物人の輪が出来ていた。両者の体形はほぼ互角。細くしなやかなケットシー特有のその体躯に加え衣装と武器のアドバンテージで、ややチロル優勢に見える。
「では始めっ!」
俺がそう言うと、即座にチロルが開始位置から消える。これも固有の特殊スキル『猫まっしぐら』。まあスキルとして彼等のステータスに書いてあるだけで、これは猫としての本来の運動能力を発揮しているに過ぎない。
一瞬で間合いを詰めたチロルはプリシラの目の前で急停止。直後に『猫さんの抜き足差し足』を使用し残像を残してプリシラの背後をとった。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
振りかぶった彼女のトンファーが振り下ろされるかと思った瞬間、チロルは悲鳴を上げ俺の背中に飛びついてくる。見れば周囲のギャラリー達もすっかり混乱状態だ。
「チロル落ち着け。プリシラはそういう種族だ。そんなに怖がっては彼女に失礼だよ」
そう言って諭すが、チロルの身体の震えが止まらない。まあ背後をとった筈の相手の頭が首から浮いて振り返ったんだから無理もないか。
「さっきの動き面白かった。お友達になって」
俺の側に歩いてきたプリシラがチロルに右手を差し出した。彼女は帰れない間、こっちでお友達作りを頑張るつもりらしい。間近で見ても彼女は本当に綺麗だな。その綺麗な頭は脇に抱えているけどね……。
「チロル、俺と冒険に出たいなら目を逸らすな。外の世界にはチロルの知らない種族の者が沢山いるんだから」
「……シンリ」
恐る恐る俺の背中から離れ、プリシラの手を握るチロル。まだ身体はガクガク震えているけどその目はしっかりと脇に抱えられたプリシラの顔を見つめている。
「ち、チロルですにゃ。よろしくなのにゃ」
その後、仲良くなった二人による手合わせが五連戦で行われたが結果はチロルの五敗。迷宮下層であれから日々実戦を積み鍛えたというが、まだ旅に同行させられるレベルには無いようだ。まあここなら魔物が豊富で対戦相手には事欠かない。彼女が共に旅をするのは、そう遠くない未来なのかも知れないな。
ちなみに性格的な増長は急激なレベルアップの影響だったので、今後の為にしっかりとシズカに説教させておいた。
「シンリ様お待たせしました」
丁度そこへチャムロックが全員のギルドカードを持ってくる。
「ありがとうチャムロック」
「いえいえ。しかし本当にオロチを倒されたとは、やはり私の目に狂いはなかった」
そう言いながらいつものように胸を張り眼鏡を触るチャムロック。彼から全員分のカードを受け取りその礼にとチーズやソーセージなどを少し分けた。
「また見に来るからしっかり鍛えておくんだぞ」
「了解にゃ!今度はプリシにゃに勝ってみせるのにゃ!」
第六戦を始めそうだった二人を引き離し仲間を一か所に集めると、俺はチロルやチャムロック、恐る恐る戻ってきた村人達と挨拶を交わし、再び帝国領内に転移した。
 




